12話
「……。」
不機嫌な顔で長の部屋へ向かう。ぺたぺたと足音が鳴る。
また茶に誘われた。断ったら脅してきやがった。
「お〜、無薬。待っていたぞ。」
こっちこっちと手を招く。ニカっと笑顔だ。
「座れ。今日は真面目な話だ。」
空気が変わる。肺に入れたく無い空気だ。
「……。」
「今日も、今日とて平和じゃ。平和すぎて気が狂うほどな。しかし、」
扇子を顎に当て上目で見られる。
「誰かがいつもわしの邪魔をする。何回も何回も。」
指折り数える。
「茶の時も、折り菓子も、あとお前が館の条例に反する藥を売ってんのも知ってる。まぁ、その藥のお陰で偉い奴が来るんだけど。して、」
冷たい目。
「何がしたい。」
面と向かって言われる。逃げれない。こうなるって分かってたのに。あぁ、逃げたい。
「わ、吾輩は、」
唾を飲み込む。
「その、」
じっと見られる。
「おれは……、」
涙が溢れる。思い出す風のこと。
背中に手が当てられる。
「まぁ、いいんじゃ。大丈夫大丈夫。」
「う……ぅあ、」
いつの間に隣に来たのか。
ゆっくりと背中を撫でられる。
「ほれ、茶を飲め。」
湯呑みを渡される。口に湯気が当たる。あったかい。
「……ん、」
無薬の下顎が見える。
「おいしい……。」
「だろう?今度はちゃんと入れたからな。」
子供を相手にする様に、顔を覗く。
「庭を見に行こう。きれいだよ。」
長の後ろ姿について行く。腰と帯のラインがくっきり映ってる。余裕のある歩き方だ。
今思えば、長を殺そうとしている事を知っていて、なぜ吾輩を殺さないのか。命が狙われていると言うのに。
長がこちらに見返る。見返り美人だ。
「見て、きれいだろ。」
白い小さな花だった。
「縁談相手とも来ているのか。」
自分で言ったことに驚く。長も驚いている。
「来ていない。ここはわしの庭じゃ。来客用の庭があるんじゃ。なんだ、嫉妬か。」
からかっている。そりゃそうか。うっかり口が滑ってしまったのだから。
「……違う。」
くははと横で笑う。楽しそうだ。
無薬の方を見る。いきなり泣いたから、どうしようかと思ったけど泣き止んで良かった。少し脅しただけなんじゃがな。
やはり、気づいていないか……。
「無薬、やっぱお前も親元に行ってここよりいい暮らしがしたいのか。」
「……あぁ。」
俯く。
「そうか……、」
「そろそろ戻ろうか。」
無薬の腕を引いて部屋に戻った。
「あ、」
畳の上にかんざし。
「無くしたと思ったら、こんなところに。くはは、運が良いな。」
整理整頓が出来ていないだけだろ。
「無〜薬。」
満面の笑み。嫌な予感がする。
かんざしを髪につけられた。
あれ、かんざしを贈るのって確か……
長の方を見る。にまにましている。
「似合っておるぞ。」
[かんざしで喉を刺してやろうか。]
言いかけた。
「こういうのは、好きな人に贈れ。」
かんざしを抜いて、長に返す。髪とかんざしの擦れる音。
「くはは、冗談じゃ。」
目が笑ってない。許嫁を見つけるのに苦労しているのだろう。
「もう、自室に戻る。」
「そうか、気をつけて戻れよ。」
骨がごつごつと出ている手を振る。行ってしまった。
「無薬、必ず守るからな。」