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19.勇者パーティ、混乱する

「おい、アウローラ!こいつはどういうことだっ!?」

 慌てて聖剣に呼びかけるが、全く応答はない。



「アウローラ、説明しろっ!!」

 ゴーマンが大声を上げたとき、



「なぁによぉ、騒がしいわねぇ」

 と魔術師タカビィの声が聞こえてきた。



 隣室の扉が開いて、タカビィと治癒術士のイビータが顔を出す。

 気が早いことに、二人ともバッチバチにメイクを決めて、ドレスに身を包んでいる。



「ったく、こっちは衣装合わせで忙しいってのに集中できないじゃない!・・・・・・って、何やってるの?」

 と愚痴ったタカビィは、怪訝そうにゴーマンとワルヨイの顔を眺めた。



「・・・・・・せ、聖剣が!」

 とワルヨイは声を絞り出す。



「聖剣?」

「あーっ!どうしたの?それぇ?」

 イビータはさび付いた聖剣を指さす。



 それを見たタカビィは、

「っ!?」

 たちまち顔面蒼白になって、男たちに詰め寄った。

「ちょっと、なによそれ?ボロボロじゃないの!?」



 だが、ゴーマンは青ざめた顔で聖剣を見つめたまま、何も言わない。

「どうしてそんなことになってんのよ!?それ聖剣でしょっ!?完全にガラクタになってんじゃないのよっ!!」



 かみつかんばかりのタカビィに

「るせぇんだよっっ!!」

 とゴーマンは怒鳴った。



「っ・・・・・・!」

 その剣幕に魔術師は喉をひきつらせて黙り、

「やだぁ、いきなり怒鳴んないでよぉ・・・・・・」

 イビータは既に涙声になっている。



 肩で荒い息をつきながら、ゴーマンは低い声で呟いた。

「判らねぇが、今さっき抜いたらこうなってやがったんだっ!」



 そう答えながら、勇者は頭を必死に回転させていた。

――くそっ、一体どうなってやがるんだ?何もしてねぇのにどうしてこんな状態になる?なんでアウローラは応えねぇんだ?アイツはあのとき約束したはずだ、この時この場所に必ず帰ってくると!



 酒場でのアウローラとのやりとりを思い出す。一言一句、何度思い返してみても、ゴーマンには、自分が何か勘違いしているとは思えなかった。



 勇者は額を押さえて、クソクソッと呟きながら頭を巡らせる。

――落ち着け、落ち着け俺っ!俺様の頭脳なら、落ち着いて考えりゃ判るはずだ、どうしてこうなったのか・・・・・・

 ゴーマンはここに来るまでのことを思い出し始める。



――っつっても、このところ毎晩宴会続きだったからな、てんで覚えてねぇ・・・・・・って、そうかっ!

 ゴーマンはハッと表情を明るくすると、



「ハーッハッハッハ!!」

 と豪快に笑った。



 リーダーの豹変に顔色を変える仲間たちを前に、ゴーマンは

「こいつは聖剣じゃねぇんだよ!」

 と言い出した。



「は?」

「誰かが取り違えやがったんだ!宴会をしたどっかの会場で、そっくりの剣を持ったバカが間違えて聖剣を持ってっちまったんだよ!」



ーーきっとそうだっ、だからいくら呼びかけてもアウローラが応えるわけがねぇんだよ!

「酔ってて聖剣から目を離したときがあったからな、きっとそのときにーー」



「・・・・・・バッカ言ってんじゃないわよ」

 そう震える声を出したのはタカビィだった。

 彼女は、聖剣に向けて杖を向けている。



「あぁ?」

「それは聖剣で間違いないよ、今鑑定魔法で観たから」

 


 そう言ったタカビィの前に、鑑定結果ウィンドウが大写しになる。

 そこには確かに『ヴァイスカイザー』と出ていた。



「っっっっ!!」

 厳然たる事実に、ゴーマンは背筋が凍り付いた。



「ホントに寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ!」

「だいたい、聖剣をなくしたってだけでも大失態だろう。笑い事じゃねぇよ!」

 タカビィとワルヨイは心底呆れたような声を出す。



「ぐぬぅぅうううぅっぅ!!」

 ゴーマンはギリギリと歯ぎしりをした。

 思いつきの発言で思わぬ恥を晒してしまい、大いにプライドを傷つけられた勇者は、



「あああああっっっ!!」

 聖剣を思い切り床にたたき付けた!



「「「っ!?」」」

 凍り付く仲間たちを尻目に、ゴーマンはハァハァと息を吐きながら、やり場のない怒りをぶつけるように叫び出す。




「おいっ、アウローラっ、何の真似だぁぁこれはっっっ!」

 しかし広い部屋に声がむなしく響くだけで、何も聞こえてこない。




――そうだ、これはきっとあいつの悪戯だ!ったく、趣味の悪いことしやがって!

 その一方で、




――けど、あのクソ真面目なアウローラがこんなフザけたことするか?

 と疑問が自身の中に湧き上がってくる。




――いや、アイツ以外に誰がやるってんだよ!

 ゴーマンは首を強く振る。




 そして、ハッと乾いた笑いを吐き出すと、両手を広げて虚空に呼びかける。

「おい、何だよアウローラ?こんなことをしてよぉ?もしかして、俺の愛情を試そうってのか?俺様の度量を図ろうって魂胆なのか?えぇ、アウローラよぉ?」




「あぁ、お前の気持ちは判ったよ。マリッジブルーってやつなんだろ?いざ俺様と結婚しようって段になって不安に襲われてこんなことをしてんだろ?けどなぁ、今はそういうバカやってる暇はねぇんだよ。もうすぐ侯爵様にも会わなきゃならねぇんだ、いい加減出てきてくれよ、アウローラ」

 今度はなるべく優しく聞こえる声音で呼びかけるが、やはり反応はない。




「な、んだよ、なんだってんだよ・・・・・・」

――俺様を無視しようってのか?最強の勇者のこの俺様をっ!誰もが尊敬する誰もが憧れるこの俺様をよぉお!?




 今までに味わったことのないほどの屈辱に、

「ああああああああああああっっっ!!!」




 腹底から唸るような雄叫びを上げると、

「クッソアマがああああああああああっっっ!!」




 鉄靴で思い切り聖剣を踏みつけ始めた。

「う゛う゛っ、う゛う゛っ!!」



 まるで幼児が地団駄を踏むように、体重をかけてガンッガンッと踏みつけると、錆びだらけの刀身はあっという間にゆがみひしゃげていく。




「り、リーダー・・・・・・」

 ワルヨイは呆然と立ち尽くし、女性陣はリーダーの”壊れ”た様子に恐怖し完全にドン引きしている。




 そこに、

「全く、騒がしいですね」

 と聞き慣れない声が入ってきた。




「「「「!?」」」」

 一同が振り返ると、部屋の扉が開き、ローブ姿の何者かが現れた。




 フードを目深に被ったその者は、わずかに見える口元を綻ばせて、こう名乗った。

「私は、リーゼス。この侯爵家の専属魔術師です」


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