表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/43

中間テスト

中間テストまで、あと三日。


その事実が校内に知れ渡った瞬間から、エルディオ公立総合アカデミーの空気は、目に見えて変わった。


廊下で走る生徒が減り、昼休みの喧騒は控えめになり、図書室の席は常に満員。


――戦場は、机の上に移った。



「……無理」


ミレイアが、机に突っ伏した。


「無理って言うの早くない?」


レインが、プリントを揃えながら苦笑する。


放課後の教室。

使われていない一角に、四人分の机が集められていた。


レイン。

ミレイア。

ルカ。

ガイ。


自然に集まった、いつもの顔ぶれだ。



「だってさぁ……」


ミレイアが、顔だけ上げる。


「MEK史と一般教養、同時進行はきついよ」

「外界種の分類覚えたら、次は共和国憲章って……」


「それは、確かに切り替えが忙しいな」


レインは、落ち着いた声で答える。


「でも、範囲はそこまで広くないよ」

「この辺は、暗記というより流れを掴めば――」


「レインちゃんは簡単に言うよね」


ミレイアが、じとっと睨む。


「どうせできる側でしょ」


「……そんなことないよ」


レインは、少しだけ困ったように笑った。

その仕草に、ルカがじっと目を細める。


(……可愛いな、やっぱ)


声には出さない。

出せば、確実にミレイアに睨まれる。



「つーかさ」


ルカが、椅子にだらっと座りながら言う。


「ガイ、お前どうなんだよ」

「勉強とか、絶対ダメそうじゃん」


「……あ?」


ガイが、即座に顔を上げる。


「なんだよその言い方」


「いや、見た目が」


「うるせえ」


睨み合う二人。


だが――


次の瞬間。


「……まあ、嫌いじゃねえよ」


ガイは、そっぽを向いて言った。


「座学」


一瞬、空気が止まる。


「え?」


ミレイアが、きょとんとする。


「え、そうなの?」


「……悪いかよ」


ガイは、鼻を鳴らした。


「実技ばっか見られるけどさ」

「俺、理屈わかんねえまま動くの嫌いなんだ」


それは、少し意外で。

だからこそ――


ルカが、にやっと笑った。


「なにそれ」

「意外と真面目じゃん」


「うるせえ」



レインは、そのやり取りを静かに見ていた。


(……ちゃんと、前に進んでる)


数日前の、街での出来事。

あの夜を越えてから。


ガイの雰囲気は、少しだけ変わった。


尖りは残っている。

だが、以前より笑顔が増えた。



「じゃあさ」


ミレイアが、ぱっと顔を上げる。


「今日は、一般教養からやろ」

「共和国史、レインちゃん詳しそうだし」


「うん、いいよ」


レインは、即座に頷く。

教科書を開き、要点を指でなぞる。


「この辺は、年号より因果関係」

「なぜこの制度ができたか、を押さえれば――」


自然で、穏やかな説明。

誰かを置いていかない話し方。



「……なあ」


ルカが、ぽつりと言った。


「なんで、こんな慣れてんの?」


純粋な疑問。

レインは、一瞬だけ考えてから答えた。


「……勉強は好きだったから」


それ以上は言わない。


深掘りしない。

だが、嘘でもない。


「そっか」


ルカは、それ以上聞かなかった。


ミレイアも、ガイも。

それぞれ、ノートに視線を戻す。



夕方の光が、教室に差し込む。


笑い声。

小さな愚痴。

鉛筆の音。


どこにでもある、

普通の放課後。



レインは、ふと手を止めた。


(……こういう時間)


胸の奥が、ほんの少しだけ、温かくなる。


これは――


守りたかったものだ。


(ユリス、カイル……)


もう、失ったと思っていたものだ。



「よし!」


ミレイアが、伸びをする。


「今日はここまで!」

「続きは明日!」


「賛成!」


ルカが、勢いよく立ち上がる。


「腹減った!飯いこうぜ!」


「勉強会なのに、結局それかよ」


ガイが、呆れつつも立ち上がる。



レインは、ノートを閉じながら思う。


――この日常は、借り物だ。


いつか壊れる。

自分の手で、MEKを壊す日が来る。


それでも。


(……今は)


今だけは。


この輪の中に、ちゃんと立っていたいと思った。


———


中間テストは、あっけなく終わった。


紙が配られ、ペンが走り、時間が過ぎる。


それだけだ。



(……普通だな)


レインは、最後の問題に目を通しながら思う。


難しくもない。

簡単すぎるわけでもない。


真気理論。

外界種生態学。


それに加えて、

歴史、数学、語学といった一般教養。


(……むしろ、こっちの方が懐かしい)


地下で生きていた頃には、必要なかった知識。


だが忘れていたわけでもない。


レインは、静かに答案を伏せた。



数日後。


結果発表の日。


教室の後ろに張り出された成績表の前には、自然と人だかりができていた。


「やば……」

「今回、数学むずくなかった?」

「真気理論、引っかけ多すぎだろ……」


 ざわざわとした声。



「おっ、あった!」


ルカが、真っ先に自分の名前を見つける。


「……よし」

「ギリギリ耐えた!」


「ギリギリって……」


ミレイアが苦笑する。


「でも、ちゃんと勉強してたもんね」


「だろ?」

「やればできる子なんだよ、俺は」



「ガイは?」


ミレイアが聞く。


「ん?」


ガイは、少し後ろから成績表を見上げていた。


「……悪くねえ」


「え、ほんと?」


ルカが覗き込む。


「うわ、普通に上位じゃん」

「お前、勉強できたのかよ」


「……悪いか」


ガイは、ぶっきらぼうに答える。


「普段やらねえだけだ」


ミレイアが、くすっと笑った。


「じゃあ、やればできるタイプなんだね」


「……うるせえ」


だがその口元は、ほんの少し緩んでいた。



「レインちゃんは?」


ミレイアが、成績表を目で追う。


 一段。

 二段。


そして――


「……え?」


声が、少し上ずる。



「……ちょっと、上じゃない?」


その言葉に、周囲の視線が集まる。


「どれどれ……」


ルカが、背伸びをする。


「――うわ」


「マジで?」


「レオンのすぐ下じゃん」



そこには、


二位:レイン・カーネス


と、はっきり書かれていた。



「え、レインちゃん、すご……」


ミレイアが、素直に目を丸くする。


「座学、得意だったんだね」


「……たまたま」


レインは、少し困ったように答える。


「ちゃんと勉強しただけだよ」


「それを“ちゃんと”できるのがすごいんだって!」


ミレイアは、楽しそうだ。



「くっそ……」


ルカが、頭をかく。


「俺ら、あんなに一緒に勉強したのに」

「なんで俺だけ下なんだよ」


「ルカ君は、集中力が続かないだけ」


ミレイアが、即答する。


「否定できねえ……」



一方。


少し離れた場所。


腕を組んで、成績表を見ている二人がいた。


レオンとセリナだ。



「……ふむ」


レオンは、自分の名前、そして一位を確認してから、視線を下へ移す。

そしてレインの名前で止まった。


「編入生で、これは立派だな」


素直な感想。

嫌味はない。


「努力家か」



その隣で。


セリナは、無言だった。


だが視線は一点に固定されている。


ーーレイン・カーネス



(……普通科出身)


(……編入)


(……それで、二位)


胸の奥で、小さな棘がちくりと刺さる。



(……気に入らない)


理由ははっきりしている。

自分は、最初からMEKを目指してきた。


家の期待。

積み重ねた時間。

努力。


それなのに――


(……あの子)


(さらっと、ここにいる)



「セリナ?」


レオンが、声をかける。


「どうかした?」


「……別に」


即答。


だが視線は逸らされない。


「ただ」


一拍。


「ちょっと、意外だっただけ」



その頃。


レインは、ミレイアたちと一緒に成績表から離れていた。


楽しそうな声。

他愛のない会話。


その輪の中心に、自然といる自分。



(……不思議だな)


少し前まで、考えもしなかった光景。


競い合う順位。

冗談。

笑顔。


(……悪くない)


そう思ってしまったことに、ほんの一瞬だけ、胸がざわついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ