成果
コンクリートの床に、血が落ちた。
ガイの頬は腫れ、
口の端から赤い線が伸びている。
呼吸は荒いが、まだ立っていた。
ルカは威勢よく飛び出したはいいものの、状況の不味さに気がつく。
敵は五人。
全員が黒いジャケットを着ている。
背中には、歪んだ狼の紋章。
学生街の裏で名を知られるギャングチーム
《ブラックファング》。
(……三流レベルの真気高いが1人いるな)
⸻
ギャングが、じりじりと距離を詰める。
ルカは、拳を握った。
真気が、巡る。
派手じゃない。
だが、安定している。
「ガキ二人か」
「ブラックファングの恐ろしさを教えてやる」
「やるぞ」
短い合図。
⸻
最初に動いたのは、ガイだった。
近い距離。
踏み込み。
肘。
教科書通りじゃない。
だが、実戦向きの動き。
「っ、こいつ……!」
一人が倒れる。
その隙に、ルカが前へ出る。
大きな体。
だが動きは軽い。
拳が、一直線に入る。
「ぐっ――!」
二人目が、沈む。
⸻
「……やるじゃねえか」
ギャングのリーダー格が、口角を上げる。
「学生にしちゃ、上出来だ」
⸻
三人が、同時に動いた。
数の差。
ルカが一人を殴り飛ばす。
ガイが、もう一人を止める。
だが――
背中。
鈍い衝撃。
鉄パイプ。
「っ――!」
ルカが、膝をつく。
ガイも、肩を掴まれ、壁に叩きつけられる。
「……はっ」
息が、漏れる。
「多勢に無勢ってやつだな」
ギャングが、笑う。
⸻
殴られる。
蹴られる。
防ぐが、限界が近い。
ガイの視界が、揺れる。
(……くそ)
(……やっぱり、無理か)
その時。
――もう1人ギャングが新たにくる。
(ここまでか……)
そんなガイの思いとは裏腹に、事態は予期せぬ方角へ進む。
⸻
「……おい」
ギャングの一人が、声を落とす。
「……なんだと?」
誰かが、周囲を見回す。
空気が、重い。
理由は分からない。
だが、肌がざわつく。
「……撤収だ」
リーダーが、即断した。
明らかに青ざめていた。
「は?」
「まだ――」
「いいから帰るぞ!」
怒鳴る。
⸻
「チッ……」
不満を残しながらも、ギャングたちは後退する。
路地の奥へ。
闇の中へ。
まるで、“何か不測の事態”が起こったかのように。
⸻
静寂。
残されたのは、地面に座り込む二人。
「……なんだよ、今の」
ルカが、息を吐く。
「分かんねえ」
ガイも、同じだ。
「……でも」
ルカは、ガイを見る。
「断ったんだろ?」
ガイは、答えない。
ただ、拳を強く握った。
ガイはルカを見て笑う。
「かっこつけて出てきた割には、ボコボコにされてんじゃねえか」
「うるせーな」
少し間を空けて、ルカは続ける。
「カラオケ、いくか」
「馬鹿、口の中切れてて歌えるかつーの」
⸻
夜風と共に、笑い声が路地を抜ける。
遠くで、サイレンの音。
そして――
誰にも気づかれない場所で。
別の戦いが、すでに終わっていた。
⸻
ルカとガイの共闘より遡る事、数時間。
朝、学園の外れ。
資材置き場の影。
人目につかない場所で、ノアは煙草をくわえながら壁に寄りかかっていた。
そこに――
「呼んだ?」
制服姿のレインが現れる。
⸻
「いやぁ、悪い悪い」
ノアは軽く手を上げる。
「今は“学生さん”で忙しいよな」
「要件だけ言って」
レインは淡々と返す。
⸻
「りょーかい」
「まあ仕事だ、レイン」
ノアは煙草を指で弾き、声を落とした。
「港狼会のツテでな」
「いま共和国側のギャングと接触してる」
「名前は――
《港龍会》」
レインの眉が、ほんのわずかに動く。
「最近、連中が困ってる」
「“VX”の件でな」
⸻
「ブラックファングってここ数年で勢力拡大してるチームが、勝手に捌いてるらしい」
ノアは言った。
「流通ルートも価格も無茶苦茶」
「しかも質が悪い」
「使った奴が暴れるわ、街で問題起こすわで」
「結果、締め付けが来る」
「――迷惑この上ねえってさ」
⸻
レインは、無言。
だが、話を止めない。
「港龍会は?」
「自分たちで潰さないの?」
「無理」
ノアは即答した。
「ブラックファング、思ったよりデカい」
「武装も統率も、ただのチンピラじゃねえ。真気が使えるやつも何人かいるらしい。」
「下手に突っ込んで、全面戦争は避けたい」
「そこで――」
一拍。
「“外注”だ」
⸻
「条件は?」
レインが聞く。
「ブラックファング本部の殲滅」
「その代わり――」
「報酬ははずむぜ。」
「VXの出所について、上手くいけば吐かせる事も出来るし、かなり美味しい話だ」
⸻
レインは、少しだけ目を伏せる。
VX。
真気を歪める薬。
⸻
「いつ?」
短く問う。
「急で悪いが今夜だ。」
「連中のヘッドや幹部がアジトに集まる予定らしい。」
⸻
レインは、顔を上げた。
「分かった」
迷いはない。
「引き受ける」
⸻
「おー、即決」
ノアは苦笑する。
「アジトの場所は後でメモで送っとく」
「それにしても相変わらずだな。」
「学生生活は楽しいんじゃなかったのか」
⸻
「それと、これは別」
レインは静かに言う。
⸻
ノアは、肩をすくめた。
「了解」
「じゃあ今夜、よろしくな。」
「俺は後始末もあるし、先に現地で待機しておく。」
⸻
レインは、その場を離れる。
振り返らない。
制服の背中が、夕暮れに溶ける。
⸻
この時点で。
すでに、ブラックファングの運命は決まっていた。
———
そして夜。
学祭街地区から少し外れた、古い倉庫街。
看板の文字は剥げ落ち、潮と油の匂いが混じった空気が漂っている。
――ブラックファングのアジト。
表向きは輸送業の倉庫。
裏では、違法薬物と武器の集積所。
⸻
扉の前に、レインは立っていた。
フードを深く被り、
手には両刃の槍。
外界種の骨格を加工し、魔気伝導を極限まで高めた武器。
(……三十人前後)
建物の中にいる気配。
真気の反応が、いくつか混じっている。
三流と三流未満がほとんど。
二流が3人。
(……問題ない)
⸻
鍵のかかった扉に、
そっと手を触れる。
次の瞬間。
――ドン。
低い衝撃音。
扉は内側に吹き飛び、金属音を立てて床を滑った。
⸻
「なっ――」
「カチコミだ!」
叫び声。
だが、それが最後だった。
⸻
レインは踏み込む。
循環歩。
授業で教わった、最も基礎的な歩法。
だが彼女が巡らせるのは、ただの真気ではなく、超絶頂域の魔気。
動きは静か。
無駄がない。
銃声。
刃の閃き。
だが――
どれ一つとして、レインを捉えられない。
「突っ込んでくるぞ!!」
悲鳴。
恐怖。
空気が、完全に支配される。
⸻
レインは、両刃槍を構えた。
――いや。
“構え”という概念すら、ここでは曖昧だ。
地下で生き延びた日々。
魔気に身を委ねた殺戮。
感覚だけで振るってきた刃。
それらを――
「型」という枠に落とし込んだ、レインが作り出した、レインだけの型。
(……これが、私の戦い方)
⸻
「――魔刃槍・一の型」
一拍。
静かな宣言。
「《輪廻旋殺》」
⸻
次の瞬間。
レインの身体が、回転する。
両刃の槍が、彼女自身と完全に同調する。
刃は円を描き、
魔気は渦となり、進行方向すべてを“切断領域”に変える。
前に立つ者。
横にいる者。
逃げようと背を向けた者。
区別はない。
レインが進む。
ただそれだけで――
血が舞う。
肉が裂ける。
悲鳴は、途中で途切れる。
⸻
レインの歩いた道。
そこには、血の海だけが残っていた。
⸻
「誰か――!!」
「誰かあいつを止めろ!!」
ギャングのヘッドらしき男が叫ぶ。
その声に応じて、真気を纏った者たちが前に出る。
「囲め!!」
「数で押せ――」
だが、言葉は最後まで続かなかった。
⸻
数分後。
倉庫の中は、静まり返っていた。
血の匂い。
倒れ伏す身体。
生きている者は、一人だけ。
ギャングのヘッドらしき人物。
⸻
レインは、その男の前に立つ。
床に座り込み、震えている。
「……VXの出所は?」
淡々とした声。
「だ、誰の差金だ……俺たちはただの――」
言い終わる前に、男の肩を刃で削ぐ。
「さっさと答えて」
男は悲痛な叫び声を上げる。
「し、知らねえ!!」
「マジで知らねえんだ!!」
⸻
レインは、舌打ちもしない。
ただ、男の懐を探る。
小さなケース。
中に入っていたのは――
透明なカプセル。
淡く、嫌な光を帯びている。
⸻
(……VX)
指先が、わずかに反応した。
これは――
(外界種の、澱み)
純粋な魔気ではない。
だが、確実に“近い”。
⸻
「もう一度聞く。これを、どこから?」
男は、首を振る。
「知らねえ……」
「マジで、知らねえんだ……」
「受け渡し場所は毎回変わる!一方的にしか連絡は来ねえ…」
嘘ではない。
レインは、そう判断した。
「殺さないでくれ……」
「この街もすぐに去る。頼む……」
⸻
「……そう」
「最後に一つ、ダリアについて何か知ってる?」
「ダリア…?あの事故があった街の事か?」
「何も……」
それだけ聞いて、レインは男の首を刎ねた。
⸻
倉庫を出る。
出迎えるノアに武器と血に塗れた上着を渡して、帰路につく。
特に会話はない。
「お疲れさん。」
それだけ。
背後で、炎が上がる。
証拠は、残さない。
成果は――
金と、
確認だけ。
⸻
一方。
夜の街。
街灯の下を、二人の影がゆっくりと歩いている。
ルカと、ガイ。
⸻
「……悪かったな」
ガイが、低く言う。
「俺、ずっと逃げてた」
「今さらだろ」
ルカは、ぶっきらぼうに返す。
だが――
肩を貸すのは、やめない。
「でもよ、どうやって俺の場所がわかったんだ?」
ルカは少しバツが悪そうに答える。
「じ、実は今日、お前と話がしたくてずっと街探してたんだ。」
「そしたら連れてかれるお前を見たって奴がいてさ」
「……」
「ありがとな」
ガイは小声で呟いた。
⸻
二人ともボロボロだ。
服も。
身体も。
それでも――
歩いている。
レインの知らないところで、
確かに――
失われかけていたものが戻っていた。




