13焦り
「……さ、長」
「うぇ……!」
珍しく長が驚く。
「あぁ、どうかしたか。無薬。」
「上の藥がなくなった。仕入れて欲しい。」
「あー、わしの部屋にあったはず……付いてこい。」
無薬は顔をしかめた。
「えぇ……っと、この辺に……。」
押し入れに体を突っ込んで、薬を探している。
「あったあった、これじゃ。」
ぼさぼさの頭で振り向く。いない。無薬がいない。
「あれ……、確か無薬と話していた筈……。」
疲れていて幻覚が見えたのか。それとも狐が化けていたのか。
足元に一葉、写真があることに気が付く。きっと押し入れから流れてきたのだろう。
ぼーっと写真を眺める。自然に座っていることも知らずに。
「すまない…、輩に絡まれた。」
後ろから声をかけた。しかし、長は反応しない。ただの提灯の様だ。
? 何をしているんだ。
覗いてみると、可愛らしい女性が笑っていた。それを見つめていた。この人は?長の想い人か?
「長、」
もう一度、声をかけてみる。無薬は基本的に声が小さいので届いていない。
仕方ない、長に触れなくちゃ気付いて貰えない。
いつも人に触れないので、緊張する。
肩に手を置く。
布越しから体温が伝わる。長も生きているのか。
「ぅわ!え、無薬?!まっ、ぇ、っ、見ないで、」
冷たい目で長を見る。
長は机に伏せた。耳が赤くなっている。
「あ゙ぁ、恥ずかしい。」
音が籠る。
こんな時、長は大丈夫と声をかけるのか。どうすれば正解なのか分からない。
「むやく……、いるなら、いってくれ……」
片目でこっちをチラッと見てくる。少し涙目で頬が赤い。
「すまない……。」
「座れ……。」
長の向かいに座った。
長が顔を手で覆う。かと思いきや、両手を挙げ背伸びした。次に、にへらと笑いながら、恥ずかしそうに口を開いた。
「ほんま、恥ずかしいところを見せてしまった。とんだ阿呆面だっただろう。」
「見えていない。」
「そうか、」
たははと笑った。
女性のこと、聞いていいのだろうか。しかし、聞くと自分の過去も言わなければならない。
無薬は言おうとした口を閉じた。少量の空気が口に入る。
「……、写真、見たか?」
まだ少し頬が赤い。
「いいや。」
「嘘をつけ。分かるぞ、無薬。嘘をつくのが下手だなぁ。」
息継ぎをしてから、
「この写真は、この写真に写っている娘はな、わしの古き友人だ。」
「……。」
黙って聞いた方がいい。
「想いを告げれずに、先を逝ってしまった……。かんざし一つも贈れんかった……、」
声が掠れる。
「……、」
そんな過去があったのか。だから、かんざしがまだあったのか。だからまだ、奥さんをつくれずにいたのか。
「こんな話をしていたら、花がしおれるな。やめよう。」
長が横を向く。首筋が見える。
「ほら、藥じゃ。」
手に袋を乗せた。軽さが伝わる。
「……ありがとう。」
うんうんと頷く。
無薬がこの場を去った。身体の力が抜ける。
「あぁ、見られてしまった。しかも無薬に……。おれとしたことが、」
「しかし、本当に良く似ているなぁ。」