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無薬  作者: あ行
2/14

2奥さん

「蜂蜜……」

 が無くなってきている。と、言おうとしたが声が途切れた。蜂蜜の入っている瓶を照明に当てる。まん丸い月のようにきらきら輝いていた。

「塗り傷薬一つおくれ。」

「……。」

 顔が整っている雑用が来た。無言で作っておいた薬を手渡す。

「ちょいっとあんた、」

 ずいっと前のめりで顎を触られる。

「前から思ってたんだけどねぇ、どんな顔をしているんだい?」

 顎のラインに沿って指で焦らされる。

「……。」

 指をはじく。邪魔だ。

「……あぁ、黙ってるってことはいいってことだかねぇ?」

 どんな神経してんだこいつ。面に触られる。口が空気に触れる。

「……!やめろ。」

「痛っ!あんた、良い度胸だねぇ。このあたしに手ぇ出すなんて。あたしはもうじき長の奥さんになるんだから。」

 胸に手を当てどうだと言わんばかりに主張した。

「なら、内儀か。」

 女が驚く。すると、蛇みたくニヤリと笑う。

「そう、ないぎ、内儀さぁ!あはは。内儀か、いいねぇ。良い女って訳だ。」

 勝手に、はしゃいで出ていった。馬鹿かあいつは。内儀っていうのは遊郭での呼び名なのに。

 (長に奥さんか。んなわけあるかろう。たかが、雑用だ。)

 蜂蜜を欲しいと申請するために、内に行こう。内、というのは旅館の中の事だ。

「口無しがきてるぞ……。」

「何しにきたんだここに……。」

 こそこそと耳打ちされる。聞こえとるぞ。

「きゃーー!!」

 耳から警笛。襖隣りで女性が頬を抑えてうずくまっている。客と揉めたのだろう。無視して行こうとした。

「止めてこい、無薬。」

 背後から長の音。耳元で囁かれる。近い。

「……。」

 驚いた事を隠しながら、横目で見る。

「わしに用があるのだろう。なら、あれを片付けろ。」

 長い爪で「あれ」を指差す。面倒だ。

「黙っているということは、喜んで、という意味だな。では、頼んだ。」

 ドンと後ろから突かれた。足がもつれる。木の床が鉄砲の様に鳴る。

「……っ?!」

 無薬の体が前に倒れる。だらっと腕を重力に任せて、こちらを睨む。おぉ、怖。眼なぞ見えとらんのに。あの若者は。

 女性に近づく。見下ろしながらただ歩いて来るので、女性は無薬に恐怖心を抱く。目の前で(ひざまず)く。

「ひっ!」

 顎に手を当てながら顔をじーっと観察する。

「この程度なら冷やすだけで十分だ。」

 誰にも聞こえない声量で言った。

 ゴッ

 頭に重い衝撃。一瞬、何も考えられない。部屋の方へ目を移す。

「責任者を早く呼べ!」

 客が怒鳴り散らかしている。こいつが皿を投げてきたのだろう。

 客に近づく。

 (くふふ、さぁ無薬はどうするのか。)

「あ゙ぁ?お前が責任者だな?飯がまずいぞ!あとなぁ、」

 無薬がいきなり客の口に何かを放り投げる。まるでピッチャーだ。

「んぐ!……っかはっはっ、何を入れた!」

 すると客はバタンと床に倒れた。

「ち、力が入らないぞ、意識が……。」

 客は眠り込んでしまった。

「藥だ。」

「天晴れ天晴れ!騒ぎがあると聞きつけて来たが、もうわしはいらんようやなぁ!くはは!」

 扇子を持ち、満面の笑みで部屋に入って来た。

「客を外に運べ。」

 雑用に一声。ずりずりと足を持ち引きずられ

「お客様、この旅館はどれも天下一品。不味いと仰りましたがお客様の舌が馬鹿だっただけでは?」

 意識が無い客に煽る。

「……。そうかそうか!お客様は意識無いのか。くははは!」

 なんだこいつ。どっかのねじが外れてんのか。長がこちらを見る。

「おいおい、そんな顔で見るな。」

 顔?面はしてるはず……。

 面を手で触る。

「くはは。大丈夫、着いとるぞ。こんなんに引っかかるとは、まだまだ若いのう。」

 羽織りを舞わせる。

「さぁ、わしに用があるのじゃろう。来い。部屋まで案内する。」

――――――――

「んで、用とはなんぞ。」

 机に頬杖をつきながら、上目で見る。ニカっとこちらを見てくる。

「蜂蜜が無くなってきたので、」

「ちょうだい、というわけか。」

 喋っている途中だろ。うんうんと頷きながら話を聞いてくださる。

「良いだろう。しかし、」

 襖から誰かが来る。会話が途切れた。

「なんだ、今話しているだろう。」

「長、縁談の件で急用が……。」

 縁談……。あの女が自分と勘違いしたのだろう。しかし、長に嫁と言ったら……。

 考え込んでいると長が先に口開く。

「あぁ、無薬や。蜂蜜は高級品なんでなぁ。丁寧に扱えや。」

「善処する。」

 無薬はそそくさと部屋から出て、早足で仕事場に戻っていった。

 長に嫁など吾輩の願望に邪魔だ。

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