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第11章:古の森の導き

 翌日から、ナタリーの生活は一変した。

 アマリエとの修行は、想像を絶するほど厳しく、そして深遠なものだった。


「風は生きている、ナタリー。その息吹を感じなさい。喜びも、悲しみも、怒りも、全てを乗せて運んでくる。精霊とは、その風の心そのものなのです」


 アマリエは、古代エルフ語で紡がれる古い詩をナタリーに教えた。ナタリーはその詩に覚えがあった。それは、幼い頃に母が口ずさんでいた旋律に似ていた。一音一音が風に溶け込み、森の奥深くに響き渡るような、不思議な力を持つ言葉だった。

 ナタリーは、その詩を何度も何度も繰り返し、声に出した。最初はぎこちなかった発音も、次第に滑らかになり、言葉が意味を伴って心に染み込んでくるのを感じた。


 ある嵐の前の日、空気が張り詰め、風が唸りを上げていた。アマリエはナタリーを森の開けた場所に連れ出し、言った。


「今日の風は荒れている。だけど、恐れることはない。風の精霊たちもまた、お前との対話を待っている。お前の母君、稀代の風の巫女と呼ばれたマリオンは、このような日こそ、風と踊ったものです」


 母の名を聞き、ナタリーの胸は高鳴った。母もまた、この風を感じ、この言葉を紡いだのだろうか。ナタリーは目を閉じ、教わったばかりの古代エルフ語の呼びかけを、力の限り唱えた。

 最初は、荒れ狂う風の音にかき消されそうだった。しかし、諦めずに言葉を紡ぎ続けると、ふと、風の唸りの中に、微かな旋律が混じり始めたのを感じた。それは、まるで風の精霊たちがナタリーの呼びかけに応え、歌っているかのようだった。


「そうです、ナタリー。彼らの声が聞こえますか? もっと心を開くのです。あなた自身の魂で、彼らと語り合うのです」


 アマリエの声に導かれるように、ナタリーは意識を集中させた。すると、風の歌はより鮮明になり、彼女の周りを優しく包み込むように渦巻いた。

 それは、力強いが、決して破壊的ではない、生命力に満ちたエネルギーだった。ナタリーがそっと手を差し出すと、風が彼女の指先に戯れるように触れ、まるで生き物のように意思を持っていることを感じさせた。


 修行の日々は続き、ナタリーはアマリエから母マリオンの遺した古い日誌を渡された。そこには、母が風の巫女として生きた証、精霊たちとの絆、そして人間である父との出会い、ナタリーへの想いが、美しいエルフの文字で綴られていた。


『我が愛し子、ナタリー。汝の内に流れるエルフの血と、人の優しさ。その双方を誇りに思いなさい。力は、誰かを支配するためではなく、愛するものを守るためにあるのです』


 母の言葉は、ナタリーの心の奥深くに灯った希望の光を、さらに強く輝かせた。エーベルハルトのこと、学園の友人たちのこと、そして父のこと。守りたい人々がいる。その想いが、ナタリーの内に眠る力を揺り動かした。


 数週間が経つ頃には、ナタリーは風の声を明確に聞き分け、その力を借りて小さな奇跡を起こせるようになっていた。小鳥が巣から落ちれば、柔らかな風で包み込んで助け、乾いた大地には、雨雲を呼び寄せる風を吹かせた。

 その力はまだ完全ではない。しかし、確実にナタリーの中で何かが目覚め、大きく成長しようとしていた。


 ある夕暮れ、修行を終えたナタリーの瞳には、以前の控えめな光とは違う、強い意志の輝きが宿っていた。アマリエは満足そうに頷いた。


「あなたは、母君にも劣らぬ風詠みの巫女となるでしょう。だが、忘れないで、ナタリー。真の力とは、その力を何のために使うか、その心によって定まるのです」


 ナタリーは、まっすぐにアマリエを見つめ返した。


「はい。私は、私の大切な人たちを、そして、私を必要としてくれる全ての人々を守るために、この力を使います」


 それは、学園を追われるように去った、か弱く傷ついた少女の言葉ではなかった。自身の出自を受け入れ、運命に立ち向かう決意をした、風詠みの巫女としての魂の宣言だった。

 彼女の銀色の髪が夕風に美しくなびき、その姿は可愛い少女の面影を残しながらも、どこか神々しいほどの力強い美しさを放ち始めていた。

 ナタリーの心には、エーベルハルトへの想いと共に、彼と、そして王国を守るという新たな使命感が、はっきりと芽生えていた。覚醒の時は、すぐそこまで迫っていた。

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