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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第二章 「イリュージョン」
13/30

13 対面

 ――これは、夢。

 そう分かっていながら、手を伸ばさずにはいられない。

 そして結果も知っている。いくら腕を伸ばしても、この手は彼女には届かない。

 それでも、手を伸ばす。もっと、もっと、もっ――。

 鈍器で何かを殴ったかのような鈍い音と共に激しい痛みが肩口に走り、浅い位置をうろついていた意識が強制的に現実の側へと押し出された。

 呻きながら体を起こすと、手近な柱に肩をぶつけて抜けた肩をはめなおす。

 左手にはめたままの腕時計に目を向けると、現在は午前五時半。大抵の職業であれば未だ夢の続きを楽しんでいてもいい時間だった。――自分が『大抵の職業』の内の一つを生業にしているとは言い難いが。

 空はまだ夜の色を残し、窓から見える景色も薄暗い。人通りも全く――いや、いた。

 静かな町の中で、ペタペタとおかしな足音が響いている。足音はこちらに向かって近づき、本体を現した。


「……若葉か」


 おかしな足音の主、若葉はランニングの速度を維持したまま敷地に入った。そのまま動きを止めることなくシャドウボクシングを始めた。

 再び体を布団に横たえ、一時間ほど寝返りをうちながら寝ようと試みる。しかし、まだ疼く肩を無視して眠るには余りにも目がさえていた。あきらめて体を起こし、再度窓から下を覗く。そこには、未だに動きが鈍ることもなく激しい動きを続けている若葉がいた。尋常ではないスタミナだった。


「……行ってみるか」


 何とはなしに思いついた考えを呟く。今更眠ったとしても大した違いはないだろう。それならばその動きを眺めるなり、運動がてら彼女と手合わせしてみるのも面白いかもしれない。気の変わらないうちに着替えを済ませ、ちゃぶ台の上に置かれていた眼帯をはめ、必要のない眼鏡をかける。

 鍵を開け、薄いドアを開いて外に出る。陽が昇ってすぐとはいえ、今の季節では寒さなどまるで感じない。むしろ、この時間帯からすれば暑すぎるとさえ言えた。

 階段を下り、アパートの敷地内にある猫の額ほどの庭に入る。そこには縦横無尽に飛び回りながら攻撃を繰り出し続ける若葉の姿があった。

 短く生えた雑草を踏みながら近づき、背後から声をかける。


「おーい、若――」

「はぁっ!」


 声をかけた瞬間、シュンの顔面に若葉の横なぎの裏拳が放たれた。

 振り向きざまの一撃を反射的に右手で受け、続く顔面への左アッパーは体を後方に反らしてかわす。そのまま体を起こすことなく後方へ回転。若葉の顎へ蹴り上げる。

 だが――浅い。

 体勢を立てなおす前に若葉の右回し蹴りが迫り、肘で迎撃。蹴られた勢いを利用して転がり、痛みに若葉の動きの鈍っている間に体勢を立て直す。

 次の攻撃を見越して構えをとる。だが――。


「あいたたた……あれ? シュンさん、どうしたんですか? こんなに早く」

「いや、窓からお前が走ってるのを見かけてな」

「あの……何かしませんでした?」


 まさかとは思うが覚えていない、などと言うのか。漫画のような事態に少々の間を置き、口を開く


「……なかなか鋭い攻撃だった」

「す、すみません! 私修練してる最中は取りあえず動くものを攻撃する癖が……」


 勢いよく頭を下げる若葉の頭部を見つめながら、シュンはため息をついた。

 確かに背後から声をかけた自分にも非はあろうが、一般人には使ってほしくない威力だった。恐らく、その危険性を減らすためにこの時間に行っているのだろう。

 しかし、それを――一般人に被害をもたらす危険性を考慮しなければ、彼女の技量は相当に高いと言える。彼女と素手で立ち会えば敗けるのはこちらだろう。


「まさかとは思うが、お前我流か? その拳法」

「いえ、父さんに習いました」


 『父さん』と言うのは以前にも聞いた、施設の管理者だろう。一定の条件さえ合致すれば施設の管理者となるのに職業などの制限はないため、元軍人だろうが政治家だろうがなることは可能だが、孤児たちに格闘技を教えると言うのは暴漢対策だろうか。少々やりすぎな気もするが。

 勝手な想像を巡らせていると、階段を下りる軽快な音が響いた。階段のほうを見やると、鈴音がこちらに向かって来る。


「シュンさん、おはようございます。若葉、どうしたの? もしかしてシュンさんに攻撃したんじゃ……」

「いえ、全然大丈夫です」


 なにが大丈夫なのかまるで分らないのだが、若葉はにこやかに返事をする。そんな若葉に鈴音はため息をつき、続いてシュンのほうに振り向き、謝罪する。


「本当にすみません。それにしてもシュンさんって強いんですね、無傷だなんて。骨折した人もいたんですけど」

「そうでもないけどな。まさかとは思うが、お前も強いのか?」

「いえ、そんなことありません。若葉だけですよ。私も一般の方一人ぐらいなら相手に出来ますけど」


 目が見えないのに一般人と同等とは。――漫画かよ、シュンは内心で呟きながら二人の少女の顔を見比べた。


「……お前ら、朝飯はどうする? なんだったら、俺の部屋で食べるか?」

「良いんですか? 早く、行きましょう!」


 鈴音の言葉を待つことなく、若葉はシュンの部屋へ向けて走り出した。階段を上る音に混じって、腹の虫がなく音がはかなく響いてくる。

 シュンと鈴音は顔を見合わせると、笑いながら若葉の後を追った。

 鈴音を連れて自室に戻り、冷蔵庫を開く。中に残っている白身魚と野菜、豆腐を取り出し、メニューを考える。

 湯を沸騰させ、その中にニンジンの輪切りを放りこむ。続いて大根、里芋を放り込みふたを閉じる。

 野菜を煮込んでいる間に魚から水分を拭う。小麦粉を付けた後に卵に付けパン粉をまぶし、温めておいた油の中にそっと置くように入れると、弾けるような音と共に油が跳ねあがった。

 煮込んでいた鍋の火を弱め、ふたを開けると白い湯気がきのこ雲のように盛り上がる。最後に味噌と豆腐を加え、豆腐が温まるまで火にかける。

 出来あがったメニューは白身魚のフライと豚汁。温まった白米とソースが運ばれ、それぞれの前に箸をおいて挨拶。

 各々箸を手に取り、料理に手をつけた。

 シュンは豚汁をすすりながら二人の動きを観察する。食事一つするにしても、この二人は性格の差が出ていた。

 若葉は魚のフライに最初から全体にソースをかけ、食べ始めた。対する鈴音は一口白身魚を口に含み、その後部分的にソースをかけている。

 二人の性格観察をしながらふとカレンダーに目をやると、今日は既に八月二十日。夏休みもそろそろ終わりが見え始めている。となれば聞きたくなることは一つ。


「お前ら、夏休みに宿題ってあんのか?」

「はい。終わってますよ。二日目に」

「私は昨日終わりました。若葉に読みあげてもらっていたので少し余分に時間がかかりましたけど」


 やはりこの点でも性格の差が如実に表れている。本音では若葉の宿題が終わっていることに心底驚いたのだが。それはさておき――。

 シュンは二人よりも一足先に食べ終わり、流しに食器を運んだ。そしてそのまま玄関へと向かう。


「食器は食べ終わったら水に漬けておけよ。俺はちょいと出かける」

「行ってらっしゃ~い」

「出るときは鍵閉めろよ」


 最後に一言残し、シュンは扉を閉めた。少々勢いよく閉めすぎたのか、薄い壁が抗議するように震えた。

 時計を覗くと午前八時。些か早いが、多少早くとも問題はないだろう。

 『おとぎの国』の事件の後一週間目の一昨日の晩、銀から電話がかかってきた。先日停戦を申し込んできた組織、彼らから顔合わせの申し入れがあった。どうやら「協力時の同志討ちを防ぐ」という名目のようだが、実際はこちらの戦力確認だろう。

 このような呼び出しをうけた場合、罠である可能性も大いに考えられる。それ故、会合を受けた場合でも大抵の人間は自分を援護出来る人間を会合の周囲に紛れ込ませるのだが、堅気ではない人間というのは見る人間が見ればすぐにそれと分かるものだ。

 つまり、これは単なる顔合わせではなく、相手方の人数の把握の意味合いがあるのだ。となれば、相手方に軽く見られるようなことは避けたい。

 最も簡単に相手を威圧するならば、人数を集めればいい。そこでシュンがとった方法は、零番街の住人への協力要請だった。

 純粋な堅気ではなく、人数を確保する。零番街はその両方に合致する上、全員の顔を把握しているため区別がつきやすいという利点もあった。

 時間としては早いが、地形の確認の意味でも先に目的地についておく必要はある。他のメンバーは時間に合わせて順次集合するように指示している。最初に行くよう指示したリョウのグループはもう到着しているころだろう。

 考えながら駅までの道のりを歩き、地下鉄に乗って二十五分。日比谷駅で下車し、日比谷公園へと向かう。外周を一周した後公園に到着すると、時刻は九時を少し回ったあたりだった。

 休日ではあるがまだ時間が早いせいか人通りは少なく、あまり良い状態とは言えない。周囲に目を配りながら公園を歩いて行くと、音楽が耳に触れた。

 ギターやドラムの生み出す激しいテンポの連続が全身に爽快感を送りつけ、鳥肌の立つような感覚が通り抜ける。

 その巧みな演奏は歌詞も何も必要なく直接魂に語りかけ、血液を沸騰させる。

 歩いて行くと路上ライブらしく、公園内に一か所人だかりができていた。人数が少なかったのはどうやらここに集まっていたためらしい。

 一曲の演奏が終わり、大きな拍手が送られる。シュンは拍手を送る人垣の頭上から奏者を覗こうと跳び上がり、着地と同時に額に手を当て長々とため息をついた。

 ――リョウだった。

 確かに目立つなとは言っていない。だが、状況を把握する程度の常識は期待したかった。

 拍手が途切れたのと同時にリョウは再び演奏を始める。

 リョウのもつ音楽関連の才能は零番街に住む大抵の人間が知っている。裏から決別した後、彼が生計を立てられたのはこの才能故なのだ。

 今更どうすることもできないと諦め、シュンは奏でられる音楽を聴きながらポケットに入れてあった文庫本を取り出した。

 ――午前十二時数分前。文庫本を半分ほど読み終わった時点でふと顔を上げると、周囲の人通りは先ほどとは比較できないほどに――零番街の人間もそこかしこに見える――増えていた。リョウの演奏は相変わらず続き、群衆――というよりカップルの集団は先ほど同様彼らの周囲を保護するように肉の壁を展開している。道往く人々は音楽に耳を傾け、歩みを遅くはするものの、人垣の厚さを目にするとそのまま歩調を戻して歩み去っていく。

 再び文庫本へと視線を落そうと僅かに首を傾げる。途端に、座っていたベンチが軋んだ。公共のベンチなのだから誰か他人が座ることもあろう、そう考えつつ視線のみ横の人物へと向ける。

 背中の中ほどまで伸ばされた黒髪が細くなめらかに風に揺れている。袖から覗く腕もベンチにのせられた指も、色白で細く、その滑らかさは職人が大理石から造り出した彫像を思わせた。

 シュンの視線に気づいたのか、彼女は血色のよい横顔を彼のほうに向けた。柔らかな曲線を描いた瞳がシュンの視線に重なる。そして、彼女は左目を覆う眼帯の存在を感じさせない、柔らかい笑みを浮かべた。


「久しぶり、シュン君」


大分更新が遅れて申し訳ありません。正直、燃え尽きてました。いや、文化祭で。


さて、文化祭が終わって落ち着いたかと思うと既に定期試験の一週間前。

また更新が遅れるとは思いますがなにとぞご容赦を。

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