ふたつの魔法しか使えない魔女は、大好きな王子の 隣国王女との婚約を応援した
魔法王国ティバールル
ティバールルの ゼイン第一王子はとても評判が悪い。
顔立ちは良いのに 表情が険しく眉間にシワを寄せて、非常に無口だ。
背が高く肩幅もがっしりしていたので、周りはすっかり怖がっていた。
そのせいで縁談話も全く上手くいかない。
そこで1人の魔法使いが呼び出された。
伝説の魔女エルセレス──の ひ孫のエレンだった。
実は来るように命じたられたのはエルセレスだが、108歳の彼女はギックリ腰をおこしていた。
そこで代わりに 18歳のエレンがお城へと出向いた。
しかし エレンはたった2つの魔法しか使えなかった。
城での豪奢で煌びやかな部屋がエレンには与えられた。
口をポカンと開けたまま天井の装飾を見回していると、ノックの音がしたので
「はい」
と答えてやっと口を閉じた。
入って来たのは──なんとゼイン王子だった。
エレンは慌ててひざまずく。彼は"かまわない"と手振りで示し 話しだした。
「…………助けてほしい。大陸一の美女と言われているカトリーナ王女との縁談の話が出ているが、このままでは……絶対上手くいかない」
彼が話しだした時点でエレンは驚いた。
声が、声が──物凄くちっちゃかったのだ!!
「あのう……何故そんなに声をひそめてらっしゃるのですか?」
するとゼインは目をそらし顔がどんどん赤く染まった。
そして彼はさらに小さな声で言った。
「私は…………は、は、は、恥ずかしいんだ。……物凄く」
(────恥ずかしがり屋さん!!!!)
エレンの口は再び開いていた。
翌朝──
エレンは頭を悩ませていたが、とにかくやるしかなかった。自分は2つの魔法しか使えない。それでゼイン王子の重度過ぎる恥ずかしいがり屋っぷりを治さなければ。
エレンは使える一つ目の魔法、子供の姿になる魔法をゼインにかけた。
途端に彼は身体が小さく幼くなり、瞳のくりっとした金髪の可愛い少年になったのだ。
護衛達にも隠れて ついてきてもらうよう話はしてある。
子供の頃の姿に戻り、戸惑っているゼインにエレンは力強く言った。
「王子! さあ、遊びに行きましょう!!」
市民層の子供服を着て、ゼインはエレンと城下町に繰り出した。
子供の姿になると心も子供に戻るのだろうか──
最初はオドオドとしていたが、お忍びで何かをしたこともなかったからか、露店や出店、道端の大道芸を彼は徐々に楽しんだ。
気付けばエレンとは普通の声量で話していた。1回目の成果としては素晴らしいものだった。
外出の2回目には 町にサーカスが来ていた。
象がとても大きくてゼインは興奮した。エレンの手を取って走り出して
「見てエレン! あんなに大きな生き物がいるんだな!」
と大声を上げていた。
後になってからゼインは思いだして赤面した。──あれでは本当にただの子供だ。
だけどエレンは……彼女はニッコリと微笑んでくれた。
3回目の外出では城下町商店の特売日だった。さまざまな商品がクジやゲームで半額や無料になる。大人は助かるし、子供はそのクジやゲームそのものを楽しむ。
子供のゼインも嬉々として輪投げや的当てをした。彼はとても上手だった。
「やった!!」「とれたよエレン!!」
と沢山大声を上げた。
半額の真鍮のブローチや飴菓子をタダでもらって、2人はハイタッチをして心から喜んだ。
その夜、大人の姿のゼインはエレンの部屋を訪れた。彼はブルーダイヤモンドのブローチを持ってきて、エレンに差し出した。
「半額の真鍮のブローチでは……君に申し訳なくて。最近は城内でも人付き合いが楽になってきて、とても感謝している。だから……」
エレンは静かに首を振った。ウェブがかった長い髪が左右に揺れる。
「報酬はもう頂いているんです。真鍮のブローチで私は充分ですよ。
ブルーダイヤモンドは凄く高価です。──カトリーナ王女にプレゼントなさったらどうでしょう?」
「そうだな……確かに」
ゼインはそこで、無性に説明したくなった──何故か。
「カトリーナ王女のマラドス王国とは……いつも国境をまたぐソレド鉱山を巡って争いが起きている。だから……国にとっても重要な縁談なんだ。カトリーナ王女が美しいからって結婚したいんじゃない」
エレンは黙ってうなずいた。
彼女はただその手に真鍮のブローチを握っていた。
4回目の外出は音楽祭だった。いつもの城下町を離れて、マハ市の音楽ホールで芸術楽団の演奏を聴いた。
野外ステージもあり発表が行われている。プロではなくて 歌や演奏が好きな市民達が参加しているようだ。
「実は 本日はこちらがメインなんです。王子」
エレンのもじもじとした言い方にゼインはハッとした。
「まさか 聞くんじゃなくて……」
「はい! 今日は国歌を歌いましょう!!」
エレンがハッキリと言った。ゼインは
「無理無理無理無理無理!! それは無理!!」
と叫んだ。だがエレンは
「大丈夫です! 私が一緒に歌います!」
と譲らない。ゼインはついにステージに上がることになった。仕方なく歌いだす。
驚いたことにエレンはとても歌が上手かった。ゼインも子供の身体のおかげか高音も出しやすくて、2人の歌声は綺麗なハーモニーとなり 沢山の拍手を受けた。
帰りの馬車の中、ゼインはエレンに聞いた。
「歌が上手いんだね。びっくりした。どこかで歌っているの?」
「いいえ。歌うのは森の中だし聞くのは動物や精霊達だけです。私は……魔女ですから」
ゼインは彼女の寂しげな微笑みを──見つめた。
そのあとも2人は とりとめのない話をした。
5回目の外出をする頃には、城下町でも子供のゼインとエレンはかなり顔見知りが出来てきていた。あちこちから話しかけられるが、彼はそれにも笑顔で対応できた。
だが生地屋の女主人は意地が悪かった。
「坊ちゃんはきっと高貴な血が入っているんですね。美しい金髪で白い肌、鮮やかな色が似合いますよ。後ろのお付きの方は──」
中年女はチラリとエレンを見た。
「黒髪に真っ黒ローブで陰気な魔女みたい。お若いのに可哀想」
エレンは赤くなってうつむいた。私は魔女だから──その通り……
「魔女でもエレンは可愛い魔女だ!! 何を着ていても笑顔は1番輝いてる! 身につけているものだけで人を判断するな!」
子供のものでも凛とした──号令のような声だった。何人かは振り向いた。向かいの花屋からは老婆が
「そうそう! 着ているものは関係ありませんよ! 花はそのものが それぞれに美しいものです!!」
と声をかけた。ゼインは生地屋をにらみつけてから、エレンの手を引いて花屋に行き
「これで買えるだけの花を」
と持っていた金貨を全て出した。老婆はニコニコして大輪の花のブーケを作ってくれた。
ゼインはそれをエレンに渡し
「ほら、誰よりも華やかだ」
と足早に前を歩き出した。──多分顔は赤い。
彩り鮮やかな花束を抱えて、エレンは笑顔で彼について行った。
その夜は近隣諸国との晩餐会だった。
マドラス王国のカトリーナ王女も来ていて、その美しさは誰からも絶賛されていた。彼女そのものがまさしくその宴の花だった。
エレンは端の方で食事をしたり座って楽団の演奏はきいたが、ゲームやダンスには参加をしない。
自分と近い年の女の子達が色鮮やかなドレスをまとって男性達と踊る姿は別世界の……憧れだった。
その別世界の中で、ゼイン王子はちゃんとカトリーナ王女とダンスをしていた。もう怖い表情をしなくなり、優しく話をする彼は評判が良くなっていた。
カトリーナ王女と弟のライル第二王子と楽しく会話する彼の笑顔を見て、その夜──エレンは"自分は役割を終えた"と感じた。
自室に下がると中央のテーブルには、あのブルーダイヤモンドが箱に入って置いてあった。
エレンは夜遅くに その箱を持ってゼインの部屋に向かっていた。
王子の部屋の前には護衛兵がいた。
何をしに来たかを 素直にエレンは話した。
すると彼らは エレンを通してくれた。
ゼインの部屋のドアをノックしたが返事は無い。エレンは静かに入って、彼の部屋のテーブルにブルーダイヤモンドの箱を置いた。
奥の部屋には天蓋のベッドがあって、ゼインはそこで もう寝入っている。
エレンは、この2ヶ月で大好きになってしまった人の寝顔をしばらく見つめた。
2人であちこちに出かけた思い出や、城内で沢山話したことが思い出された。
とても大好きな人──けれどもその人には すでに結婚しようとしている美女がいて、それは国のためにもなること。
エレンの魔法は ふたつだけ。
子供の姿に戻す魔法と それを解く魔法。
でも ただ彼のために祈った。──心を込めて。
どうか この人の想いが叶い 幸せになりますように
彼の王国に 平和と繁栄が訪れますように
そうして エレンは最愛の人の額に 別れのキスをした。
ゼインは翌朝、エレンがいなくなったことを知った。
テーブルの上のブルーダイヤモンドを、彼女は最後まで受け取らなかったのだと思った。
──それから気づいた。
エレンは半額の真鍮のブローチと、大輪の花束は持って行ったのだ────と。
大輪の花達は花瓶にいけられ、日が経っても伝説の魔女エルセレスの魔法で活き活きとしている。だがその魔女はひどく機嫌が悪かった。
「全く! ティバールルの王子達ときたら とんだ節穴だよ。誰も私の ひ孫の素晴らしさに気付けないとは、王国も終わりだね」
大祖母の大袈裟な言い方にエレンは笑った。
「私は地味な黒い魔女だし、魔法も2つしか使えないのに? ──それも かける魔法と解く魔法だから、実は ひとつの魔法しか使えてないわ」
エルセレスはそのシワだらけの顔で真剣に言った。
「お前は強い魔力があるよ。使える魔法は少なくても百発百中だろう? そういう魔女は大成するのさ。
あと 間違いなく美人だ! 私の若い頃にそっくりだからね」
大祖母の話は真面目には聞いていられないと、エレンはバスケットを持って外に出た。丘の下に薬草を摘みに行くのだ。
天気は快晴で 気持ちの良い青空が広がっていた。
エレンは南側から来て、森を出て草原の なだらかな傾斜を降りた。白、黄色、赤、薄紫と、さまざまな花達が風に揺れている。
突然 反対側の北側の丘の上に、騎乗した兵士が1人2人と見えたので、エレンはびっくりした。
だが3人目は──今でもよく思い描いているゼイン王子だった。
彼はエレンを見つけるとすぐさま馬から降りて、丘の下に向かって大きな声で話してきた。
「エレン! 君にとっては子供の私は良くて──大人の私は駄目なのか!?」
エレンは何が始まったのかと少し驚いた。
だけれど空は澄み渡り草花は風に波打ち、彼はそこにいる。
……何故か、何故だかもう……素直になろうと思った。
「ええ! 大人のあなたは駄目だと思いました。あなたは……婚約者がいたから!」
「婚約者なんかいない! 話をしたらカトリーナ王女には想い人がいたんだ! それでマドラス国王達が、縁談の思わせぶりをして悪かったから、ソレド鉱山を我が国に譲ると──変わりになんとか王女に好きな人と結婚させてやってくれと頼んできた!」
そんなことが起こっていたとは全く知らなかった。エレンは瞳を丸くした。
「だがエレン! ソレド鉱山のことが無くても、私もカトリーナ王女と結婚する気は無かった! もう無かったんだ!!」
彼は ひときわ声を張り上げた。
「だからあの夜──カトリーナ王女から話を聞く前には、弟のライルを紹介していた! あいつが王女と結婚してくれたらと期待したから!!」
丘を見上げていたエレンの口は 少し開いた。
「父と母にも話して来た! 2人共伝説の魔女の末裔なら王国の益にもなるだろうと王妃に迎えても良いと承諾してくれた!!
なんだか私にもよく分からないが、まるで魔法がかかったみたいに全てはうまくいったんだ!!」
一体誰がこんな素敵な魔法をかけてくれたんだろう……とエレンはとても不思議だった。
「あとは君だ!! 君は森から出て、生涯私だけの魔女になる気はあるのか!?」
この問いかけに、エレンは微笑んだ。
「あなたが私を連れて行ってくれるなら!!! ──でもゼイン王子!」
「なんだ!?」
「私達なんで こんなに離れて大声で話しているのかしら!?」
「多分6回目の外出だからだ!! ホラ、私は偉大な可愛い魔女のおかげで こんなに大きく話せる!!!!」
2人は笑い出した。
そして──ゼインは駆け出した。
エレンもバスケットを落として草を蹴って走り出す。
色とりどりの花々は風に煽られ、その花びらは2人の周りに舞った。
大好きな人の その腕の中に エレンは飛び込んだ──
使える2つの魔法、勿論ひとつは"子供に戻す魔法"。ではもうひとつは…………ʕ^ᴥ^ʔ
気づかれても気づかれなくてもハッピーエンドですが、結構未来まで大ハッピーエンドにしたつもりの作品です。
うっ……気づいたら『ふたつどころじゃないじゃん!!』と、言われてしまう?Σʕ◉ᴥ◉ʔ
いや〜 そこはもうすみません。実はやはり偉大ということで……むにゃむにゃ
お読み頂きまして誠にありがとうございましたm(_ _)m
評価や感想を頂けましたら、とても嬉しいです。
シロクマシロウ子




