虚ろを満たすもの~剣乱舞闘~【前編】
声劇台本:虚ろを満たすもの~剣乱舞闘~【前編】
作者:霧夜シオン
所要時間:約35分
必要演者数:5~6人
●登場人物
魅奈瀬唯・♀:木城短大付属高校2年。幼い頃から祖父の厳しい指導の元
、剣道にまい進してきた。高校でも当然剣道部に所属し、
1年生でレギュラーの座を獲得。17歳。
魔剣【躯牙】・♂:魅奈瀬家に代々伝わる日本刀の形をした魔剣。
人に寄生してエネルギーを分けてもらう事で活動でき
る。長く生きているはずなのだが、非常に独特な話し
方をし、それは不快感を抱かせる。
何百年ものの業物。
如月悠樹・♂:木城短大付属高校と同じ敷地内にある木城短大の1年。
魅奈瀬の先輩にあたる。
エボニー・レジデントという組織に属している。
見た目10代後半~20代。
虎翼・♂:短く刈り込んだ金の短髪にレザージャケットという、ぱっと見
ヤンキーな外見の青年。悠樹を腐れ縁&この手で殺すと決めて
いるようだが…。見た目20代。
繭音・イフェリィ・♀:木城短大付属高校に勤める女性教師。
英語を担当。背丈が非常に低く、グラマーやナイ
スバディという言葉とは無縁である。
実家は相当な資産家でいわゆるお嬢様だが、
フランクな物腰で生徒達からは一定の人気を得て
いる。見た目ギリ10代。
クラウレン・♂:繭音の家に仕えている執事。
マイペースな繭音に日々振り回されつつもサポートを
怠らない。繭音も文句を言いながらも彼には全幅の信頼
を置いている。常に完璧な立ち居振る舞いをするが、
うっかり抜けている所も。外見は2~30代。
魅奈瀬宗次・♂:唯の祖父。剣道の現最高位、八段範士を持つ。
はじめは厳しさと優しさを持って唯に接していたが、
ある日を境に、”最強の剣士”を育成するかのように
苛烈な修練の日々を強いる。6~70代。
マスター・♂:どこかの何とかっていうバーのマスターだそうですよ。
年齢不詳。
部員1・♀:女子剣道部員その1。
部員2・♀:女子剣道部員その2。
●配役例
【6人】
唯・部員1:
躯牙:
悠樹:
虎翼・クラウレン:
繭音・部員2:
宗次・マスター:
【5人】
唯・部員1:
躯牙・悠樹:
虎翼・クラウレン:
繭音・部員2:
宗次・マスター:
―――――――――――――――――――――――――――――――――
唯(N):…足りなかった。
悠樹(N):…足りん。
虎翼(N):足りねェ。
骸牙(N):足りやがりませんねえ、ひへははは。
唯(N):でも…わたしだけが、まだ分からない。
繭音(N):「虚ろを満たすもの~剣乱舞闘~【前編】」
唯(N):…何が、足りないのかを。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
繭音:はあぁ…すごい湿気…やっぱり引き受けるんじゃなかったかも…。
繭音(N):六月下旬。
梅雨の不快な湿度に悩まされる中、県中央部の総合体育館で
全国高校剣道大会の決勝戦が始まろうとしていた。
私、繭音=イフェリィは、扇子からのぬるい風に顔をしかめ
る。
そこへ、床から壁に伸びた影から、ひそやかな声が耳をうっ
た。
クラウレン:行儀が悪いですよ。
不慮の事故で入院中の顧問に代わって、引率を引き受けられ
たのでしょう?
でしたら教師として、最後まで責任を果たさなければなりま
せん。そうでなければ―――
繭音:【↑の言葉をさえぎって】
あーあー、そういうのはいいって言ってるでしょう、クラウレン?
もう小娘じゃないんだから。
それよりほら、試合が始まるわよー。
クラウレン:【溜息】
相変わらず、話をそらすのが上手ですね…。
唯:すぅぅ……はぁぁ……。
繭音:あの子、魅奈瀬さん…主将達も歯が立たずに選抜チームの大将に
収まったのよね。
クラウレン:魅奈瀬、唯…たしかお嬢様のクラスでしたね。
繭音:あら、ちゃっかりチェックしてたの?
もしかして、一目見てファンになっちゃったとか?
クラウレン:…以前、会話の端に出たのを覚えていただけですが。
繭音:んもう、ノリ悪いなあ。
…でも、そこら辺の学生とは明らかに雰囲気が違うのよね。
クラウレン:ええ、まるで抜き身の日本刀でも見ているかのようです。
唯:【つぶやく】
相手の息づかい、筋肉の動きまでが手に取るようにわかる…。
そして、次の一手まで…!!
繭音:!仕掛けた!
唯:めェェェェェンンンン!!!
【打撃音SEあれば】
繭音:…決まったわね…それにしても。
クラウレン:一切迷いのない踏み込み、凄まじい気迫…、
人間にしては中々……。
繭音:珍しいわね、貴方がそんなことを言うなんて。
でも…確かに分からなくはないわ。
仕掛けた直後、周りから雑音が一瞬にして消えたもの。
クラウレン:世の中には段違いという言葉がございますが……、
これではまるで、二階から一階を見下ろしているようなもの
です。
繭音:…引き上げて来たわ。
やはりどこか不満そうな表情ね。
クラウレン:あれほどの技量差です。物足りないのかもしれませんね。
では、わたくしはこのまま影に控えております、お嬢様。
繭音:ええ。
【二拍】
皆、おかえり!
優勝おめでとう!
部員1:ありがとうございます!
部員2:悲願の連覇達成です!
唯:…………。
繭音:魅奈瀬さんもお疲れ様!
最後、凄かったわ。
唯:…いえ。
繭音:顧問の宮木先生もきっと喜んでくれるわ。
表彰式の後、病院へお見舞いがてら報告しに行きましょう。
部員1:うっす!
あーーーつっかれたー!
部員2:先生も運悪いよなぁ、大会前日に事故だなんて。
繭音:さ、表彰式よ。並んで!
部員1&2:はいっ!!
【二拍】
繭音:…クラウレン、撤収準備お願い。
クラウレン:かしこまりました。
繭音(N):私の影が二つに分離したかと思うと、片方は目にもとまらぬ
速さで地面を滑り、屋外へ消えた。
やっと不快な湿気から解放されると椅子から立ち上がり、
思いきり伸びをする。
その時、だしぬけに声が掛けられた。
悠樹:イフェリィ先生、お疲れ様です。
繭音:!…あら如月君、貴方も大会を見に来ていたの?
悠樹:ええ。
同じ剣道部の試合が生で見たくなりまして…
ま、気まぐれです。
繭音:そうなの。
…で、いつまでそんな他人行儀でいるつもり?
悠樹:いやいや、さすがに人の目と耳があるでしょう。
繭音:みんな表彰式に意識を向けてるわよ。
貴方の事だから、そんな事でわざわざここに来たんじゃないんでし
ょう?
悠樹:【溜息】
やれやれ…相変わらずだな、繭音。
本題に入る前に、この間はうちの諱美那が派手にやらかして済まな
かったな。
目撃者の記憶処理、校舎の突貫修繕、手間をかけさせた。
繭音:いいわよ。その交換条件として、お願いした案件の解決に協力して
もらってるんだから♪
そういえば都沢さん、魔術適性があったって聞いた時は驚いたわ。
大迫さんが結構押されてたんですってね?
悠樹:ああ、正直俺も驚いた。
魔導書に完全侵食されなかっただけでも、十分な適性と才能だ。
最初に魔導書が選んだのも分かる気がする。
あと、諱美那が苦戦したのは鍛錬不足だ。かばう必要などない。
繭音:【苦笑】
相変わらず彼女には手厳しいのねえ。
仮にも人間だったころの親族の末裔なんでしょう?
それに更科さん…彼女にも才能があったなんて…。
クラスで見ている限り、その気配もなかったけど。
悠樹:…どちらもお前の受け持ちだな。
更科については、もう少し調べる必要がある。
「白の魔導書」のサポートがあったとはいえ、魔方陣魔術をあっさ
りと使いこなしてみせたからな。
…さて、いい加減に本題に入るか。
繭音:そうね、お願い。
悠樹:例の魔剣の話だが…、どうやらこの地にある事は間違いない。
数年前に武士家系の家に渡ったらしく、数件まで絞った。
繭音:さすがの情報収集能力ね。
うちのクラウレンとどっちが上かしら?
悠樹:茶化すな。
ちなみにその数件の中に魅奈瀬の家がある。
繭音:!そう。
ねえ、彼女すごくない?
高校生にしては研ぎ澄まされた雰囲気を持っているわ。
悠樹:それはそうだろうな。
幼いころから剣道八段範士の祖父に厳しく指導を受けて育ち、
非公式だが15の年には、ついに打ち負かしたそうだ。
繭音:八段!?一握りしかいない剣道の最高位じゃない。
とんでもない才能ね…。
悠樹:その時の傷がもとで祖父は死んだそうだ。
両親は生まれてすぐ他界、親戚もないから今は天涯孤独だ。
繭音:だから雰囲気がどこかいびつなのね。納得したわ。
で、話を戻すけど、決め手に欠ける理由は?
悠樹:その魔剣を扱っていた古物商だが…取引直後に殺されている。
犯人は魔剣と取引に関する書類一式を奪い、そのまま雲隠れした。
足が付かないようにする為だろうが、かなり狡猾と言える。
繭音:確かに…場当たり的な感じではないわね。
悠樹:魔剣の銘からして、ろくでもない予感がしてるしな。
繭音:文句ならお父様に言ってよね。
私だって乗り気じゃないんだから。
悠樹:引き受けておきながら、何を未練がましい事を言っている。
いずれ父親から組織を引き継ぐのだろう?
案件の処理能力を問われていると思え。
繭音:わかってるわ。
だから設立メンバーの貴方に、交換条件とはいえ協力を依頼したん
じゃない。
魔剣の銘は…「躯牙」…だったわね。
悠樹:話が通じそうになくて、今から憂鬱だ。
繭音:あら、外見や名前だけで判断するのは早計じゃないかしら?
悠樹:……繭音、良い言葉を教えてやろう。
名は体を表す。
繭音:【溜息】
それが当てはまるのなら、一波乱は避けられないわね…。
悠樹:そうならないことを、願っているがな。
…また連絡する。
繭音:ええ、よろしく。
【二拍】
…もう、お父様も厄介事を押し付けてくれるんだから…。
クラウレン:お嬢様、お話は?
繭音:いま終わったわ。
あ、そうそうクラウレン、ここ最近街に不審者が出没しているとい
う事だったけど、そっちはどう?
クラウレン:は、それについては新たな情報が入りました。
お嬢様にはこの大会終了後に報告をと思い、差し控えており
ましたが…。
繭音:そう。
まだ少し時間があるから、入った情報を総合するわよ。
不審者の特徴は?
クラウレン:黒い木刀のようなものを、手品のごとく瞬時に出すとか。
フードにマスク姿の為、顔は分からないようですね。
繭音:手品、ねえ…。
性別もわからない感じなの?
クラウレン:はい。
そして昨日入った情報ですが…二日ほど前の夜に、
街の不良が犠牲になっています。
繭音:犠牲って…まさか殺したの?
クラウレン:いえ…生きてはいます。
しかしその後の証言に気になる点が。
繭音:?聞かせて頂戴。
クラウレン:は。
叩きのめされて地面にのびた後、木刀のようなものの切っ先
で胸を押さえつけられると同時に、刺されるような痛みを
感じ、それと共に身体から急速に力が抜けていくの感じたと。
繭音:!!間違いなく生気吸収ね。
クラウレン:ご明察の通りです。
それゆえ警察は、この案件をカテゴリCに分類しました。
昨日、我々の方に正式に依頼が来た次第です。
繭音:なるほど…厄介事が増えたわね…。
クラウレン、今の話しの流れだと、魔剣の方との関連性も考えた方
がいいんじゃないかしら。
クラウレン:…確かに特徴を見ると、まったく無関係とは言い切れません
ね。
繭音:後で如月君に情報の共有、調査の方も引き続き進めて頂戴。
クラウレン:かしこまりました、お嬢様。
繭音:あ、それと!
お嬢様はやめてって何度も言ったと思うけど。
クラウレン:そうは参りません。
お嬢様は、私が身命を賭してお仕えするイフェリィ家の
ご息女。
その御方をお嬢様とお呼びして何の不都合がありましょうか
。そもそも―――
繭音:【↑の語尾に被せて】
ああもうはいはい、貴方のそれは長いんだから勘弁してよね。
それに表彰式、ちょうど終わったわよ。
さ、あの子たちを連れて顧問の所に戦勝報告ねー。
クラウレン:【溜息】
…まったく、仕方ありませんね…。
繭音(N):二つの調査報告。
漠然とした不安と引っ掛かる何か、それらが絡み合っていた
。
こんな時の予感は結構当たる。
繭音:……ッ…!
繭音(N):不快な湿気が急にうすら寒くなるほどの悪寒を感じて、
ぞくりと背中が震えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
唯:はぁ…弱すぎる…、全然相手にならなかった…。
躯牙:おんやぁ?
麗しの我が主人サマは、なにやらご不興の様子でございやがります
ねえ?
唯:【声を抑えて】
…表で話しかけないで、って言ったよね。
躯牙:おぉ、おぉ、これはご無礼致しやがりました。
しかし、主人サマは先程の戦いに満足しておられぬようで。
ひょっとして、亡きおじい様を思い出していた…とか?
唯:ッ……!
躯牙:図星…でございやがりますか。
ま、無理もありませんなァ。
あれほどの剣士、そうざらにお目にかかれませんて。
唯(N):湿気以上に不快さを煽る声が脳内に響く。
胸の内を見透かし言い当てられた事に、私は苛立ちを隠し
きれず、強く拳を握り締めていた。
それが何の効果もないとわかっていても。
同時に、過去の情景が脳裏にありありと蘇る。
【回想:魅奈瀬5歳】
宗次:よいか、唯。
お前を必ず最高の剣士に育て上げてやるからなァ。
唯:うん、ゆい、おじいちゃんみたいにつよくなる!
宗次:はっはっは!その意気だぞォ。
まずは素振りからじゃ。
基本中の基本じゃでのう。
唯:えいっ!えぇいッ!
宗次:そうじゃ!踏み込みをためらうな!
唯(N):五歳の頃から祖父に剣の道を教え込まれ、その言葉に何の
疑問も持たずに過ごしてきた。
時に厳しく、時に優しく、両親を知らなかった私に、
祖父は愛情を持って色んなことを教えてくれた。
【回想:魅奈瀬8歳】
宗次:唯、今日まで三年、よう基礎をものにした。
よいか、剣士たる者、打たれることを恐れては勝てん。
そして打たれる前に相手を倒さねばならん。
これよりは、相手の隙を常に見抜く鍛練もするのじゃ。
唯:うん、おじいちゃん!
宗次:うむ、良い構えじゃ。
相手の呼吸、癖、視線、筋肉の動き…それら全てが手に取るように
分かった時、お前に負けは無い。
唯:あ、今おじいちゃんの右肩がぴくっ、てなった!
宗次:!ほぉ、これは一本取られたな、はっはっは!
うむ、少しずつ「視る」訓練も重ねていくのじゃ。
唯(N):けれど、ある時から祖父は変わってしまった。
12歳からの3年間は、本当に苛烈だった。
それまでは厳しい中にも優しさがあったのに、中学に入っ
てからは友達と遊ぶ事すら禁じられ、学校と部活以外は
ひたすら祖父と手合わせの日々が続いた。
【回想:魅奈瀬12歳】
【竹刀で打ち据えるSEあれば】
唯:ッあうぅッ!!
宗次:ええい立てィ! 唯ッ!
唯:う、ううう……。
い、いま一本…!
宗次:さっさと構えんか!
真剣ならお前はさっきのでとうに死体じゃぞ!!
唯:う…ぐ…やああッ!
宗次:何じゃその打込みは!!
ぬるいわァ!!
【竹刀で打ち据えるSEあれば】
唯:あぐうッ!!
う…う…。
宗次:この程度でそのザマか!なっておらん!!
先祖伝来のあれをお前に渡すなど、これでは夢のまた夢じゃ!!
唯(N):剣道八段範士。
老いたとはいえ、頂点を極めた祖父が本気で打ち込んで
くるのだ。
おかげで生傷が絶えず、一時は虐待を疑われた事もある。
その苛烈さはまるで、最強の剣士というロボットを作り出
そうとしているかのように思えた。
しかし、目標としている祖父を越えたいという思いが強く
、血を吐くような日々の手合いの果てに、
私は開眼した。
そして15の誕生日の夜。
【回想:魅奈瀬15歳】
宗次:唯ッ!お前は今年で何歳になった!
唯:……15です。
宗次:昔ならば男子はとうに元服という儀式を済ませ、成人として扱われ
た!
しかるに女とはいえ、お前はどうじゃ!
15にもなって、まだわしを倒す事もできんのか!
唯:……。
【つぶやく】
あの手に持ってるのは…刀…真剣!?
宗次:孫娘だからと、無意識のうちに手加減しておったのかもしれんな。
ならば…!
唯:!!構えた…!
おじいちゃん…本気で…!
宗次:ひ、ひひ……構えィ、唯ィ!!
これ以上わしを失望させるなら、この先祖伝来の刀で斬ってくれる
わァ!!
唯:……呼吸、視線、筋肉の動き、癖…一挙手一投足…すべてを、
視る……!
宗次:きえええぇぇぇええィ!!!
唯:!視えた!!
突きィィィィィ!!!!!
【めり込むSEあれば】
宗次:うぐおふッ!!
う、ぐ、ぐ……ッ…!
唯:!おじいちゃん!
ご、ごめんなさい!わたし、加減が…!
宗次:ぐ…ば、ばかもの…真剣で向かってくる相手に…ま、ましてやこの
、わし相手に…手加減なぞ、考えるでないッ…!
だ、だが…ようやったぞ…ゆい…。
よく臆せず、突きを放った…。
うっ、ぐぶおぉッ!!
唯:!!おじいちゃんしっかり!
は、早くお医者さんに…!
宗次:いいのじゃ…どのみちもう、長くはない…ごふっ、ごふっ!!
じゃが…お前は、わしを…越えてみせた…!
うれしいぞ…!
唯:おじいちゃん…。
宗次:か、かなう事なら…もっと、お前の…成長…を…。
唯:!!おじい、ちゃん……あ、ああ……
うあああああぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!
【二拍】
おじいちゃん…おじいちゃんまでいなくなって…私、ひとりぼっち
だよ…うっうぅぅ……。
躯牙:…んんー、麗しき師弟愛…親子愛?
この場合は何と言いやがるのでしょうねェ?
唯:!?え、だ、誰!?
躯牙:ここですよォ、ここ。
唯:う、嘘…刀がしゃべって…!?
躯牙:しかしまあ、よくここまで見事に育ってくれやがりましたよォ。
唯:あなた…いったい、何者なの…?
躯牙:小生は躯牙、と言いやがりましてねェ。
見ての通り意思を持ってしゃべる剣、魔剣てやつですナ。
これでも魅奈瀬家に代々伝わる、由緒正しーィ剣なんですよォ?
唯:魔剣…!?
躯牙:驚きやがりましたか?ま、無理もないですナ。
さてお嬢さん、悲しんでいやがるとこアレなんですが、
先に契約、交わしてもらえませんかねェ?
唯:契約…?
躯牙:そうそう、小生は代々の魅奈瀬家当主と契約し、ほんのちょこーっ
と栄養を分けてもらって、こんにちまで生きながらえていやがるわ
けで。
おじい様からは自分の生死にかかわらず、小生から事情を説明して
契約を済ませやがるようにと、ま、遺言てやつですかねェ。
唯:…躯牙、って言ったわよね…。
おじいちゃんが死んだことについて、なにも思わないわけ…?
躯牙:!
おぉ、おぉ、おじい様の事については確かに哀しいですとも!
長年にわたって小生に生きる力を分け与えて下さいやがったお方で
ございますからなァ!
唯:……。
躯牙:ぁ~…それで、お嬢さん?
小生、あんまり単独の状態では活動できやがらないので、
できれば早いとこ、契約してくれやがりませんかねェ?
唯(N):どうにも不快だった。
おじいちゃんの死を意に介していないかのような物言い、
長く生きてきたわりには低俗に感じる言葉づかいが、
妙に心にさざ波を立てる。
でも、遺言と言われては私に拒否権がないように感じた。
唯:そう……わかったわ。
それで、どうすればいいの?
躯牙:ひへへ、簡単でさァ。
小生を握りやがるだけでいいですぜェ。
唯:ん…。
躯牙:いきやがりますよォ…!
唯:!!?け、剣の柄から触手!?!?
躯牙:気持ち悪いでしょうが、ちィと我慢しやがってくださいよォ!!
唯:!!!あっぐゥゥッアアアアァァアアアア!!
躯牙:お、おおぉぉおおこいつはァ、居心地イイィィィ!!!
ひへッ、ひへはははははは!!
唯(N):柄から数本伸びた触手が、私の右手に次々と突き刺さる。
激痛と同時に、異物が体内へ流れ込んでくる感覚。
意識を手放してはいけない。そう思った私は、必死に歯を
食いしばった。
躯牙:!……終わりでさァ。
唯:っはぁ、はぁ、はぁ…。
躯牙:これにて契約は無事終了!
以後よろしくお願いしやがりますよォ…新たな魅奈瀬家当主サマ。
唯:…っき、気持ち悪い…。それよりなにこれ…、どうするのよ…。
このままじゃ生活が…学校だって行けない…。
躯牙:ああ、それならこうしやがるんですナ。
唯:!て、手の中に、吸い込まれた…!?
躯牙:肉鞘…主人サマの中に刀身を収納しやがるんでさァ。
ちと、表現は悪いんですがねェ。
唯:に、肉鞘って…なによ、それ…。
躯牙:まあ、小生はおいぼれてたご先代よりも、新しい肉鞘の方が大変
居心地が良くて、じ・つ・に快適なんですがねえ、ひへはは!
唯:なにそれ…おじいちゃんをバカにしないで!
躯牙:マァマァ、そのおじい様をほったらかしにしやがっていてもいいん
ですかねェ?
唯:!あっ、そ、そうだ、お医者様…!
躯牙:ひへはは…、世話になったご先代サマ!
小生は心ォ~の底から心配しやがってるのに、孫娘たる主人サマ
がその有様ではいけないですなァ。
唯:どこがよ!
…お医者様の番号…!
躯牙:【つぶやく】
…まさか、あれ以上入り込めないとは…予想外ですねェ…。
唯:?何か言った?
躯牙:いえいえ何も…ひへはは。
【回想終了】
唯:……おじいちゃん…。
躯牙:んん?主人サマ?
遠い目をされて何か、お悩み事でございやがりますかァ?
唯:…黙っててくれる?
躯牙:これはこれは!ご無礼致しやがりました。
して、今宵もまた、”鍛錬”なさいやがりますか?
唯:やめておく。大会優勝の打ち上げもあるし。
躯牙:しかし…このままでは主人サマの鼓動も、息遣いも、
昂ったまま収まりが付きやがらないか、と…?
唯:ッ………。
【二拍】
二時間だけ、するわ。
躯牙:!ひへっ、ひへはははは!
そう、そうこなくてはァ…!
さすがは我が主人サマ!
大会の疲れをまっったく感じさせやがりませんなァ!
唯:ッ……もういい加減、黙って。
躯牙:ひへははは……おおせのままに。
【つぶやく】
さて、焦らずじっくりと行きやがりますかねェ…。
唯(N):唯一の家族である祖父に死なれた事は、もちろん悲しかった。
けれど同時に祖父に勝ったことで、私の中にはぽっかりと大き
い、虚ろな穴が空いた。
それを埋めるために、私は共生関係になった魔剣・躯牙から
提案された、特殊な瞑想を行っていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
悠樹:ハズレか…これで三件目…。
ち…忌々しい…!
悠樹(N):繭音に経過報告をしてしばらく経った。
調査は継続していたが、状況は芳しくない。
苛立ちが徐々に溜まってくるのを感じ、気晴らしに馴染みの
バーに足を運んだ。
マスター:いらっしゃいませ。
悠樹:久しぶりだな、マスター。
虎翼:よぉ、久しぶりじゃねェか。
悠樹:!なんだ…虎翼か。
虎翼:あ?なんだとはなんだオイ。
気のねェ返事しやがってよォ。
悠樹:フン、こっちにもいろいろ事情があるんだ。
虎翼:事情だァ?
てめェの種族特有の几帳面さが裏目に出てンな。
物事はだいたい大雑把でイイんだよ。
マスター、ワイルドターキー8年。
マスター:了解。
…アンタは?
悠樹:…白州12年。
マスター:…わかった。
虎翼:やれやれ、ジャパニーズウイスキーかァ?
相変わらず気取ってンな。
悠樹:好みにケチを付けられる覚えはない。
虎翼:あーそうかい。
マスター:どうぞ。
虎翼:サンキュー、マスター。
悠樹:ああ、すまない。
…お前、ヨーロッパに行ってたんじゃなかったのか?
虎翼:その案件なら片付けた。
んで、俺は愛しの故郷・日本にご帰還。
ついでに腐れ縁で、俺の手で必ずブッた斬ると決めてるてめェの
ツラぁ拝みに、わざわざこんな辺鄙なド田舎まで出向いてやったん
だ。
悠樹:…事情を知っているくせにそう言う事を言うのか。
虎翼:ケッ、分かってても皮肉りたくなるコトってのはあンだよ。
…で、何をそんなにしかめっ面してんだ?
悠樹:お前と同種族の、厄介そうな奴を捜している。
が、よほどうまく隠れているようでなかなか見つけだせん。
すでに肉鞘を得ている可能性もある。
虎翼:!へェ…詳しく聞かせてもらおうじゃねェか。
久しぶりの俺の同胞とあっちゃあ、聞き捨てならねェな。
悠樹:ッ…!【舌打ち】
悠樹(N):つい口が滑った。
こいつに聞かせるべき話でないと言う事を失念していた自分
に、また苛立ちが湧きあがり、積もっていく。
やむなくある程度内容を絞って話した。
虎翼:躯牙、ねェ…いかにもってな銘だ。
魔剣はある程度その性質を銘に左右されるからな。
実にタチの悪そうな印象だぜ。
悠樹:ああ、おかげで捜している今より、見つけた後の展開を考えると
頭が痛い。
虎翼:【鼻を鳴らす】
…決めた。
悠樹:何…?
虎翼:この一件、俺も一枚噛ませてもらうぜ。
悠樹:!おい、なに勝手に決めてる…!
虎翼:俺は俺で独自に動く。
情報の共有はしてやるが、指図はすんなよ。
あと、繭音の奴に話を通しといてくれや。
悠樹:待て、虎翼――
虎翼:マスター、お代ここに置くぜ。
じゃあな。
マスター:ありがとうございました。
悠樹:…ちっ、種族特有を言うなら、貴様も好戦的に過ぎるだろうが…。
【溜息】
頭痛の種がもう一つ増えた。
マスター、フロム・ザ・バレル。
マスター:…自棄酒か?
悠樹:バカを言ってもらっては困る。
酒と酒を造った者に礼を失する真似など、するわけないだろう。
時に語らい、時に戯れ合い、時に身をゆだねる。
しかして、溺れることなかれ。
…あんたの受け売りだがな。
マスター:ふ…それは失礼した。
要らぬ心配だったな。
悠樹:【溜息】
まったく…ここ最近、厄介事ばかりで気が滅入る。
マスター:どうぞ。
…悩みがあるなら、酒に訊くといい。
悠樹:ああ、そうさせてもらおう。
酒そのものは何も語らんが、味と香り、氷は音となって心の琴線を
打つ。
よく耳を傾けてみることにしよう。
マスター:…うむ。
ゆっくりしていけ。
悠樹(N):口は禍の元とはよく言ったものだ。
だが身から出た錆でもある。
カランと囁くウイスキーを引き寄せて、そっと口付けた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
唯:…ダメ、全然良くなってない…。
何が足りないの…?
唯(N):大会からしばらく経った。
日々、自分の中の虚ろが大きくなってきている気がする。
躯牙に勧められた、裏山での鍛錬もあまり効果がないように
思えて、内心苛立っていた。
そんな中、放課後の学校。
躯牙:ひへはは…主人サマは今日も今日とて、部活動とやらで剣術の
おままごとにお付き合いしやがらねばならぬとは……。
いやはや!おいたわしい限りにございやがりますなァ!
唯:…本気で思ってないでしょ…あと人のいるところで話しかけないで。
何度も言わせないで欲しいんだけど。
躯牙:これはこれは!
小生ともあろう者が主人サマの言いつけを忘れやがるとは。
まったくもって、けしからん次第でありやがりますなァ!
唯:最初から覚える気がないくせに…!
躯牙:主人サマ、今日はまた一段とご機嫌が麗しくありやがりませんなあ
…。
一体、どうされたので?
唯:…あんたに勧められて始めた鍛錬も効果があまり見えないから、
他に何か方法がないか考えて…ッ!?
悠樹:!!
おお?誰かと思ったら、魅奈瀬じゃないか。
元気でやってるか?
唯:っ如月先輩…!
ご無沙汰してます。
悠樹:しかしすごい反射神経だな。
完全にぶつかると思ったら、華麗に飛び退いたもんなぁ。
唯:いえ、そんな…。
悠樹:これから部活か?
唯:あ、はい…。
悠樹:に、しては憂鬱そうだな。
まるで行きたくなさそうな顔をしてるぞ。
唯:いえ、そんなことは…。
悠樹:そうか?
何か悩みでもあるんなら聞くぞ?
唯:…。
でしたら……先輩、もと剣道部でしたよね。
悠樹:?そうだが?
唯:……今から自宅の道場で一手、ご指南ください。
悠樹:!おいおい、それは勘弁してくれよ。
お前相手じゃ、最初から勝負にならんだろ。
唯:…昔、先輩の試合を見たことがあるんです。
悠樹:俺の…?
唯:結果はベスト8落ちと振るわないものでした。
でも…先輩、あの時わざと負けましたよね?
悠樹:!…戦いは常に真剣勝負だろう。
わざと負けるなんてこと、すると思うか?
唯:誤魔化さないでください。
…私、「視る」ことにかけては、誰にも負けない自信があるんです。
悠樹:視る、だと…?
唯:はい。相手の呼吸、視線、筋肉の動き、癖…一挙手一投足…、
それらを視る事で、次に来る動きが読めるんです。
悠樹:そりゃすごいな…で、それと俺の試合が何か関係があるのか?
唯:…あの時、先輩はそのまま踏み込んで竹刀を振りおろせば、
余裕で面が取れました。
だけどあえて胴に切り替えて結果、面を逆に打たれて負けた。
…面から胴にスイッチした、わずかな隙を突かれて。
悠樹:!!
唯:先輩に勝った相手は結局、そのまま優勝しました。
先輩が手加減してなければ、優勝してたのは先輩だったのに。
だから…、本気で戦ってほしいんです。
悠樹:そりゃお前の買いかぶりだ。俺はそこまでの――
唯:【↑の語尾に被せて】
お願いしますッ!
悠樹:いや、いい…。
【溜息】
わかったよ…このあと用事があるから、一本勝負だぞ。
道具一式取ってくるから、先に行って待ってろ。
唯:!ありがとうございます!
躯牙:ッこいつァ…、どうも只者じゃあない…。
さて、言ったものか、言わぬものか…。
悠樹(N):途端に目を輝かせ、さっきまでの憂鬱そうな表情が瞬時に
消える。
そんな魅奈瀬の様子を、俺は複雑な心境で眺めていた。
そう、まだ手を付けていなかった魅奈瀬家の調査。
その機会が、偶然にも巡ってきたのだから。
【中編へ続く】




