黎明祭ー前編ー
黎明祭。
年に一度、学園と街が一体となる二日間の祝祭。
校門から続く通りには屋台が並び、街の中央広場には特設ステージが組まれている。
制服姿の生徒たち。
私服の来場者。
笑い声と、音楽と、甘い匂い。
すべてが、浮き立っていた。
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(……平和だな)
レインは、校舎を見上げながら思う。
地下で過ごしていた頃には、想像すらできなかった光景。
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「レインちゃん、ぼーっとしてないで!」
「もうすぐ開店だよ!」
ミレイアの声が、現実へ引き戻す。
「うん、今行く!」
レインは小さく返事をして、教室へと向かった。
———
教室の扉を開けた瞬間、甘い香りと人の熱気が一気に押し寄せてきた。
「いらっしゃいませー!」
「ちょ、ガイ!砂糖入れすぎ!」
「うるせえ!甘い方が正義だろ!」
すでに、戦場だ。
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クラスの出し物は、喫茶店。
シンプルだが、装飾と衣装に全力を注いだ分、完成度は高い。
木目調のパネル。
手作りのメニュー表。
お揃いのエプロン。
準備期間一ヶ月の成果が、はっきり出ていた。
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「ルカ、そこ詰まってる!」
「はいはい、了解!」
ミレイアが全体を見ながら指示を出す。
ガイは力仕事担当で、重たい什器を軽々と運んでいる。
「お前、こういうのだけは頼りになるよな」
「だけって言うな!」
軽口が飛び交う。
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「順調ね」
セリナが、帳簿を片手に報告する。
相変わらず表情は控えめだが、わずかに昂りを感じる。
「この日のために、みんな頑張ったからな」
レオンは短く頷いた。
クラス代表として、全体を見渡す視線は落ち着いている。
忙しそうではあるが、どこか楽しそうでもあった。
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「レイン、注文お願い」
「はーい」
レインは自然な動きでカウンターに立つ。
「ご注文をどうぞ」
そう言うだけで、相手が一瞬言葉に詰まるのは、もう慣れた。
(……かわいい)
「オススメはこちらなんですが、おひとついかがですか?」
最大限の営業スマイル。
「そ、それもお願いします!」
売上は順調そうだ。
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「……すごいな」
ふと、レオンが言った。
「あの子、営業も向いてそうね…」
苦笑いするセリナだった。
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教室の外では、他クラスの呼び込みの声が響いている。
楽しげな笑い声。
カメラを構える来場者。
黎明祭一日目。
まだ、何も起きていない。
――それが、何より尊い。
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レインは、カップを差し出しながら思う。
(……この時間が)
(少しでも、長く続けばいい)
そう願う自分がいることを、もう否定しなかった。
———
昼過ぎ。
喫茶店スペースは、ちょうど一段落ついていた。
満席だった客がはけ、テーブルを拭く音と食器の軽い触れ合いが、心地よく響く。
「ふぅ……」
レインが一息ついた、その時。
「お疲れさま」
聞き慣れた、落ち着いた声。
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「アイリス先生」
ミレイアが気づいて声を上げる。
そこには、担任のアイリスが立っていた。
今日は教員用の腕章をつけ、見回り中らしい。
その隣には――
「盛況だね」
爽やかな笑顔のドミニク。
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「おおー」
すぐに反応したのは、ルカだった。
「なんだなんだ」
「先生方そろってデートですか?」
一瞬で、空気が凍る。
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「ル、ルカくん!」
アイリスが、分かりやすく赤くなる。
「そ、そういう意味じゃ……」
「私は担任として、クラスの様子を……!」
「はいはい」
ルカはニヤニヤしながら頷く。
「“たまたま”実技担当の先生と一緒に来ただけっすよね?」
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「……ルカ」
ドミニクが、苦笑しながらたしなめる。
「からかいすぎだ」
「いやいや」
「学祭名物ですよ、こういうの」
ルカは楽しそうだ。
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レインは、その様子を少し離れた位置で見ていた。
アイリスは、いつもより少し硬い。
ドミニクは、相変わらず自然体。
(……ドミニク先生、確かここに赴任してから2年だっけ)
(案外、お似合いの2人かも)
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「それにしても」
アイリスは話題を切り替えるように、周囲を見回した。
「本当に、いい雰囲気ね」
「準備、大変だったでしょう?」
「はい!」
ミレイアが元気よく答える。
「みんな、すごく頑張ったんですよ!」
「うん、伝わってるわ」
アイリスは、柔らかく微笑む。
⸻
その視線が、ふとレインに向く。
「レインさんも」
「もうすっかり、クラスの一員ね」
「……はい」
レインは、少しだけ照れたように頷いた。
その様子を見て、ルカがすぐさま口を挟む。
「そりゃそうですよ」
「この喫茶店の売上」
「半分くらいレインのおかげですから」
「え?」
アイリスが首を傾げる。
「そうなの?」
「ええ」
ドミニクが、軽く笑う。
「さっきから、視線が集まってる」
「接客も丁寧だしね」
レインは、困ったように微笑む。
「そんな事ないですよ」
「その笑顔がずるいんだよ…」
ルカが即ツッコミ。
⸻
「……まあ」
アイリスは、咳払いをしてから言った。
「学祭は楽しむものだけど」
「無理はしないでね」
「特に、あなたたちは三年生」
「進路の話も、これから本格的になるから」
その言葉に、一瞬だけ空気が引き締まる。
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「はい、先生」
レオンが、真面目に答えた。
「責任者として、最後までやり切ります」
アイリスは満足そうに頷く。
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「じゃあ、私たちは次に行くわね」
そう言って、踵を返す。
だが――
「ドミニク先生」
ルカが、最後に一言。
「後夜祭、誰と回るんです?」
———
アイリスが、完全に固まった。
ドミニクは一瞬だけ目を瞬かせ、そして、いつもの笑顔で答える。
「それは、当日のお楽しみかな」
「うわー、大人だ」
ルカが大げさに感心する。
二人の教員が去っていく背中。
アイリスの足取りは、どこか早かった。
———
午後。
喫茶店展示は、シフト交代の時間に入っていた。
「はぁ……」
ミレイアが、紙コップを持ったまま大きく伸びをする。
「忙しいけど、楽しいね」
「学祭って感じする」
「うん」
レインも、屋台で買った飲み物を一口飲んで頷いた。
甘い。
少しだけ、気が抜ける。
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「二人とも、お疲れ」
声をかけてきたのは、レオンだった。
肩からタオルを下げている。
実行委員として、あちこち走り回っている証拠だ。
「代表って大変だね」
ミレイアが言うと、レオンは苦笑した。
「まあな」
「でも、こうして回るのも悪くない」
少しだけ、楽しそうだった。
⸻
三人は、中央通りを歩く。
屋台の呼び声。
笑い声。
音楽。
校内とは思えないほどの賑わい。
「……あ」
ミレイアが、ふと足を止めた。
「ね、あれ」
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人だかり。
その中心に、見覚えのある横顔があった。
「……兄貴だ」
レオンの声が、わずかに低くなる。
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壇上に立つ男を、
レインは少しだけ長く見つめていた。
長身に整った顔立ち。
ウェーブがかった長い金髪。
だが、立っているだけで分かる。
――強者だ。
アレクシア・カールライル
MEKランキング6位
この学園のOB。
殲滅本部の主戦力。
特級外界種から一つの街を守った英雄。
そしてレオンの兄。
記録でしか知らないはずなのに、その気配は壇上からはっきり伝わってくる。
(……私はまだ勝てない)
即座に、そう判断した。
真気の量だけじゃない。
積み重ねてきた実戦の重さ。
レインは、自分の内側を静かに測る。
自分は、影で殺す者。
彼は、前線で守る者。
向いている場所が、根本から違う。
だからこそ――
(……英雄、か)
ほんの一瞬、胸の奥がちくりとした。
羨望でも、嫉妬でもない。
ただ、自分が選ばなかった道への、微かな距離感。
⸻
その少し後ろで、学科長が誇らしげに来賓対応をしている。
アレクシアを招いたことが、よほど嬉しいらしい。
(……なるほど)
レインは、納得する。
この学園が、どれだけ“外”と繋がっているか。
英雄を呼べる場所だということ。
⸻
「本日は、黎明祭に招いていただき光栄です」
穏やかな声。
だが、芯がある。
「若い世代が、こうして学び、集い、未来を語れる」
「それ自体が、国の希望だと思っています」
拍手が起こる。
⸻
「すごい人気だね」
ミレイアが、素直に言う。
「まあな」
レオンは、視線を逸らした。
「……昔から、こうだ」
声は平静だが、どこか距離がある。
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レインは、何も言わなかった。
ただ、レオンの横顔を見ていた。
誇り。
劣等感。
期待。
全部が、混ざっている。
⸻
「兄貴は、学祭の後夜祭までは残るらしい」
レオンが、ぽつりと言う。
「表彰役も頼まれてるって」
「へぇ」
ミレイアが目を輝かせる。
「それ、絶対盛り上がるね!」
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レインは、紙コップを捨てる。
「そろそろ戻ろうか」
「次のシフト、近いし」
「だね」
ミレイアが頷く。
「行こう」
レオンも、最後にもう一度だけ壇上を見てから歩き出した。
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空は、少しずつ夕方に近づいている。
黎明祭一日目はまだ穏やかに進んでいた。
⸻
夕方。
黎明祭一日目は、穏やかに終わろうとしていた。
提灯に火が入り、中央広場には人の流れと笑い声が満ちていく。
学園は、完全に祭りの顔をしている。
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「……明日は本番だな」
レオンが、軽い調子で言った。
ミスコン。
後夜祭。
実行委員としての大仕事。
「うん」
レインは頷く。
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「ミスコン、よろしくな」
それだけ。
特別な意味はない。
疑いも、含みもない。
純粋な信頼だった。
「任せて」
レインは、いつもの柔らかい笑顔で答える。
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レオンはそれで満足したのか、屋台の方へ視線を向ける。
「俺は委員の最終確認してくる」
「セリナ、後で合流な」
「ええ」
セリナが短く返す。
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少し離れた場所では、ミレイアとルカが食べ物を巡って言い合いをしていた。
いつも通りの光景。
平和な学園。
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レインは、一瞬だけ夜空を見上げる。
提灯の光に遮られて、星はまだ見えない。
(……忙しくなる)
でも、それは口にしない。
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レオンは、レインが“ミスコンに出るクラスメイト”だと思っている。
それでいい。
裏で何が動いているかを知る必要はない。
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レインは、静かに歩き出す。
表では、学祭を楽しむ学生として。
裏では――
まだ誰にも知られていない役割を抱えたまま。
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黎明祭二日目。
いくつもの出来事が、重なろうとしていた。
VXの受け渡し。
そしてミスコン。
それを整理するのは――
いつも通り、レインの役目だ。




