扉は数えられている
村には、扉が一つだけあった。
それは家にも倉にもつながっていなかった。
立てかけられているだけで、向こう側は見えない。
押しても引いても動かない。
ただ、閉じている。
村の人は、その扉の前を通るとき、少しだけ歩く速さを落とした。
理由はない。
落とさない人もいたし、毎回立ち止まる人もいた。
扉には鍵がない。
取っ手もなかった。
開け方が存在しないことだけは、誰にでも分かった。
ある日、不安そうな顔の人が集まった。
雨が続き、作物が育たず、眠れない夜が増えていた。
誰かが扉を指して言う。
「あれが閉じているから、大丈夫なんだ」
別の誰かは言った。
「何が閉じ込められているんだ」
誰も答えなかった。
それから村では、困ったことがあると扉の前に行くようになった。
泣く人もいたし、何も言わずに座る人もいる。
扉は何もしなかった。
音も、揺れも、変化もない。
それでも、人は帰るとき、少しだけ息が深くなった。
ある夜、扉の前で眠ってしまった女がいた。
朝になっても、扉は閉じたままだ。
女は起きて、首をかしげ、それから家に帰った。
その日から、女は扉の話をしなくなった。
数日後、子どもが扉の裏に回り込もうとした。
だが、裏側はなかった。
どこまで歩いても、正面しかない。
子どもは怖くなって、走って戻った。
大人たちはそれを聞いて、安心したような顔をした。
しばらくして、扉の前に来る人は減った。
雨は止み、眠れる夜が戻った。
不安は消えたわけではなかったが、数が減った。
扉は相変わらず、そこにある。
ある日、誰かが言う。
「もし開いたらどうする」
別の誰かが言った。
「開かないからいい」
その会話は、それきり続かなかった。
今も村には扉がある。
閉じている。
何も守っていないかもしれない。
何も閉じ込めていないかもしれない。
それでも、通り過ぎるとき、胸の奥が少しだけ静かになる人がいる。
なぜかは、誰も確かめていない。




