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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第一章「切る者」
10/30

10 囮捜査

「つまりXの二乗は3Y+bと等しくなるため――」


 塾の講師が黒板に白墨を擦りつけ、文字を刻んでいく。黒板に書かれた数式をノートに写し取りながら、横で突っ伏すリョウに目をやる。

 腕の隙間からは滴るよだれが水たまりを作っている様子がうかがえる。この授業は一種のであるため真面目に受ける必要もないのだが、あまり寝てばかりいるのも問題がある気がする。


「佐々木! いつまで寝ているつもりだ!」


 問題を解かせている間に講師が通路を回り、ついでにリョウ――佐々木という名前にしている――を文字通り叩き起こす。リョウは自身の造り出した池の中に顔面を突っ込み、糸を引きながら起き上った。


「あれ? シュン、もう授業終わったのか?」

「いや、まだ七分ある」

「あ、そう。おやすみ」


 寝ぼけ眼のままシュンを振り向き、シュンの無愛想な返事と共に再度倒れこむ。

 様子を見守っていた講師はため息をつくと、あきらめたらしく首を振りながら離れて行った。

 この生活を始めて四日。今までの自由奔放な生活も魅力的ではあるが、「普通」と言うのも案外悪くはなかった。とはいっても、その『普通』も太陽の出ているうちだけなわけだが。


                     *


「つまり、愉快犯ですか」


 なんでも、警視総監――三島貞行――の元へ犯行予告が届いたらしい。


「そうだ。今までの事件以前にこのような予告が届いたことはない。それを今回になって私に送りつけてきたということは、挑発以外の何物でもない」


 三島は膝に肘を置き、両手の指先を合わせた。万人のする動作ではあるが、彼の場合には怒りを表していることを、シュンは知っていた。

 この三島という男、現在ではデスクワークが主だが、鬼と呼ばれる程の敏腕刑事だったそうだ。その頃の血が騒ぐのか、今回のような挑戦を受けた場合――現役時代の彼に対する復讐が主だが――や難事件が発生した場合には、必ずそれを事件発生から一週間ほどで解決している。検挙率の上昇が彼の功績として世間一般に認知されることではないが、一部の人間には有名な話だ。

 ちなみに、その際に囮捜査の囮として使われるのがシュンやリョウであったりもする。部下を危険にさらしたくないのは人情らしい。その分彼らの犯罪が大目に見られることもあるため、文句ばかりも言っていられないのだが。


「個人宛てとは言え、間接的に警察に挑戦状を送りつけてきた。つまりある程度力を付けたため、周囲に組織の力を示そうとする可能性があり、何か新しい、目立つ手法をとってくる可能性がある。だから貴方の養子の双子と他の塾生を護れと。そんなとこでしょうか?」


 裏の世界は信用がものを言う。ハッカー達の力試しにアメリカ国防総省ペンタゴンが集中的に狙われるように、裏社会の新興勢力がその国の警察組織を挑発、愉快犯的に犯罪を実行し、実力を示そうとすることもある。そのような犯罪が表面化しないのは、基本的に隠匿される――それほど大きな事態にはならないため――ためだ。

 実際思慮の浅い連中がやる、という意味ではネット上で殺人予告をすることと大差なく、それが本人たちの望み通りの結果を生むことは限りなくゼロに近い。しかし――。


「そうだ。今まで通りなら君たちに頼むほどのことでもないのだが……、『宿主』の存在は我々にも大きな影響を与えているということだ」

「了解しました。塾の諸経費はそちらにお願いしてよろしいですね? では――」


                          *


 授業内容を適度に聞き逃し、一日の授業を終えると時刻は夕方。シュン達の仕事はここからが本番となる。

 塾の前に停められたテレビ局の取材車のような外見をした車の荷台部分。その内部で二人の少年が並べられたモニターを眺めていた。


「リョウ、一三番の画面が映ってないぞ」

「ああ、ちょっとまった……ほいっ、と」


 車内のモニターに光が通い、表示された地図上に無数の赤い点を映し出す。それらはゆっくり駅に向かっていき、それぞれの方向へ移動していった。

 画面のサイズを切り替え、離れていく点に視線を配る。それぞれの家へ無事帰り着いたことを確認し、全ての点が動きを止めた時点で画面の電源を落としていく。

 結局、この日もそれまでと同様、平和に全ての電源を切ると、リョウは背もたれにか全体重を預けた。


「ふう、やっと今日も――」

「残念だが、終わってないぞ」


 その言葉にリョウがゲンナリと振り向くと、シュンの見つめる先、未だ電源の入れられた画面が一つ。四つの点がまとまって存在し、モニターの地図がこの付近にいることを示している。


「この位置からすると、この近くにあるカラオケだな」

「じゃあ、そこまで移動するか? 近いほうが都合がいいだろ?」

「『カラオケで歌いたい』って顔面で語ってるぞ、お前」


 リョウの顔が僅かな笑みを残して引きつった。表情を隠していたつもりだったのだが、シュンの観察力の前には徒労に過ぎなかったようだ。


「まあ、いいけどな」


 シュンは肩をすくめて小さくそう言うと、運転席に体を滑り込ませ、エンジンをかけた。細い道で車体の方向を変え、大通りに出る。

 流れる乗用車の列に、大きな車体を割り込ませ、残りの塾生が立ち寄ったカラオケの前にのっそりと停車させる。カラオケの看板は夜の闇に精いっぱい抗い、異様な眩しさを周囲に発散していた。


「悪いがお前一人で行ってくれ。俺は本でも読みながら見張っ――」


 言いながら振り向いて、シュンの言葉はそこで終わった。彼の視線の先では開かれたドアと、車内に侵入しつつある夜気だけだった。


「加速装置でもついてんのか、あいつ」


 妙な感動を覚えつつ、後部へ移動する。唯一点灯している画面の前に陣取り、持ち歩いている本を開いた。

 一時間後。固まっていた四つの点が動き出し、カラオケから駅へと向かい始める。

 リョウはまだ戻ってこない。シュンは本を閉じ、再び画面の監視を始める。

 電車の向きに沿って点は移動していき、各駅に散っていく。

 最後の点が駅に降り、ゆっくりと移動を始めた。


「うん?」


 それまで背もたれに寄りかかっていたシュンが姿勢を正す。赤い点が再度、電車に乗っていた時と同じような速度で移動を始めたのだ。自動車に乗ったのだろうが、まさか学生がタクシーを使うとは思えない。親の車に拾われた可能性も考えたが、本来曲がるべき地点を通り過ぎ、別方向へ離れていく。

 それだけ確認するとシュンは画面を運転席に駆け込み、ハンドルをとる。エンジンをかけながら手元の画面の電源を入れ、徐々に渋滞を始める大通りを避け、わき道に入る。

 対面でギリギリすれ違える程度の道を、法定速度無視で走り抜ける。曲がり角では事前にクラクションを鳴らしながら、速度を緩めることなく通過する。

 爆走するライトバンに驚いた猫が慌てて塀を飛び降り、現実世界に引き戻された赤子が泣き声を上げた。

 ささやかな公害をまき散らしながら裏道に一筋の線を残し、再び大通りに戻ると同時に速度を落とす。

 この時間帯ではあまり無茶な運転をするわけにはいかなかった。他の乗用車や業務用車がひしめいていることももちろんだが、警察と遊んでいる時間はない。

 車の間を縫いながら、赤い点が移動する先を確認する。

 移動の方向や、必要と考えられる施設を考えると――従来の手法を使うと仮定すれば、多少音が響いても外部に漏れにくい場所の必要がある――どうやら臨海部の廃工場に向かっているらしい。以前は重工業を行っていた施設は敷地も広く、隠れる場所も多い。人が近づくこともまずないと、条件はそろっている。

 しばらく車を走らせ、目的地まで残り数キロという地点で再度画面を確認する。赤い点はやはり廃工場の中で止まっていた。

 工場の一キロ程前で車を止め、装備を整える。銃、ナイフ、刀そして送られてきたモノと弾丸。それらの装備を所定の場所に収めていくと、最後に見覚えのないなにかが残った。

 手触りは絹のようでもあり、革製品のようでもある。持ち上げると大した重量もなく、手から溢れて柔らかく流れるように滑り落ちた。

 完全に持ち上げると、その下に紙が置かれているのが見えた。

 拾い上げると、達筆な文字で『新型の防弾チョッキだと考えてくれ。デザインは以前のものと同じにしてある』と書かれている。予想はしていたが、銀が入れたものらしい。

 改めて広げると、シュンが以前着ていたロングコートと同じデザインのようだ。

 数秒間眺めてから、シュンは袖を通した。重量まで以前と同じ、というわけにはいかないが、元が軽いため、気にならない。


「行くか」


 新たな装備にも期待も不安もなく、自分に向けてそう呟くその声は深い落ちつきを含んでいた。

 近くのパーキングに車を入れ、そこからは歩いて行くことにする。

 工場へ直接乗りつけることも可能だが、やはり隠密行動をするに越したことはない。被害者には悪いが、死ななければ依頼に反したことにはならない。最後まで囮の役目を果たしてもらうとしよう。

 些か正義感に欠ける思考を展開しながら、シュンは工場にたどり着いた。大きなパイプが夜空にうねり、大蛇が幾ひきも絡まっているように見える。それを閉じ込めるかのようなフェンスが、非力に周囲を取り巻いていた。


「さて、と」


 左右を見回してから右に回りこみ、適当な位置で足を止める。背負った刀を鞘から抜き放ち、上段に構えると、無言の気合と共に垂直に振り下ろす。

 振り下ろした状態で瞬間動きを止め、刀を鞘に収めると、何事もなかったかのように今しがた作成したフェンスの切れ目を押し広げ侵入する。

 倉庫の陰に隠れながら移動し、工場へ近づいていく。

 どこから侵入しようかと考えていると、梯子が取り付けられている場所があった。外部のパイプの検査か何かに用いるものらしい。

 頭よりもやや高い位置にある梯子に手をかけ、懸垂の要領で体を持ち上げる。登っていく途中にある通路に乗り移り、手近にあった扉に手をかけるが、当然鍵がかかっていた。

 シュンは焦らずにナイフを一本引き抜く。刀身にはなにやら溝が掘られ、柄にはひも状のものが巻きつけられている。

 それを先ほどの刀と同じように上段に――しかし片手で――構え、扉の隙間に向けて振り下ろす。

 金属音が響き、途中で刃が止まった。引き抜き、再度振り下ろすと、金属音と共に鍵を切断した。

 本来、鉄二から受け継いだ技術ならば刀を使おうとナイフを使おうと、この程度の金属ならば豆腐と大差ないはずなのだが――。


「……まだ、不完全か」


 刃こぼれ一つない刃を見つめ、ため息をつくように呟くと、シュンは扉を引き開けた。


投稿が遅れて申し訳ありません。テスト期間中だったもので。と言っても言うほど勉強しませんでしたが……。


どんな形であれ、必ず完結させますので、最後までお付き合い願えればうれしいです。


それと、ややいい加減なことを書いているかもしれませんので、鵜呑みにはしないでください。間違っている個所の指摘がある場合は、メッセージや感想にお願いします。

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