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第2章:王都の学び舎

 数日後、ナタリーは父と村の数少ない友人たちに見送られ、王都へと向かう乗り合い馬車に揺られていた。森を離れる寂しさと、未知なる世界への期待と不安が胸の中で入り混じる。

 父が持たせてくれた簡素な荷物の中には、母の形見である小さな風切り羽の髪飾りがそっと忍ばせてあった。それを握りしめると、不思議と心が落ち着くのだった。


 首都アルテンブルクは、ナタリーが想像していた以上に壮大で、活気に満ち溢れていた。高くそびえる白亜の城壁、天を突くような尖塔、石畳の道を埋め尽くす人々の喧騒と馬車の往来。見るもの全てが、森の静寂とは対極の世界だった。

 しかし同時に、豪華な装飾を施した馬車から降り立つ煌びやかな貴族たちと、その脇を足早に通り過ぎる質素な身なりの平民たちの姿が、ナタリーの目に焼き付いた。そこには、父の没落貴族という言葉だけでは測れない、明確な身分の違いが空気のように存在していた。


 王立魔法騎士学園は、王都の喧騒から少し離れた、緑豊かな丘の上に壮麗な姿で建っていた。歴史を感じさせる重厚な石造りの校舎、磨き上げられた窓ガラスが陽光を反射し、まるでおとぎ話に出てくる城のようだ。門をくぐると、手入れの行き届いた広大な庭園が広がり、そこを行き交う生徒たちの姿が見えた。誰もが上質な制服を身にまとい、自信に満ち溢れた表情をしている。そのほとんどが、高名な貴族家の紋章を誇らしげにつけていた。


 ナタリーの姿は、否が応でも注目を集めた。

 陽の光を浴びてキラキラと輝く長い銀色の髪、森の奥深くにある湖の色を映したかのようなエメラルドの瞳。それはエルフの血を引く証であり、この学園においては極めて稀有な特徴だった。

 すれ違う生徒たちが、好奇と若干の戸惑いが入り混じった視線を投げかけてくるのを感じ、ナタリーは思わず俯き、身を縮こまらせた。父から「その力は、人前では決して見せてはならない」と繰り返し言われてきた言葉が、重く胸にのしかかる。


 新入生が集められた大講堂は、高い天井に壮麗なシャンデリアが輝き、壁には歴代の英雄たちの肖像画が飾られていた。

 特待生であるナタリーは、一般の入学生たちとは別に、隅の方の席に案内された。周囲から寄せられる視線に居心地の悪さを感じながら、学長の挨拶が始まるのを待っていた。

 その時だった。


 講堂の入口がにわかに騒がしくなり、生徒たちの囁き声が波のように広がった。まるでモーゼが海を割るように、自然と道が開け、そこに一人の青年が姿を現した。


 陽光を弾く艶やかな金色の髪、空の青さを閉じ込めたかのような碧眼。彫刻のように整った顔立ちは、神々しいまでの美しさを放っていた。寸分の隙もなく着こなされた制服は、彼が特別な存在であることを示している。 彼こそが、有数の公爵家の嫡男、エーベルハルト・フォン・ホーエンシュタウフェンだった。


 エーベルハルトは、周囲の生徒たちが向ける羨望や畏敬の眼差しには一切頓着せず、ただ真っ直ぐに前を見据え、悠然と講堂の中を歩いていく。その姿は、若き獅子のように気高く、そしてどこか近寄りがたい冷ややかさを漂わせていた。


 不意に、彼の碧眼がナタリーの姿を捉えた。ほんの一瞬、時が止まったかのように感じられた。エーベルハルトの瞳には、何の感情も浮かんでいないように見えた。いや、あるいは、ごく僅かな、値踏みするような冷たさが過ったのかもしれない。彼はすぐに視線を逸らし、何事もなかったかのように指定された席へと向かった。


 しかし、ナタリーはその一瞬の視線に射抜かれたように動けなかった。それは、今まで感じたことのない種類の鋭利な感覚だった。

 彼我の身分の違いを、言葉もなく突きつけられたような、そんな圧倒的な存在感。そして、彼の瞳の奥に感じた、氷のような冷たさ。


(この人が、エーベルハルト・フォン・ホーエンシュタウフェン……)


 ナタリーは、胸の高鳴りと同時に、形容しがたい疎外感を覚えていた。

 これから始まる学園生活は、決して平坦なものではないだろう。そう予感させるには十分すぎる出会いであった。

 期待よりも大きな不安が胸を占め始めていたが、それでもナタリーは、ぎゅっと拳を握りしめた。自分で選んだ道なのだから、と。

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