聖夜の灯
十二月の空気は、どこか浮ついている。
冬の冷え込みは厳しいのに、街は妙に明るかった。
白い息。
赤と緑の飾り。
遠くから聞こえる鐘の音。
共和国の年末――
この国ではそれを「聖夜」と呼ぶ。
学園も例外じゃない。
廊下に吊るされたリース。
食堂の特別メニューの張り紙。
誰かがこっそり持ち込んだ小さなツリー。
そして、何より。
生徒たちの顔が、少しだけ柔らかい。
———
教室は、朝からざわついていた。
「見た?今年の食堂、聖夜ケーキ出るって」
「まじか、去年秒で消えたやつじゃん」
「予約制にしろよな」
笑い声。
いつもより無駄話が多い。
冬の静けさとは逆に、教室の熱だけが上がっていく。
そんな中――
「はいはい、落ち着いてくださいね」
担任のアイリスが、柔らかな声で教壇に立った。
白いチョークの粉が指についたまま、軽く手を払う。
「今日は午前中に座学を終わらせて、午後は自由演習にします」
「え、神」
「アイリス先生、聖人」
騒つく男子たち。
アイリスは苦笑しながらも、黒板にさらりと文字を書いた。
――進路決定・面接準備
「いいですか」
ほんの少しだけ声のトーンが変わる。
「年明けから進路の最終決定が始まります」
「このクラスは、ほぼ全員がMEK志望でしょう」
ざわついていた空気が、ほんの一瞬だけ引き締まる。
「でも“MEKに入る”だけじゃなくて」
「希望本部、希望部門まで、今のうちに考えておいてくださいね」
殲滅。
調査。
特務。
処理。
技術。
支援。
名前を聞くだけで、未来が現実味を帯びる。
「面接も近いです」
「自分が何をしたいのか、何が得意なのか」
「曖昧なまま突っ込むと落ちますよ」
その言葉に、何人かが神妙な顔をした。
ガイは腕を組んで、妙に真剣に頷いている。
ルカは「うわ…」と肩を落とした。
レインは静かに机に向かったまま、表情を変えない。
(……面接、か)
形だけの面接なら、いくらでも通る。
だが――問題は、その先だ。
配属。
「どこに行くか」で、未来が変わる。
今のレインにとって、それは大きすぎる選択だった。
———
「では授業に戻りますね」
「今日の範囲は――」
アイリスがチョークを持ち直した、その時だった。
「先生」
手を挙げたのは、ルカ。
嫌な予感がする顔。
アイリスはゆっくりと目を向ける。
「ルカ君、何ですか」
「先生、聖夜って――」
「先生も誰かと過ごすんですか?」
一瞬、教室が静まった。
次の瞬間――
「うわああああ!!」
「言った!!」
「ルカ死んだ!!」
爆発するような笑い声。
ミレイアが「ちょっとルカ!」と肩を叩き、
ガイが「やめとけって!」と妙に慌て、
レオンが額を押さえた。
セリナは一切笑わない。
ただ、視線が冷たい。刺さる。
そして――
アイリスの耳まで、真っ赤になった。
「……ルカ君」
「はい?」
その笑顔に、クラスの何人かが察する。
「あなたの進路希望」
「確か、殲滅本部だったわよね?」
「え、あ、はい!」
元気よく返事をするルカ。
だが、空気が少し冷える。
「殲滅部門って」
「人気が高いの、知ってる?」
「……はい?」
「志望者が多い分」
「内申点、かなり重視されるのよ?」
にこやかな声。
内容は、鋭利。
「すみません!!」
即座に土下座レベルで謝るルカ。
教室はさらに爆笑に包まれた。
アイリスは咳払いをして、恥ずかしさをごまかすように言う。
「……こほん」
「じゃあ、午前の授業は終わりです!」
「午後の自由演習、遊びではありませんよ!」
そう言い残して、そそくさと教室を出ていった。
扉が閉まった瞬間。
「絶対好きな人いるって」
「いやドミニク先生だろ」
「うわああ、それ言うな!!」
男子たちの囁きが飛び交う。
レインは、苦笑いを浮かべて窓の外を見た。
冬の光。
冷たい空。
この教室の笑い声が、まぶしく感じる。
———
放課後。
気がつけば、いつもの面子が揃っていた。
「なあ、せっかくだし街行かね?」
「今日、商店街で聖夜イベントやってるらしいぞ」
言い出したのは、ルカだった。
「え、ほんと?」
ミレイアがぱっと顔を上げる。
「行きたい行きたい!」
「前から気になってたんだよね」
ガイも腕を組んで頷く。
「まあ、たまにはいいだろ」
「どうせ寮戻ってもやることねえし」
セリナは一瞬迷ったあと、小さく頷いた。
「……騒がしいのは、苦手だけど」
「少しなら」
レオンが苦笑する。
「全員一致、だな」
レインは、その様子を見て静かに笑った。
「じゃあ、行こう」
⸻
夕暮れの街は、別世界だった。
屋台が並び、
小さな灯りが連なり、
甘い香りと、温かい湯気が漂っている。
「うわ……すご」
ミレイアが目を輝かせる。
「ホットワイン!」
「焼き菓子!」
「見て見て、あれ可愛い!」
完全にテンションが上がっている。
「お前、はしゃぎすぎ」
ガイが呆れたように言う。
「いいじゃん!聖夜だよ?」
「ガイも楽しまなきゃ損!」
そう言って、強引に屋台へ引っ張っていく。
レオンは少し離れたところで、周囲を見渡していた。
(……平和だな)
自然と、そんな感想が浮かぶ。
⸻
「ミレイア、それ好きなの?」
ルカが、彼女の手元を指さす。
小さなガラス細工の星。
「うん」
「なんか、綺麗で」
「……そっか」
一瞬、言葉に詰まったあと。
「じゃあ、それ」
「買ってやるよ」
「えっ?」
ミレイアが驚いて振り返る。
「い、いいよ!自分で――」
「いいから」
ルカは少し照れたように、視線を逸らしながら言った。
「その……」
「今日、楽しいしさ」
ミレイアは、数秒固まってから。
「……ありがとう」
小さく、でもはっきり笑った。
その笑顔を見た瞬間。
(あ)
ルカは、はっきり自覚した。
(俺、こいつのこと……)
胸の奥が、妙にあたたかい。
⸻
「……あれ?」
少し離れたところで、レインがその様子を見ていた。
ミレイアとルカ。
並んで歩く距離が、さっきより近い。
レオンも気づいたらしく、ぽつりと言う。
「……あいつら」
「うん」
レインは微笑む。
「いい感じだね」
セリナは、少しだけ視線を逸らした。
「……馬鹿みたい」
そう言いながらも、声は柔らかい。
⸻
屋台を回り、
温かい飲み物を手にして、
他愛のない話をする。
試験のこと。
面接のこと。
くだらない噂話。
誰も、未来の不安を口にしない。
今、この時間があるだけで十分だった。
⸻
夜が深まり、
灯りが一層強くなる。
「そろそろ戻るか」
レオンが言う。
「明日もあるしな」
「だね」
ミレイアが頷く。
ルカは、少し名残惜しそうに夜空を見上げた。
「……また、来ようぜ」
「みんなで」
「うん」
ミレイアが笑う。
⸻
寮へ戻る道すがら。
レインは、少しだけ歩みを遅らせた。
楽しそうな声。
隣を歩く仲間たち。
(……幸せ、だな)
本当に、そう思った。
この時間が、
ずっと続けばいいと。
⸻
翌日。
セリナはアカデミーに来なかった。




