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何も変わる気がない

「……自分、前職では一応、営業サポートという立場だったんですが、実際は業務の線引きが曖昧で、気づけば実務まで抱え込むような形になってて……。でも、与えられた環境の中で、できる限りのことはやってきました」


佐伯遥斗は、落ち着いたトーンでそう言い、姿勢を正した。

清潔感のあるスーツ、丁寧な話し方。完璧に“まともそうな転職者”の演出ができている――本人はそう思っていた。


面接官の西川は、静かに頷きながら履歴書の一行を指先でなぞる。


「前職は……○○商事ですね。確か、グループ内では“シーテック”という事業名でも知られていたかと」


その名前が出た瞬間、佐伯の目が、一瞬だけ、わずかに泳いだ。だがすぐに表情を取り繕う。


「あっ、はい。はい、そうです。たぶん……名前でご存知だったんですね」


「ええ。最近、育成制度の改革事例で雑誌にも取り上げられていて。『過去にあった問題事例を教訓に、組織全体で支える仕組みに生まれ変わった』と。あれ、すごく良い取り組みですよね」


佐伯は、一瞬で悟った。


(……やば。あの件、表に出てんのか。マジかよ……でも、関係ないって体でいけば――)


「そうですね、あれ……僕がいた時とは全然違う、ずっと後の話だと思います。制度が始まる前だったんで、むしろその前の段階が、ほんと大変で……ちゃんと教えてくれる人もいなくて……」


「なるほど。つまり、制度が導入される前の“問題のある時期”に在籍されていたと?」


「……まあ、はい、そうなりますね」


佐伯は、なんとか無理なく繋げた“言い逃れ”に手応えを感じていた。

“今とは関係ない時期の社員でした”という線で押し切れば、問題ないはずだ。


だが、面接官の目は、ほんの少しだけ鋭さを帯びていた。


「その“問題のある時期”に関して、関係者から、ある証言を読んだことがあるんです。『丁寧に指導を行っていたにもかかわらず、何度も同じミスを繰り返し、そのたびに“誰も教えてくれなかった”と主張する社員がいた』と」


佐伯の背筋に、汗がじっとりとにじむ。


「……あー、それ、自分じゃないとは思いますけど……まぁ、似たような人は、いたかもしれないですね」


「“いたかもしれない”ですか」


「いや、ほら、社内でも人間関係とか複雑だったし、自分、別にトラブル起こしたってわけじゃなくて、むしろ巻き込まれた側っていうか――」


「そうですか。では、本日はこれで結構です」


静かだった。


あまりにもあっさり、何の余地もなく、切り上げられた。


「あ、あの……一応、自己PRもまだ……僕、人当たりはすごく良くて、前職の方にもけっこう……」


「ご退室、お願いします」


西川の視線はもう、次の書類に向いていた。

その優しい笑顔の裏に、“この面接は、もう終わっている”という事実だけが冷たく残っていた。


廊下に出た瞬間、佐伯はマスク越しに、小さく舌打ちした。


(……あの時送っちゃいけない書類だって一言教えてくれれば、こんなことになってなかったのに)


心のどこにも、自分を振り返る余地はない。

それが、佐伯遥斗という男の“変わらなさ”の証明だった。

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