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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第一章「切る者」
11/30

11 旧友

今回、若干残酷描写が入りますので、苦手な方は念のためご注意ください。

 内部は暗く、周囲を細かく観察することはできないが、大きな釜らしきものがあることから、鉄鋼関連の工場だったようだ。

 ゆっくりと周囲を見回しながら、金属製の通路を歩く。周囲の気配を探るが、特に不審な気配は感じられない。静かに、ひっそりと闇を抱え込み眠る工場は犯しがたい、神聖さすら感じさせる静寂をたたえていた。

 何も聞こえない、静寂。それが逆に、シュンの予感を確実なものへと煮詰めていった。

 二階部分から階段を下り、足音を忍ばせ進む。その進行方向に、微かな光が漏れた。

 扉の隙間から光が漏れ、僅かに床を照らしている。

 慎重にドアに近づき、その光が照らす足元に目を向ける。そしてしゃがみ込むと、一枚のカードを拾い上げた。白いプラスチックの板に字が彫られている。それはシュンも持っている、発信機を取り付けた生徒証だった。


「はあ、……そんなに俺が邪魔かね?」


 どうやら一杯食わされたらしい。恐らく、電車内で財布ごと生徒証を盗み、どこかで打ち合わせていた仲間の車に乗ったのだろう。それは、誰かが塾生を見張っていたことを知っていたということになる。警察が内部情報を漏らすとは考えにくい。他に情報が漏れる可能性といえば――。


「仲間内の誰か、ってとこか。まったく、面倒な」


 呟いてため息をつくと再度立ち上がり、目の前の扉を引き開けた。

 暗がりに光があふれ、しばしの間シュンの視力を奪った。

 視力が回復し、まず視界に飛び込んできたのは巨大な部屋。以前は大型機械でもおかれていたのか、壁際にはコードなどが散乱している。

 そしてその次に彼の目が捉えた、不快極まりない人物の顔。銀よりも、さらに性質たちの悪い奴の顔。


「よーぉ! 久しぶりだなぁ、シュ―ン?」

「本当にな。出来れば二度と会いたくなかったが」

「おおっとぉ、そりゃあ悪いことしたなぁ。俺だって手前ぇの顔なんぞ二度と見たかなかったんだがよぉ、仕事じゃしゃあねえだろぉ?」


 妙に間延びした口調で話す目前の少年。全体的にほっそりとした輪郭で、うすら笑いを浮かべた顔には未だニキビが残っている。ジーンズを腰ばきに履き、パンクファッションをまねた格好の少年。彼の名は、カズ。以前、シュンが零番街から追い出した一人だ。

 零番街が現在の状態になったのは比較的最近のことだ。以前の、無法地帯的印象はぬぐえていないが、確実に治安は安定した。それはシュンがそうなるように動いたからだが、その「まとも化」の過程で幾人か――零番街に悪影響を及ぼす――追い出したのだ。

 協調性のない者や、他者を攻撃する者。そう言った追い出された連中の一人、それがカズだった。


「手前ぇの顔見てても不快なだけだわ。じゃあ、死ね」


 そう言って自分の顔を手でなで、自身の顔に生えるニキビを潰した。

 彼のニキビが潰され、若者特有の過剰分泌された皮脂が押し出された。そして――シュンは神経が燃え上がるのを感じた。

 痛みと言うには余りにも強すぎる、神経を直接刺激する感覚。しかもその痛みに場所の制限はない。手足から口、目玉、内臓に至るまで、痛覚の存在する部位全てが激烈な刺激を受け、脳を壊さんばかりに信号を送り続ける。人間であれば、理性など欠片もなく吹き飛ばされる、そんな感覚だった。だが――。


「なるほど、拷問役はお前か」

「おい、どうなってんだ?」


 不快そうに首を傾げ、カズはもう一つニキビを潰した。ニキビを一つ潰すごとに神経に直接信号を割り込ませる、それが彼の能力だ。時たま、ニキビが十分に潰れず能力が発動しないこともあるが、発動すれば発狂するほどの激痛が全身を襲う。潰それにもかかわらず、シュンは相変わらず冷静に直立している。そして、笑った。


「俺は以前、痛みが日常だった期間がある。どうやら、その期間中に痛覚神経が壊れたらしい。痛みは感じるが、脊椎反射的なものはない。残念だったな」


 未だ神経は脳に焼けつくような感覚を送り続けているものの、行動自体にはまったく問題ない。シュンは一歩ずつ、確かめるように歩みを進め、カズとの距離を縮めていく。

 近づくシュンを睨みながら、カズが徐々に後退する。その顔に先ほどまでの嘲笑うような表情はない。


「くそったれ、あいつもつれてくりゃあ良かったぜ。しゃあねえ、今回は退くか。じゃあな」

「逃がすと思うか?」


 長々と口上を述べ、懐から右手を抜いた途端、取り出したモノを取り落とした。慌てて拾おうと身を屈めたところで、催涙手榴弾を握ったまま地に落ちる――自分の腕が目に移った。


「あれ? え? 何だよ、これ?」


 思考がパズルのピースのようにバラけ、まとまらない。おかしい。シュンの手に提げている刀にはまったく血が付いていない。それなのに自分の腕はコンクリートの上に赤い池を広げ始めている。切られた、そう気づいた途端、ようやく肉体が判断力を取り戻した。


「うわあああ! いてぇ、いてえぇえ! 畜生、どうなってやがんだ!」


 シュンは錯乱して大声を上げるカズに近づき、足払いをかけて転ばせた。

 カズは右手をついて立ち上がろうとして、再度地に伏した。

 シュンは再度立ち上がろうとするカズの腹を踏みつけ、地面に押し倒した。次いで懐から注射器を取り出し、針を装着した。


「モルヒネだ。本来仲間用だが、以前の仲間として情けぐらいはかけてやる」


 傷口付近に注射し、一度引き抜いた針を今度は反対側の肘付近に突き刺す。その意味に気付いたカズは必死の形相で立ちあがり、躓いた。手を突つこうと腕を突き出し、顔面から突っ込んだ。

 シュンは血の付着していない刀身を眺め、続いて床にまかれた血に視線を移すと、ため息をついた。

 刀身に血が付いていないこと自体には問題ない。それこそがこの剣術の真髄、速度だ。血液や人体の脂肪分が付着しない程の超高速で刀を振り、対象を切るのだ。だが――。


「刀を止めた勢いで刀身の血も払えただけか。ふう、中々上手くいかないもんだ」

「くそったれ! いてぇえ! 畜生! なにしやがった、くそっ!」

「やかましい。ガチャガチャぬかすな。女か、お前は」


 刀を鞘に収め、半ば錯乱して叫び続けるカズに歩み寄る。その背中を踏みつけて押さえると、内ポケットからひもを取り出した。

 カズの腕を緊縛し、出血を止める。存命のための処置なのだろうが、その間悲鳴を上げ続けるカズを殴って気絶させたことから、どう考えても博愛精神からではない。


「もう一回人生やり直しな」

「どうやら約束は守っているらしいな」


 工場の内部に存在しないはずの人物の声が響いた。鉄二と話していた人物と同一のその声を聞いた途端、シュンが肉体の緊張を解いた。

 目を凝らして見れば、周囲を霧のような物が薄く満たしているのが分かる。その霧がするするとシュンの右手側の空間に集まり、人型を取った。

 最初は輪郭すらはっきりしなかった人型は徐々にはっきりとした形を持ち、やがて一人の男性を作りだした。

 ハンサムな、ラテン系を思わせる顔立ちはまるで病人のように白く、それに合わせるかのような白い髪をオールバックにまとめたその男性は、黒いマントに身を包み一見するとドラキュラの仮装を思わせる姿をしていた。


「貴方との約束を破ろうとするほど、俺も命知らずじゃありませんよ」

「随分と丸くなったな。とはいえ、博愛精神には未だ欠けるようだが」

「敵をあいつと同様に愛せ、と言われても無理があります」

「だろうな」


 他愛のない会話を続けながら、男性が微苦笑を漏らした。シュンは肩をすくめ、彼の疑問を男に投げかけた。


「ところで伯爵、何の用ですか? まさか、同窓会気分で俺の時化しけた顔を見に来たわけでもないでしょう?」

「当たり前だ。要件を二つ。まず鉄二からの伝言だ。お前の剣術は未だ不完全だが、それは速度の問題ではない。日本刀の基本の使用法を良く考えろ、だそうだ。それと」


 そこで一度言葉を切り、伯爵はシュンに見透かすような視線を向けた。ニタリ、と嫌味な笑みを浮かべると、言葉を続ける。


「お前の言う『あいつ』はこいつらの所属する組織とは別の組織に所属している。いづれ協力することになるだろう。安心したか? 精々、また死なないように頑張ることだ」


 そう告げながら身を翻しシュンに背を向けたところで、その姿は先ほどと同様――いや、はるかに速く霧散した。


「まったく、どこまで見通してるんだか……いや、全部か」


 自分の心理を直接覗かれているような感覚には、既に慣れた。

 自分を自分以上に把握されているというのは不快でもあるが、今は安心感のほうが上回っていた。

 仕事上とは言え、彼女と争うのはできれば避けたいところだ。どうせ決着など着かず、どちらも動けなくなるまでの茶番を演じるしかない。

 伯爵に与えられた情報から浮かんだ思考を続けていると、ズボンのポケットの中に振動を感じた。取り出した携帯電話にはリョウの名が映し出されていた。


「もしもし? どうした? 勝手に帰っていいぞ」

「いや、なんつーかさ……帰り道がわからねえ」

「とりあえず二万回ぐらい死んでくれないか?」


 深々とため息をつき、返事を待たずに通話を終了する。

 未だ気を失っているカズを肩に担ぎ、今度は正面から外に出る。人影に気を配りながら、車を止めたパーキングへ戻り、カズを後部座席に放り込むと、積んであった救急セットで応急処置を施す。

 駐車料金の高さにあきれながら車を出し、リョウを迎えに数の減った車の列へ混じり先の通りまで戻る。

 カラオケ屋の前で右往左往していたリョウを拾い、助手席に乗せて車を発進させる。大まかに先ほどの案件を説明しながら裏通りに角を曲がった。


「で? そんだけか? お前なめられてるんじゃねーの?」

「と言うより、あいつが一方的になめてた感じだったな。普通、神経に直接攻撃して通じないなんてありえないからな。ただ、気になるのは……」

「気になるのは?」

「『あいつも連れてくればよかった』って言ってたんだ。そうすると、あの場に仲間がいた可能性がある。そいつも対処しておいたほうが良かったかもな」

「まあ、いいんじゃん? どうせ気付いた時には誰もいないわけだし」


 リョウの意見を聞いた後も、何故か胸騒ぎのようなモノが残る。それは言葉では説明のつかない類のものだ。


「うん? リョウ、サイドミラーで後ろを見てくれ」

「ああ、後ろからくっついてきてるやつか? この一本道じゃ追ってるわけじゃあないだろ? お前って自意識過剰?」

「二兆回死ね。そうじゃない。お前、運転手見えるか?」


 思考を巡らせながら運転していたために気付くのが遅れたが、後方から一台の車が――車高からするとスポーツタイプらしい――近づいてきていた。道なりに一本道を進んでいるため追跡ではない可能性も高い。だが――。


「……いや、つーか乗ってないんじゃん?」


 運転席に人がいない。よほど小柄なのか、それとも何らかの方法で身を隠しているのか。

 バックミラーを覗きながら運転していたシュンの眉間にしわが寄った。

 先ほどまで何も見えなかった助手席に人影が現れた。それはいいのだが、こちらに何かを向けている。


「メガホンか? リョウ、なんて言ってるか聞き取れるか?」

「ああ、ちょっと待った……『ゴブリン』かな?」


 リョウの言葉と同時にシュンの脳内へその姿が思い描かれる。伝説上の生物で地方によってその見た目は異なるが、主に醜悪な姿で描かれ、悪意を持った妖精であるとされ、棍棒を持っているとされることも多い。

 そして――。


「おいおい、マジかよ!?」


 伝説は現れた。


中々上手くいかないものですね。今、少し長く書くよう意識して書いてるんですが、一階ごとに場面転換利用したほうが楽でいいかもしれません。

まあ、これも練習だとは思いますが。

次もできれば一週間以内に書きたいと思うので。

では――

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