7お偉いさん
ざわざわ
「今日はお偉いさんが来るらしいぞ……。」
「ほんとか?こりゃ忙しくなる……。」
お偉いさん?
無薬も内に来ていた。偽善の件があったので、患者が多い日は頼まれている。しかも、客も診なくてはならない。面倒だ。
「ふはは!皆のもの!今日はお偉いさんが来る日!最上級のもてなしをするのだ!ははっ!」
長が上の階から下の皆に言っている。そんなもんするか。
その場から立ち去ろうとする。
「無薬!逃げるでない!貴方は最上級の風呂と茶を用意せい!」
豪快に笑って指差される。人前で言うから注目された。
「さぁさぁ!今日頑張ったものには銭を!」
皆んなが一斉に長を見る。
「館を繁盛させるのじゃー!!」
「オーーー!!」
珍しく団結している。釣りに釣られおって。
――――――――
くそっ、今日に限って茶葉が足りない。厨房に行くにも今は忙しくて相手にされないだろう。けど行かなければ。
「なんでですか。お客様がくれとおっしゃっていると言うのに。本当にここの調理人ですか?あぁ、呆れた。」
「そうですよ。お客様第一お考えになられては?」
聞いたことがある声だ。接客か。
「今日はお偉いさんが来る日だ。あんたらも知ってるだろ?」
あいつらが行ってから、こそっと茶葉をとろう。
「どうせ何も手ぇつけずに残して帰るんです。だったら、いいお客様に食べてもらったらいいでしょう。」
「……くっ!お前ら接客だろ?身の程を知らねぇのか。どっか行け!」
二人が諦めて定位置に向かう。二人の素足が木の床に擦れて音がする。
「あぁ、少し言い過ぎたかもしれません。」
「良いんですよ。舐められちゃあ困りますから。」
よりによって進路、こっちかよ。他人のふりしよう。ん?元々他人だろう。何言ってんだ。
無薬がつべこべ考えている内に、二人が通る。
「あれ、無薬様。」
げっ、気づかれた。
「おやぁ、まさか覗き見ですか。品の高いお方だと思っていたのに。残念ですねぇ。」
「こら、偽善。」
「……。」
厨房に向かう。
「あぁ、厨房に御用が?私どももご一緒いいですか。」
「偽善……と言ったか。前の藥、高くつくぞ。」
来るなと言う意味だろう。
「……!はぁ?まじで卑怯だこいつ。提灯にぶら下げて皆の前に……むぐっ!」
「まったく……。貴方は恩を仇で返す人ですね。」
「無薬様、」
丁寧にお辞儀される。
「お客様にたばこが欲しいと言われ、厨房に来たのですが、そんなものはないと、除け者扱いで……。お願いします。たばこを取っていただけませんか。」
無薬が静かになる。
「……。」
何も言ってこない。取り敢えず付いて行こう。
「あぁ、藥か。邪魔にならない程度に取っていけよ。」
「……。」
二人は厨房をひょこっとのぞいている。
「くそぉ……!私だってあの身分だったら……!」
「仕方がない事です。私たちはただ見ているだけです。」
無薬は厨房から出て来た。手にたばこはない。
「あ……!たばこがない。こいつやっぱ鬼だ!」
「偽善、黙ってなさい。この身分なのでしょうがないです。覚悟を決めて客室に戻りましょう。」
偽善が睨んで来る。全然怖くない。
「……あぁ、待て。厨房の言う通りたばこは無かった。きっと、どこかに隠しているのだろう。」
一息吸う。
「接客……だけこい。お前は客の場繋ぎをしろ。」
「はぁ?ばーか!」
悪口を言った後、偽善は去って行った。
「無薬様、本当にごめんなさい。あの子……本当はいい子なんです。なので、」
「……お前が庇う必要無いだろ。」
「……。」
二人無言になりながら、無薬の部屋に向かっていく。段々と周りの声が減っていく。
「……。」
どうしましょう。なにか話題を。
「無薬様、どうしてこんなところに?」
「……。」
無視。
「そういえば、無薬様は昔、誰か様と一緒に薬を提供されてましたよね。あのお方はどこへ?」
「たばこがいらんのか……。」
「んふふ。すみません。」
無視するから、からかった。
部屋に入る。
「失礼します。」
無薬は奥の自室に行ってしまった。どうしろと。何か指示をして欲しかったですね。
「……ほら、これだ。」
「たばこ……。ありがとうございます。しかしこの物は無薬様の物では?いいんですか。」
「あぁ。客に出してもいい品だ。」
面をしているので、どこを見ているか分からない。
「藤……珍しい品物ですね。では、私は偽善の所へ。ありがとうございました。この恩はいつか……。」
笑顔で頭を下げる。
「接客……何故そんな館のために働く……。」
「んふふ。私は長に命を救われた身ですからね。それに、偽善がいれば何でもいいんです。」
「……そうか。」
接客が暖簾をくぐって行ってしまった。
ほうじ茶と風呂を調合せねば。
――――――――――
「おっと、こちらですね。失礼します。」
「お前は……お偉いさんの使いか。」
他の奴らとは一風変わった服装をしている。
近づいて来る。ずっと笑顔で気味悪い。
「取引に参りました。もう主人の印はされています。」
台の上に紙を置いて来る。置き石の代わりに、細いキセルのような手を置く。
「……。」
紙に目を通す。
「気付かれんようにな。」
「んふふっ。私を誰だと思いで。では。」
お辞儀される。
接客よりも遥かに綺麗で、自分が主になったような気分になるお辞儀だった。
不思議な奴だ。関わりたく無い。
皆様も是非、提灯にぶら下げて皆の前に曝け出してやる!!と、脅しに使って下さい。