5 一番煎じ
「うぅ。」
中庭の端にいた。倒れた所のすぐ近くの庭だろう。もう夜だった。月明かりが青い。
重い体を持ち上げる。肘がガクッとなった。起き上がりそうに無い。
「くふふ、おはよう。よぉ寝ておったな。」
「……?!」
壁に背中がつく。
ここは?辺りを素早く見回す。
「ははは!無薬、お前は見ていて飽きんのぅ。ここはわしの部屋じゃ。広くて良いだろう?」
なんで、なんで吾輩がこんなところに?何か企んでいるのだろう。
「ほれ、お茶でもどうじゃ?」
「……。」
無言で立とうとした。しかし、足がもつれて上手く立てない。
「逃げるのか。ほほう、半日も仕事をサボって、挙げ句の果てには、わしの茶の誘いも断る。お茶してくれたら目を瞑ってやろうと思ってたのだがなぁ。残念じゃ。」
「……。」
ごもっとも過ぎて、何も言い返せない。
「くふふ、さぁこっちじゃ。無薬と一度、ゆっくり話をしてみたいと思っていた。そぉ…れ!」
茶がある机まで思いっきり投げられた。疲れていたから空中で、意識を失いかけた。
「くはは!ほぅ。なるほど…。」
長が笑って座布団に座った。普段、着物を雑に着ていて胸元が見える。座った時に着物の中が見えた。そんなもん見せるな。ちゃんと着ろ。
「それ、美味い緑茶じゃぞ。飲んでみぃ。」
一口飲む。鼻から風味が通っていく。静かに湯呑みを置く。
にっが!!!
「美味しいかえ?わしがいれたんじゃ。」
頬杖を立てて、聞いてくる。
「あぁ。」
「くはは!そんな訳あるかろう。見れば分かる。苦いんだろう?」
豪快に笑われた。
不意にこちらを見る。長にだけあって迫力がある。
「無薬や、お前はなぜ面をしているのかえ。」
「お答えできません。」
即答された。
「まぁ、いいぞ。答えなくても。わしはお前をいつでも解雇できるんだから。」
「……!」
背筋に誰かが走った。
「答えれる範囲でいいんじゃよ。」
「顔に……」
言ってもいいのだろうか。誰にも言った事ないのに、初めて言うのが長なんて。
「火傷の痕があるから……だ。」
目を丸くしている。かと思ったら、優しい目つきに変わった。
「そうかそうか。」
長が緑茶を注ぐ。
「隣に来い。」
「……なぜ。」
手招きされる。
「いいだろう。」
面を外されるかも知れない。と思っているのじゃろう?大丈夫、安心せい。そんな卑怯なことはせん。」
心を読まれた。
「おぉ。そうじゃ、隣に来い。」
目を避ける。長と見つめ合うなんて、真っ平御免だ。
「……ひっ!」
強引に顔を向けられる。今、顔に長の両手がある。ニマニマしてこっちを見られる。
「くふふ。そんな怖がるな。」
月明かりがこちらを避けていく。
ざりざりと肌がいう。長が吾輩の火傷跡を触る。何がしたいんだ。
「ほぅ。火傷というのはこれか。」
近い。耳の奥が響く。
風が強く吹く。
「……!」
面が部屋の中央で踊った。素顔が曝け出す。
長が無薬を投げた時に、結び口が弱まっていた。
「ふぐっ!」
長の胸に頭を突き出す。
「見るな……。」
両手で面を探す。
「えぇと、面は部屋の奥にあるぞ。この格好では取れん。どいてくれ。」
「どくと長が吾輩の顔を見る。」
胸から声が伝わってくる。
「そんな……。というか、さっきお前の顔は見えなかった。」
「……。」
何も反応しない。
「困ったなぁ。文句言うなよ。」
「?!」
景色が上がる。だっこされた。
「これなら、お前の顔も見えんし移動もできる。ほら面じゃぞ。」
手を後ろにして面を渡してくれた。
畳に足がつく。
「あぁ、言うの忘れてた。火傷の痕を治す藥、こちらで手配しておく。なら面をしなくてもいいだろう。」
長は腰に手を当て笑っていた。
番外編
許嫁を誰にするか縁談をしていた。
「緑茶は私がお入れしても?」
「あぁ、頼んだ。」
そういえば無薬のやつ、わしに対して敬語を使ってこんな。敬っとらんのか?
緑茶が湯呑みに入れられるのをぼーっと見る。
「……!なぁ、茶というもんはそういう淹れ方をするのかえ?」
「? えぇ、もちろん。」
娘は交互に、廻し注ぎで緑茶を淹れていく。
そうか、そういうもんなんか。無薬には悪いことをしたなぁ。そのまま一つ一つ、淹れてしまった……。それも運悪く一番苦いのを無薬が……。
「……くふふ。」
「どうかしましたか?」
「あ、いいや。考え事じゃ。」