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その7


「結局、何をお考えだったのですか?」

 皇帝桜と並んで執務室に戻る際に、陽炎は聞いた。

 彼女が動いたということは、これから自体は忙しなく変化する。くわえて彼女の目的は、ほぼすべて達成されたと考えて良いだろう。件の女を捨てるというのなら、これからは陽炎達の仕事だ。

 つまり、この件に関する全ての謎は、時効が来たという考えて良いだろう。

「……珍しいね、キミが察せなかったことなんて、今までなかったのに」

 わずかに瞳を開いて、こちらへ向けられた視線に陽炎は目を逸らす。確かに、今まで彼女の考えていることは、ある程度察せられた。それほど彼女の傍に居ることを許されていた自覚はある。

 しかし、今回は全く話の全体が見えない。

「仕方のないことだと思いますよ。僕も桜様からお聞きしなければ、察せられたとは思えません。桜様の思い付きの中で今回のことは突拍子がなさすぎます」

 後ろから清夜の声が追いかける。

「……そうなのか」

 ポツリと落とされた言葉に彼女を向けば、不思議そうに首を傾げている。

 ――これは、

 彼女の期待を裏切ってしまっただろうか。

 陽炎はドキリとしたが、彼女は「ふむ」と頷いてからこちらを見る。

「最初は、あの子を凜夜の侍女にできないかと思ったんだ。凜夜は僕を慕っていると言うし、キミや清夜達だって僕を慕ってくれているでしょう? 僕の知る優秀な人達は皆、誰かしらを慕っているという話を聞いた。ならば、あの子も優秀なのかと思って。――凜夜に使い勝手のいい道具ができるか、と」

 純粋にそう思っていると伝わってくる言葉。

 その事実に、陽炎はドキリとした。

 皇帝桜は周りに大人しかいない環境で育ったと聞いている。育った環境の弊害か知らないが、彼女はこうして純粋な子どものような思考をすることがあった。

 そして無自覚に、厭う者を実験台にすることがあるのだ。今回も、件の女を気に入らない、とは思っていたのだろう。何か理由があったとしても、皇帝桜や周りの者に害がなければ、その興味は持続しない。

 関心が薄れた対象を、彼女はこうして簡単に他者を見限るのだ。

「凜夜は自分に使い勝手の良い者を傍におきたがる傾向にある。そうすれば、あの子の凜夜の傍に居たいという願いも、凜夜の〈つかえるもの〉を傍におきたいという願いも叶えてあげられると思ったんだ」

 皇帝桜はそう言ったが、彼女には一つ、分かっていないことがある。

 いくら件の女が仕事を覚えて使えるようになろうとも、皇帝凜夜は傍に置くことはしない。

 件の女は最初の段階で、皇帝桜へ敵意を表している。その時点で、皇帝凜夜が傍に置く者の条件の一番大切な事項を満たせていないことになるのだ。

 ただ、それを彼女に伝えたとしても、理解できないだろう。だから陽炎達は、あえてそのことを彼女には伝えていない。そして、これからも必要のない限り、伝えるつもりもないことだ。

 ――しかし、

 まさか本当に、件の女を皇帝凜夜に仕えさせようと思っていたとは思わなかった。

 以前、一度考えた〈それ〉が正しかったらしい。正直、正しくあって欲しくないと思っていたのだが。これからは予想を立てた時点で、ある程度報告しようと心に決める。

 止められるのなら、初期で説明して止めた方が良い。皇帝桜の不安は周りに不和を生むし、皇帝凜夜の不機嫌も必須。他の皇帝達も紅一点の皇帝桜が不安定なことを良しとしていなかった。今回は彼女が何か考えているようだから、他の皇帝達も黙秘を貫いていただけだ。さっさと解決するに限ると理解した。

 今回の出来事の教訓である。

「凜さんの侍女にしたかったのは分かりましたが、先ほどのご様子は、彼女を凜さんに近付けないことを目的とした行動のようでした。それは、どのようなお考えが?」

 先ほど廊下の影で聞いていた内容は、とてもではないが皇帝凜夜の侍女にしたいようには思えない。

 どちらかというと、金輪際近付けたくないという思いが垣間見えた。

 ――凜さんにお伝えするば、お喜びになるだろうに

 皇帝桜が直接、皇帝凜夜に言うとは思えないが、それでも、彼からすればとても幸せな言葉だろう。常に皇帝桜の役に立ちたい、ずっと傍に居たいと彼は訴えているのだから。

 今回の皇帝桜の行動は、皇帝凜夜のその意中の相手から、傍に居てもらうための行動だと言われているも同じだ。彼が喜ばないわけがないだろう。

 しかし今聞いた話の内容は、先ほどの行動とはまったくの逆こと。皇帝桜の考えが突拍子もないことは少なくないが、今回のは本当に分からない。

「あぁ、それか。簡単な話だ。凜夜の役に立たないなら、要らないなって思ったんだ」

 サラリと言われた言葉は、陽炎は別の人物から聞いたことがある。

 ――桜様のお役に立たないようなヤツは、要らないだろ?

 そう言ったのは皇帝凜夜だ。

 ニッと爽やかに笑った彼は、言っていることが全く爽やかではなくて、他の皇帝達に突っ込まれていた。

 当時は皇帝桜がそれで喜ぶのかと思ったが、どうやら彼女も似た考えを持っているらしい。

「凜夜の役に立たないのなら、凜夜が嫌だと訴えてきた行為を止めさせなければならない。けれど、僕の言葉は、彼女を動かさないだろう。だったら、凜夜を使ってそれをさせればいいんじゃないかって」

 清夜が。

 そう言われ、陽炎は後ろに控える清夜を振り返った。

「なんですか?」

 にこり、といつも通り笑う清夜に、陽炎は少し間を置いて口を開く。

「良いのですか? 凜さんは貴方の兄上でしょう」

 兄を利用せよとは、例え本人が皇帝桜の役に立つことを望んでいようとも、実の弟が進言することだろうかと首を傾ぐ。陽炎は親兄弟を知らないから、正しい兄弟の在り方など分からない。だが書物で読む分には、互いを思いやるのが親兄弟ではないのか。

 陽炎も、この三兄妹が特殊なのは知っている。だが、血の繋がりのある兄妹と、主人という関係にあるが他人。大切なのはどちらか、普通ならば兄妹ではないのか。

「僕は兄上か桜様、どちらかを選べと言われれば、桜様を選びます。兄上も、小百合も。恐らく同じ答えでしょう。僕達の家にとって、僕達個人にとって、桜様は何よりも大切な御方なのです」

 はっきりと迷いなく、彼は言った。驚いて思わず皇帝桜を向けば、彼女は珍しく目を細めている。

 悲しむような、愛しむような、憐れむような。

 そんな表情だ。

「心配なさらずとも、兄上もお喜びになると思いますよ。楽しみにしていてください」

 そう言って、清夜が笑う。陽炎は余計なことを言った気がして、口を閉じる。皇帝桜も何も言わないので、もしかしたら彼女も承知だったのかもしれない。

 そんなことを思いながら、彼女に控えるに徹することにした。


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