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無薬  作者: あ行
3/14

3談笑

「館の店主、長と申す。どうぞよろしゅう。」

「私は質屋の娘でございます。本日はよろしくお願いします。」

 長と娘、二人で向かい合いお見合いをしていた。

「あぁ、まだお茶がお淹れになられていない。私が淹れます。」

「頼んだ。」

 ただ、この空間にお茶の淹れる音が響く。

 湯気が立つ。ほうじ茶だった。ふーふーする。

「ふふっ。猫舌なんですね。可愛らしい。」

「あぁ、熱いもんは苦手でなぁ。」

 苦笑する。長が先にほうじ茶を口に入れた。

「……。なぁ、娘や。庭でも見んか?ここの庭は格別なんよ。」

 娘がほうじ茶を飲む前に、口開いた。

「えぇ、ご覧になっても?」

 娘はほうじ茶を飲まずに済んだ。

――――――――――

「綺麗ですね。」

 椿を背景に娘が笑う。

「そうじゃな。」

 少しの間。娘がこちらを上目で見る。

「なんや。」

「あの……寒くないですか?」

 頬を赤らめている。寒いのだろう。きっと。

「あぁ、寒いなぁ。」

「私も寒いです。」

 娘が抱きしめてきた。頭のてっぺんしか見えないのでどんな顔してるのか分からない。

「ぅえっ……と。」

「私に、名前をつけてください。」

 上の空を向く。そんな大事な事をわしに?まだ会ったばかりなのに。椿が目に入った。

「あー、椿、椿でいいんじゃないか?」

「ふふっ、可愛い名前です。ありがとうございます。」

「まだこちらに他の花があるから、見に行こう。」

「はい。」

 女が手を繋ごうと近づいて来たが、避けた。

――――――――――

 陽が傾く。橙色に照っている。影が濃い。

「今日のお見合い、大変有意義でした。またお会いになっても?」

「断る。」

 陽が傾く。潔い笑顔だ。

「な、なぜ?私、かの有名な質屋の娘ですのに?」

 声を荒げてくる。

「まず、そう易々と近づいて来るな。わしはそんな馬鹿ではない。そして、お前のような女はいくらでもいる。」

「……!なんて事を。」

 女は今にも泣きそうだ。

「しかし、わしのような奴もいくらでもいる。質屋の女や、わしらは運が悪かっただけじゃ。このお見合いは破棄する。」

「……わかりました。」

 女は付き人と去って行った。

 長はうんうんと頷く。

「長、これで何回目ですか。このままじゃ、嫁をいつまで経っても見つかりませんよ。」

「大丈夫、大丈夫。して、」

 長の付人に問う。

「あのほうじ茶の茶葉を出したのは誰や?」

「えっと、無薬様です。確か。」

「ふぅん。」

 鼻から声を出す。

――――――――――

「無〜薬。」

 体が起き上がる。うとうとしていたので余計、起きた。

「……何だ。」

「少し、話をしようじゃないか。」

 ばれた。

「座れ。」

「……。」

 時間を稼ぐため、限りなくゆっくりに座る。また長の部屋に入った。

「今日あったことに、心当たりはないか。」

 いつもより低い声。どうしよう。平常心、平常心を保て。

「……。ない。」

「嘘をつくな。お前、わしらのほうじ茶に毒を入れたやろう。」

 ずっと見つめられる。瞬きなしに。脂汗をかく。

「んー、お前じゃなかったら誰やろうなぁ?途中で誰かが入れたんかなぁ。」

 威嚇の眼。猫や犬のような威嚇ではなく、余裕たっぷりで目の前の相手を見逃さない眼だ。

「……。」

 ばれた。やっぱりこんな簡単にはいかない。解雇される。

「もし、吾輩が入れていたのなら解雇するのか。」

「……。」

 嫌な間。何を思っているか分からない表情をしている。けれども(つぎ)口開く時、何を言うのか分からない恐怖心もある。

「いぃや。それに誰がやったか分からねぇし、お前はここにいなくちゃならんしなぁ。」

 長がどこかの空間を見る。

「やった奴は、」

 こちらを向く。

「 地獄に堕ちるといいなぁ。 」

 全身に重みを感じる。笑みだ、怖い。背筋が凍る。

「……。もう、去ってもよいぞ。」

「……。」

 立ち上がって襖を開けるだけなのに、その距離が一里あるように長く感じる。

 襖を閉じた。自分の部屋へと歩いていく。安堵感から涙が溢れていく。

「くふふ。無薬、こんなんではわしを殺せんぞ。」

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