その1
死んで、目が覚めたらここに居た。
何を言っているのか分からないだろう。だが陽炎だって、最初はまったく意味が分からなかった。
死んだ記憶はある。それなのに、目を開ければ深緑の森が広がっていたのだ。まず、目を開けたことが分からない。死してなお意識を持ち、思考し、自分で歩まねばならぬのか。
当時の陽炎は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
木々の間を涼やかな風が走る。柔らかなそれは誰も傷付けることなく、頬を撫でる程度のものだ。
陽炎の周りには、数人、同じように倒れている人々がいた。なにより驚いたのは、肌の色が違う者があったこと。耳の形が違う者も髪の色が違う者や瞳の色さえ違う者もいた。ただ、それに対して何を思うでもなかったのは、それぞれが今まで、迫害されていただろうことが窺える様子を見せたからだ。傷付き、怯え、少しでも静かに過ごしたい。そう願っているのは考えるまでもなく。
お互いに傷を庇いながら過ごしていたのだ。
そしてある日、今の皇帝達と出会い、人が増え、国ができた。
全員が全員、死んだ記憶を持っている。死んだはずなのに、再びこの世界で目が覚めた。それは、全ての者達に共通している。
つまり、この世界線は、死後の魂の世界。
くわえて、生前なにか強い思いを持つ者達の世界だろうと、その結果に落ち着いた。
とにもかくにも、陽炎の第二の人生(比喩じゃない)は唐突に幕を開けたのである。
国ができれば組織もでき、様々なことがあるうちに、自分が生きた時代とのギャップも薄れていった。
だが、あと少しで国のシステムもできる。そんな場面になって、大きな問題が起きようとは誰も思わなかった。
それはこの場所へ、最初に来た六人にある。
陽炎達は彼等がこの国の王に相応しいと思っていた。しかし、その当人達は陽炎達の中から王を選び、彼等は一般人として過ごそうというのだ。今まで彼等六人の凄さというか、力というか、この世界での加護を受けている様子から、彼等以外に国を治められる者など考えられないというのが本音である。
陽炎を始め、国を創るために様々動いた者達で、彼等の説得を試みた。それでも決して、色よい返事はもらえない。しかし、民たる他の者達の進言もあり、彼等は条件付きでこの国の王という立場を受け入れた。
『任期を設けること』
ただそれだけ。最初に言われたそれに、とてもではないが信じられなかった。
国王を続ける気がないのは一目瞭然。
続けてもらうためにも彼等の納得する条件があるはずだと。そう思い、再度問えば彼等は思いついたように付け足した。
一つ、下克上の制度を作ること
一つ、自分達を裁ける機関を設置すること
一つ、国民の声を聞ける場を設けること
などなど。
彼等が民の声を聞ける制度といつでも民が彼等を引きずり下ろせる制度を決めることを条件とされた。
この当時は今のように国土も広くなく、国民の多くない。首都とする場所に彼等のために城を作り、彼等に言われた通り彼等を裁くための司法局と監視をするための立法局を設置した。国の安定した運営は民への安寧を与え、多くの者達が静かに穏やかに暮らしている。
国ができれば、周りの国々との戦争が起きるのは仕方のないことだろう。小さな国であった故に大きな国から攻め入られることもあった。だが、それは国王である彼等の指揮の下、応戦。なにより、こちらは死者ばかりである、死してなお生きているこちらが死ぬことはない。命を落とそうとも、国王達の加護により復活。白い悪魔、とは自国の騎士のことだ。
気付いたころには彼ら六人では手に負えないほど国土は広がっていた。
そこで、国内にあった領地を特徴ごとで分類して、領主に運営を一任する、と。最初に作った禁則事項や国の法律に従えば自由に運営して良い、と彼等は民に選ばれた領主達に伝えた。選ばれた六人の領主を国王として、最初の六人に忠誠を誓う形――帝国となったのだ。
帝国の王となったかつての国王達は、現在も皇帝として国に君臨し続けてくれている。
彼等はその後も、生活に関わる様々な機関を設置し、この国に来る魂が住みよい世界にする工夫が施されていった。
いろいろな文化や人種、果ては異なる世界線の者までいる。
陽炎は、この世界線で初めて人と狼の混血を見たし、魔法使いという人種も初めてだった。
様々な者達が増える世界で、陽炎は特別やりたいこともないので、国の中枢機関で皇帝達の補佐をすることにしたのだ。
国ができてだいぶ経ったが、陽炎は今も、この世界で皇帝達に仕えている。