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我は魔王である

作者: マツ

 我は魔王だ。


 名前は、と聞かれても「ない」としか答えようがない。

 魔王は魔王。故に「魔王」と呼ばれている。


 今はじめじめとした居心地の悪い場所に鎮座している。

 ここは魔城。我が住まい、魔物たちが徘徊している場所だ。

 その中でも我のいるのは広い空間なのだが、あまり心地よいとは感じない。


 それなら、居心地の良い場所に移ればいいと誰もが思うだろう。

 魔王相手にそんなことを言うのは数少ないだろうがもしもの話だ。

 だが、我はこう答える。



「仕事だからだ」と。



 そろそろ組んでいた足が痺れてきた。

 今回の擬体は大きい上に足が無数にある。そのせいで初めは足の動かし方が分からず、こけたり部屋の天井に大穴を空けたりしてしまった。

 あれはまれに見る醜態だった。誰も見てはいなかったが……………いや、一人だけいたな。



 懐かしいと同時に腹立たしい。

 そんな気分になったところで、それは破壊音と共にやって来た。



「ここか、魔王の住処は!」

「ついに見つけたぞ」

「うわぁ、おっきーい」

「暢気にしてないでよ! 私たちも戦うのよ」

「魔王は目の前です!」



 吹き飛ばされた扉の外。

 そこから五人の人間が姿を現した。

 それぞれに剣や厳つい銃、魔石をつけた杖など各々が武器を持っている。


 と、言うことは。



「ぬしらが、我を倒すと言っている者らか」

「そうだ! 仲間たちの敵、取らせてもらうぞ!」



 我の声に数人が震えたようだが、先頭にいた剣士のその一言がきっかけで戦闘がはじまったようだ。

 我は尋ねただけなのにせっかちな奴らだ。


 剣を持った二人に立ち向かうため、無数にある硬質な足を立たせる。足が痺れたと言ってはいられない。

 振りかぶってくる剣を避けることはせず、魔術を使って対戦しようと思う。


 そう思ったところで後方にいた魔術師の術が前足にあたった。

 だが、当たったところで我の本体には影響ない。この大きな体は擬体。

 この仕事を頼んできた担当から受け取った体だ。

 なんの術を掛けようか。間違っても奴らを全滅せぬような術をかけ………。



 ――ぽろっ



(足が、取れただと………!)



 数多の術を跳ね返すから、本体に異常はないですと言っていた担当を思い出す。

 担当め、何だこのざまは。文句言ってやる。

 勘違いして、奴らが「足が弱点だ!」とか言い出したではないか。どうしてくれる。

 痛くはないが足に集中攻撃されている身になってみろ。

 どんな顔すればいいのかわからん。



「……鬱陶しいな」



 必死になって攻撃してくる剣士たちを尻目に、とりあえず魔術を適当に使ってみる。

 軽く腕を振るっただけだったが、予想以上に大きな術を発動させてしまったらしい。


 目の前に突如として現れた魔物の群れを見てそう思う。



「魔物を召喚しただと!」

「くっ……数が多い」



 しまった。


 我にとって、ちょっと火を灯そうとすることが一番難しい。

 その「ちょっと」レベルの魔術を発動させることができず、段階をすっ飛ばして「阿鼻叫喚」レベルにまでなる。らしい。すべて担当が言っていた。


 わーわーと騒ぎながらも奴らはなんとか魔物の群れからの攻撃をしのいでいた。

 奴ら、予想以上に強いな。特に一番最初に仕掛けてきた剣士がなかなかやる。

 じわじわとこちらへ攻撃しつつ、周りの仲間へも気を配れる余裕も持っているようだ。


 気づけば擬態もボロボロになり、体が動かしにくくなっていた。

 奴らが弱点だと勘違いした足はすでに大半がもげている。バランスを保てずに巨体を床に倒すと、奴らは討伐できたと勘違いしたのか歓声を上げた。



「倒したのか?」

「やっと……!」



 いや、倒れただけなのだが。

 だがそろそろ倒される頃合いだろう。ちょうど良かったかもしれない。そう考えて前から用意していた「セリフ」を断末魔の如く叫ぶ。



「グォオオオオ、憎き輩よ」

「まだ生きてるのか!」

「呪ってやる! 最期に我が呪をうけ……よ」



 そう言いつつ唯一残った足を目の前にいた剣士に向ける。が、途中で力尽きるようにガクンと足を地へと落とす。

 我ながら近年まれにみる演技だ。

 一瞬緊張が走ったようだったが、それ以後動こうとせぬ我を見て安堵の息を吐くのが聞こえた。

 が、慎重に近づいてくる足音が伝わってくる。確実に息の音を止めるつもりなのだろう。次の瞬間、擬態の内側からでも響く、剣が擬態を貫く音。

 そうした後で奴らの歓声がわき上がった。



「ついに終わった……!」

「やったわ、これで国に帰れる!」

「みんなよくやった。怪我人はいないか?」

「それにしてもデカイ図体してるな」



 やれやれ、とはこちらが言いたい。

 この国の「魔王」として君臨してから色んな事に気を使ったのだ。数十年は我にとってあっという間だったが、それにしても苦労することは長く感じるものだ。

 最後に「魔王を倒した証」として擬態の額に埋め込まれていた魔石を抜かれた。その魔石の力で擬態を形とっていたため、途端に擬態が腐りだす。



「さぁ、国へ帰ろう。みんなが待っている」



 その言葉を最後に奴らはここから出て行った。

 騒がしい奴らの声が遠ざかり、次第に消えてゆき、全く聞こえなくなった。そのころには我は擬態から抜け出していた。

 やはり本体の方が身軽だ。久々に見た自身の体を確かめるようにほぐしていくと、すぐ近くに懐かしい気配が下りた。



「いやー今回もお疲れさまでした、魔王」

「今回の擬態は脆すぎないか。あっという間に足が無くなって困ったぞ」

「そうでしたか。ではその意見を制作部に連絡しておきます」

「どうせ『上』から様子を見ていたんだろう」

「あ、ばれました?」



 ハハハッと軽やかに笑うのは我にこの仕事を依頼した担当だ。

 背中にある純白の羽根をはばたかせて下りてきた青年は、人間たちの言うところの「天使」の部類だという。

 まさか人間も大昔から時折出現する「魔王」が「天使」に依頼されて騒動を起こしているとは想像もしないだろう。



 ――人には「魔王」という存在が必要なのですよ。



 大昔、そう最初に話しかけてきた青年はニッコリと当時と同じような笑みを見せた。



「次の魔王出現の予定はー……ざっとみて約1000年後ですね」

「擬態はどんなものを予定している?」

「今回はムカデ足でしたからね。スライム系になると思いますよ」

「…………もっと動きやすい擬態を用意しないのか」

「やだなーこれは人間へのささやかなハンデですよ。自分の攻撃力の高さ、いい加減自覚してくださいねー」

「なら他の奴に依頼しろ」



 我のほかにも力の強いモノはいる。

 だというのに、青年は「それはだめです」と首を振った。



「役不足です。貴方のように圧倒的な存在感が足りない」

「人間と良い具合に対抗できるだろう」

「あのですね、『魔王』をいちいち出現させている意味がないんですよ。貴方以外にやらせたら」

「意味がない?」

「人間は長い間平和な時間が続くと鈍るんですよ。協調が乱れ、些細なことで大事かのように騒ぎ立て、仕舞いには同族同士で争いが始まります。それを最小限に抑え込むためにも、『魔王』という存在が必要なんです。他の種族からの危機にさらされれば同族同士の結束力も否が応にも高まる…………というのが我々の考えです」



 そういうものか、と首を傾げると青年は「そうなんです」と深くうなずく。



「ま、そういうわけで次回も頑張ってください。時期になればまたこちらから連絡しますから」

「分かった」

「それまでの間、演技練習は怠らないでくださいね。最初の頃に比べれば上手くなりましたけど」

「余計な世話だ」

「それもそうですね」



 今回も始終笑みを崩さなかった青年は最後にあいさつをしてから羽根を広げ、天を目指す。

 再び我だけになった空間はやけに静かだ。その静寂は好ましいが、いつまでもここにいるわけにもいかない。



「我も元の場所に戻るか」



 意識を向けた途端に変化する視界。次の瞬間には別の場所、純白に統一された空間に移動していた。

 風景に溶け込むように真っ白な衣を着た人間が静かに動いているのを見ても驚かない。ここに働いている人間だ。


 人々はここに働いている人間のことを「神官」と呼ぶ。


 時の流れに疎くなっている我だが、神官の顔ぶれが変わっていたり、建物の周辺で起きていることを見ていると時の流れを感じることができる。




 そんな変わりないある日、見覚えのある剣士が信仰に来ていた。



「この地にいた魔王を討伐出来ました。すべては貴方のおかげです、神よ」



 これからもこの地に豊穣をお与えください。そう言って同じく、見覚えのある魔石を我に捧げた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 単純に面白かったの一言です。 視点が普通の作品と違って、ユーモアが溢れていますね。 良かったです
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