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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第一章「切る者」
12/30

12 切られる者

 緑がかった皮膚、醜悪な顔、背は低く小型の武器を携えて。

 小鬼とも訳される、『ゴブリン』。

 それも一体ではない。十数体、どこに隠れていたのかと思わせる程の集団が後方の車から湧きだし、自動車の走行速度より速く、こちらに向けて距離を縮めてくる。


「何かの能力らしいな。リョウ、運転を代われ。迎撃する」


 リョウがハンドルをつかんだことを確認する。シュンはカズの転がっている後部へ移り、後方の扉を左右に開く。

 扉を開け放つのと同時飛び込む緑の塊。それを反射的に右の裏拳で叩き落とし、車外へ蹴り落とす。同時に左手で銃を抜き、直後に続く一体へ銃撃。胸部に弾丸を受け、小鬼は背中から地面へ落下した。

 蹴り、撃ち、殴る。シュンは波のように隙間なく押し寄せる小鬼の大軍をさばいてゆく。しかしおかしなことに、小鬼の数は一向に減る気配がない。

 

「リョウ、出来るだけ直線で走れ!」

「曲がるぞ! もうじき高速道路がある。そいつに乗る!」


 ワンテンポ早くハンドルを切り、曲がり角で90度車体は向きを変え、アクセルとブレーキで強引に慣性を抑え込む。車体はスキール音を響かせながら大通りに滑り出し、再度前方へ加速を始める。


「ちっ!」


 一時的に落ちた速度が同時に二体のゴブリンの侵入を許した。一体はその足が床に着く前に蹴り落とし、続けてもう一体の顔面を蹴り飛ばす。だがこちらは上半身が大きく傾いだだけで車内にとどまっていた。その手は、カズの足首をしっかりと握りしめている。

 シュンが銃の照準を合わせる直前、小鬼はカズの足を引いて車外へと飛び降りると、後方に迫っていたスポーツカーへと乗り込んだ。その体から出たとは思えない膂力だ。

 

「逃がすか」


 銃が運転席の人影へ向けられ、その引き金が絞られる瞬間、重い音が車内に響く。


「ちっ!」


 車内に放り込まれた手榴弾が轟音と共に炸裂し、車内にその破片を大量に撒き散らす。殺傷用のその破片は散弾を撃つように狭い車内を蹂躙した。

 シュンは咄嗟に急所をかばいながらも、それが無駄だとはっきりと自覚していた。だが――。

 肉体が貫かれる痛みを感じることはなかった。爆音によって一時的に奪われた聴覚が徐々に戻り、それについて走行音が耳に届き始める。


「リョウ、無事か」


 答えはない。しかし、安定したうなりを響かせる走行音が彼の無事を示していた。

 先ほどの車はどこに行ったのか、ゴブリン達も後方にその姿は見えない。前方を確認するために運転席へと向かうと、足音に気付いたリョウがこちらを振り向いた。


「おとぎの国はまだまだ続きまーす、と」


 軽い口調とは裏腹にその口元は引きつり、顔は青ざめている。

 シュンの目がその直後に捉えた情報は二つ。一つはフロントガラスに張り付いている紙。そこには一つ目の巨人、サイクロプスの絵が印刷されている。そしてもう一つ。100mほど前方に先のスポーツカーが見え、その上に――巨人が乗っていた。

 その姿は言うまでもない。細部は見えないが3m近い巨体と顔面に光る巨大な球体、大木にも引けを取らない腕や足はどう考えても現存の生物の範疇を逸脱していた。


「退屈しねえな、まったく」


 シュンは小さく呟き、踵を返した。

 車内を駆け抜け、開け放していた扉の上部をつかみ外部へと身を躍らせる。

 逆上がりの要領で屋根の上に体を持ち上げ、進行方向から吹き付ける風の抵抗を身を低くして避けながら、運転席側へと向かう。

 そして、コートの中からそれ・・を取り出した。二つ折りにされた長大な銃身は、銃の基本構造のみを巨大化したかのような無骨な印象を受ける。二つ折りにされたその銃身を伸ばし、二脚を設置する。コッキングレバーを操作し薬室チャンバーを開き、そこに14,5mm弾を装填する。再度薬室を閉じ、その砲口を巨人へと向ける


「さて、試し撃ちをさせてもらおうか」


 その言葉に反応したかのように巨人は咆哮を発し、道路へと踏み出した。その巨体の踏み出す一歩は軽く10mを越え、こちらの進行速度と相まって瞬く間に距離を縮める。

 緊張によって引き延ばされた異様に長い一瞬、シュンは確かにその顔を歓喜に歪めた。

 そして――轟音。

 先ほどの咆哮を上回る巨大な音の塊が大気を震わせた。音速の二倍以上で撃ちだされた弾丸は大気を貫き、自身の発した音の壁を破る。そして――着弾。

 弾丸は巨人の首の下部に着弾し、頸椎を破壊。貫通した弾丸はサイクロプスの背面を大きくえぐり取り、入射口の数倍の穴を作りだした。血を流すことも、肉体を破壊された不快な音を響かせることもなく、眼前に迫っていた巨人は蜃気楼のように消え失せ、跡形もなかった。


「問題はないな……だが、逃げられたな」


 黒いカラーリングのスポーツカーも巨人同様、彼らの眼前から消え失せていた。

 長大な銃身を折りたたみ、再度コートの内側へしまいながら屋根を伝い、車内へ戻る。

 助手席にシュンが座るなり、リョウが声をかけた。


「なにぶっ放したんだ、一体?」

「改造型のデグチャレフPTRD1941、大戦中のソ連の対戦車ライフルだ。つっても、現代の戦車の装甲は貫けないからアンチマテリアルライフルなんて呼ばれてるがな」

「対戦車ライフルかよ。なんてもん持ち歩いてんだ……つーか街中でそんなもん撃つなよ」


 確かに、スタミナの少ないシュンが無駄な装備を――対戦車ライフルなどは特に――することは行動可能時間を短くする要因となり、好ましくない。


「いや、能力の関係上少し重くないと都合が悪いんでね」

「……お前って『宿主』?」

「一応な。使い勝手が悪すぎてほとんど使えないんだが。ただ、デフォルトで必要に応じた身体能力の向上がある。瞬間的に力を発する時には、多少重くないと足が滑る時があるんでな時があるんでな。ちなみに、スタミナも代償の一つだよ」


 肩をすくめながら言うシュンの横顔が、リョウの目にはいつも以上に人間離れして映った。


                   ▼


 零番街の夜は暗い。以前の治安の名残か街灯はことごとく割られ、明りはついていない。家々に灯る明りも節約のために必要最低限、さらに点在する廃屋がその光の道を細切れに分断している。加えて、未だにぬぐえない『不良の街』というイメージは人々を遠ざけ、夜ともなれば街は人の温かみからもかけ離れ、ゴーストタウンのような様相を呈する。こんな街を夜更けに出歩くのはせいぜいが動物や通過する自動車、バイト帰りの住人達だけだった。

 そんな闇に包まれた零番街の一角。零番街と他の町の境に位置する家の前に、リョウはワゴン車を止めた。すると、こちらに向かって歩いてくる影が一つ。

 その影に対し、シュンは反射的にナイフを引き抜いた。

 この周囲に住む全員が彼の知り合いだとは言え、こんな真夜中まで外にいる人間はあまり信用したくない。

 しかし、その黒いスーツ姿がヘッドライトの明かりを受けるにつれて、その緊張は緩んでいった。


「何やってんだよ、こんな時間に」


 近づいてくる銀に対し、リョウがいぶかしげに声をかけた。

 突発的に起きた先ほどの『事件』に対し、彼がこちらを待ち受けていたとは思えない。

 となれば――。


「悪い予感しかしないな」


 ため息をつくような口調でシュンが肩をすくめ、改めて銀に目を向ける。リョウのア川の――運転席側の――ドアに近づいてきた銀は視線によってもたらされた催促を受け、銀が重そうな口をゆっくりと開く。


「良いニュースと悪いニュース、どちらから聞きたい?」

「お約束なら良いほうからだろ」


 リョウの気楽な調子が、銀の苦笑を誘った。そして首を振りながら最初のニュースを口にする。


「別の組織から停戦の申し入れがあった。利害が一致すれば協力も望めるだろう」


 停戦協定は実は相当に珍しい。本来『裏』とは生き馬の目を抜く世界。本来ならばなあ良く手を結ぶよりも後ろから相手を刺すことを狙うのだ。そんな業界で停戦の申し入れを積極的に呼びかけていきたということは相手にする勢力が許容範囲を超えるほど強大だということを意味する。


「で、続いての悪いニュースは?」


 軽い調子で、悪い知らせをむしろ楽しむかのようにリョウが問う。そんなリョウとは対照的にシュンはその隻眼を細く、鋭く研いだ。自身の内にある予感が実現しないことを望みながら銀の言葉を待つ。


「レンが消えた。ミリガンもだ。裏切りの可能性が高い」


 空気が凍りついた。

 数秒の間をおいて融けていく空気が徐々に判断力をも取り戻させる。


「嘘……だろ……?」


 静かに眠る街の中に、リョウの言葉はむなしく吸い込まれていった。


ここで一章は終わりです。ちなみに、「サイクロプス」って実は下級の神様らしいです。調べていて初めて知りました。化け物の印象が強いんですが、私だけでしょうか?


現在、高校三年も終わりに近づいてきていますが、受験のために更新が止まることはありません。付属校なんで。とは言っても、この前みたいに試験で遅れることはあるかもしれませんが。


では、出来れば今後もお付き合い願えればと思います。では――

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