表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/43

初めての仕事ー後編ー

港の夜は、昼間よりもうるさい。


波の音に混じって、

鎖の擦れる音、

荷車の軋む音、

酒に酔った声が遠くで弾ける。


港湾都市ドラス。

眠らない街。


その外れ。


明かりを最小限に落とした倉庫の前で、レインは立っていた。


隣にいるのはノア。

いつもより口数が少ない。


「……ここだ」


ノアが低く言う。


倉庫の扉は半分だけ開いている。

中は暗い。


だが――

レインには分かる。


中にある“それ”が。



倉庫の中央。


床に置かれているのは、細長い木箱が三つ。

だが、ただの木箱じゃない。


表面には、真気を流すための細い溝。

角には鉛の補強。

内側には、さらに封がある。

手間がかかっている。


「中身は?」


レインが聞く。

ノアは首を振った。


「聞くなって言われてる」


「見るな」

「触るな」

「落とすな」


レインは、納得した。


――典型的だ。


扱う側には価値だけ伝えて、正体は伏せる。

責任を分散させるため。



レインは、箱から一歩離れた位置で立ち止まる。

近づかなくても、分かる。


(……これ)


胸の奥が、ほんのわずかに反応する。

真気ではない。

だが、地下で感じた“あれ”に近い。


(外界種由来)


(しかも、かなり濃い)


死体ではない。

だが、生き物の残骸でもない。


――資材。


加工され、保存され、運ばれる前提の“何か”。

レインは、興味を失ったように視線を逸らす。


「運ぶだけ?」


「運ぶだけ」


ノアはそう答えたが、声にわずかな緊張が滲んでいた。


「港に入る前に、別の連中が嗅ぎつけてくる可能性があります。」


「だから――」


「護衛」


レインが、言葉を継ぐ。


「……そう」


ノアは頷く。


「今回の“試験”は、それ」


「騒ぎを起こさず」

「荷を守って」

「予定通り引き渡す」


レインは、肩にかけた布包み――

“杖”に、軽く手を添える。



倉庫の外。

夜風が、潮の匂いを運んでくる。

レインは、歩きながら考える。


(この荷)


(どこに行く)


(誰が使う)


だが、答えは急がない。

今、必要なのは、金と身分と共和国へのルート。

それ以上は、余計だ。



その時。

風向きが、変わった。


港のざわめきの向こう。

わずかに、“整いすぎた気配”が混じる。


真気を使っている人間。

しかも一人じゃない。


レインは、足を止めた。


「……ノア」


「な、なに?」


「少し下がって」


ノアは、即座に従う。

レインは、静かに前へ出る。

“杖”を、地面に軽く突いた。


その瞬間。


夜の港に、新しい気配が、はっきりと現れた。


――荷は、狙われている。


そして、試験は始まった。


———


最初に姿を現したのは、五人だった。


一人は、正面。

残り四人は、配置につく。

動きに、明確な差がある。


正面に立つリーダーらしき男は、迷いがない。

呼吸が整い、重心が低い。

真気の巡りも量も、悪くない。


(……一流)


レインは、即座に判断した。


そして、残りの四人。


足運びが軽すぎる。

視線が落ち着かない。

連携は取ろうとしているが、間が甘い。

なにより、リーダー格の男に比べて真気の水準が低い。


(……三流、もしくはそれ以下か)


数で押す前提。

上の指示に従うだけの駒。

たしかに港町のゴロツキ程度にはこれで十分だろう。



「動くな」


正面の男が言った。


声は低く、無駄がない。

威圧はあるが、感情は乗せていない。


レインは、ゆっくりと振り返る。


“杖”を持ったまま。

構えない。


「それを置いていけ」


顎で示されるのは、木箱。


「理由は?」


淡々と、問い返す。

リーダーの男は、わずかに眉を動かした。


「……知る必要はない。」


レインは、そう返す。


その間に、剣士の2人がじりじりと距離を詰める。


包囲網は完成した。


様子を見ている。


(……リーダーの判断待ち)


レインは、内心で評価を下げる。



ノアは、胃の奥が冷えるのを感じていた。


(五人……)


(いや、違う)


(前の一人が、別格だ)


港で生きていれば分かる。

立ち方だけで、格は見える。


だが――


(……それでも)


(相手が悪すぎる)



男は、静かに言った。


「それが港に入ると、面倒なことになる」


「誰にとって?」


レインの問いには答えず、男は続ける。


「忠告だ」


「今日は引け」


「これは、割に合わない」


「それは、あなたが決めることじゃない」


そう言って、レインは一歩、”杖”に巻かれた布を解きながら前へ出る。

レインの手にある異質な両刃の槍が露になり、空気を歪ませた。


後方に構える銃を待つ2人が、反射的に身構える。


「荷には、触らせない」


レインは、静かに告げる。


「今ならまだ、命は奪わない」



数秒の沈黙。

リーダーの男は、他のメンバーを一瞥する。


そして。

先に動いたのは、二人。


距離を取った位置から銃口がこちらを向く。


真気の流れが弱い。

三流未満。


だが、躊躇はない。


引き金が引かれる。



――その瞬間。


レインの中で、何かが切り替わった。


真気ではない。


もっと冷たく、重いもの。

魔気が、解放される。


空気が、沈む。


銃声が鳴るより早く、レインの姿が消えた。



一人目。


距離は十数歩。


踏み込み一回。


視界に映ったのは、引き金にかかった指。


首。


刃を置く。


跳ねる。


銃声は、空に抜けた。



二人目。


悲鳴を上げる暇すらない。


後退しかけた足元に、すでに影がある。

反射的に銃を向けた瞬間、視界が回転した。


首が、落ちる。


血が、遅れて噴き出す。



――遠距離、排除。


残るは近接の三人のみ。



中央。


リーダーの男が、一歩前に出る。


槍。


間合いを殺すための武器。


穂先が低く構えられ、

三流の剣士2人が左右に展開する。


連携。


訓練された動き。


普通の相手なら、ここで詰む。



槍が来る。


直線的な刺突。


速い。


重い。


だが――


「……遅い」


レインは、半歩だけ踏み込んだ。


穂先の“外”。


両刃の片側で、槍身を弾く。


同時に、反対側の刃を一流の喉へ。


抵抗は、ない。


防御が間に合わない。


槍が、落ちる。


統率が、死んだ。



空気が変わる。

三流の剣士たちが一瞬、迷う。


その一瞬で、勝負は終わった。



一人目。


横薙ぎ。


レインは受けない。


踏み込み、刃を“引く”。


脇腹から、斜めに裂ける。



二人目。


背後からの斬撃。


振り返らない。


身体を沈め、後方へ刃を走らせる。


膝の関節に刃を当てる。


そして崩れゆく胸に、反対側の刃を突き立てる。


終わり。



静寂。


5人分の死体が、港の影に転がっている。


戦闘時間は、十秒にも満たない。



レインは刃についた血を軽く振り払い、布で包んだ。

そして魔気を引く。


空気が元に戻る。



真気使いは守る存在だと教えられた。

だが、レインは思う。


(守るために戦うより、殺す方がずっと簡単だ)


積荷は無事だ。

仕事は、終わった。


————


倉庫の影。


少し離れた場所で、二人の男が港を見ていた。

倒れているのは、5つの影。

さっきまで、そこに立っていた人間の残り。


「……想像以上だ」


年配の男が、ぽつりと言う。


「……」


若い男も、それ以上の言葉を探さない。

どちらも表情は崩れていない。


だが――

視線が港から離れない。


「速い」


「無駄がない」


「……あんなの、初めて見た」


若い男が素直な感想を漏らす。


「……合格だな」


年配の男が少しだけ眉を動かす。


「“使える”って言い方は、やめとこう」

「短期といっていた。いくつか仕事を振って出ていってもらおう。」


「同感だ。あの女は危険だ…」



一方、路地の奥。


ノアは、壁に手をついたまま動けずにいた。


(……全部)


(全部、死んだ……)


頭では分かっている。

目でも見た。


それでも実感が追いつかない。


あまりにもあっさりだった。


(……俺)


(生きてて、いいんだよな)


喉が鳴る。

心臓の音がやけに大きい。



足音。


振り向くと、レインが歩いてきていた。

血の匂いも、息の乱れもない。


「……終わったよ」


淡々とした声。


ノアは反射的に背筋を伸ばした。


「……はい」


それしか言えない。


レインはノアを一度だけ見て、


「……じゃ、戻ろ」


それだけ言って先に歩き出した。



港に、朝の気配が戻り始める。

何事もなかったかのように。


ただ一人。


ノアだけが、はっきりと理解していた。


――拾ったんじゃない。


最初から、巻き込まれていたのだと。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ