17.女騎士、探索師を追いかける
「えぇっ!?」
精霊アウローラが、探索師レイクスと行動しているかもしれない、という言葉にエリスは驚いた。
深くえぐれた靴跡を見ながら、サビエは顎ひげを撫でた。
「これほどの身体能力を短期間で身につけたこと、そして精霊が行方不明になっていることを合わせて考えると、その可能性が高いのです」
「じゃあ、レイクスを追放した勇者たちに同調した、というのは・・・・・・」
「見せかけ、ということでしょうな。彼らからこっそり離れるために一芝居打った、というところでしょう」
サビエの言葉に、エリスは頷いていた。
確かに、あの勇者たちの行状を見れば離れたくなるのも分かる。
精霊もつくづく愛想が尽きたということなのだろう。
しかし、侯爵家にとっては最悪の状況だ。
ナマクラン家では、精霊と勇者を迎え入れ、親族や友人に披露するための式を行うことになっている。
その式の日まで時間がないのだ!
「では、すぐに追いかけよう!」
とエリスは提案したが、サビエは首を横に振った。
「えぇ、しかしすみませんが、エリス殿。聖剣の精霊と探索師殿の行方は、あなた一人で追っていただけませんか?」
「えっ!?」
「私は薔薇の鷹とともに殿下の元に参ります」
と老執事は侯爵家のある王都のほうを振り仰いだ。
「でも、精霊に逃げられた勇者なんて連れて行ったら――!」
「まぁ怒られるどころではすまないでしょうな。しかし、そうするより仕方がありますまい。”薔薇の鷹”が精霊に逃げられたからと言って、私の一存で彼らを処分することは出来ませんから」
サビエは小さくため息をついた。
「まずは今の侯爵家に必要なことは、ゴーマンたち”薔薇の鷹”の処罰です。現状、彼らは自らを勇者と偽り、侯爵家をだまそうとした謀反人ということになります。勿論そんなつもりはなかったでしょうがね。しかし、彼らを罰し、縁を切ったことを精霊側に伝えなければ、例え精霊たちに追いついて説得したとて、侯爵家には来てくれないでしょう」
とサビエ。
「もう時間はありません。精霊と新たな勇者の行方を追いかけることと、薔薇の鷹を屋敷に連れて行き処罰する。これを同時に行う必要があります」
「それはそうだが・・・・・・しかし、そもそも侯爵様に事情を話せば、怒りの矛先は貴殿にも向かうはず」
エリスは懸念を示した。
薔薇の鷹を選んだのは紛れもなく侯爵本人であり、その責任も侯爵自身が追うべきものだ。だが果たしてそうするだろうか、とエリスは疑問に思った。
あの男なら、いや貴族というのは大概、臣下に罪を被せ責任を負わせて自分は知らぬふりを決め込もうとするものだ。
サビエは穏やかな顔のまま首を振った。
「それは仕方ありますまい。”侯爵自身が間違った者達を勇者として選んだ”となれば、侯爵家の威厳は地に落ちます。ここは臣下の失態、ということで済ませなければお家全体のことに関わります」
「そんなっ!」
エリスは唇を噛む。
そんなことのために、あんな男のために、サビエが泥を被らなければならないなんて!
するとそこに、ルクシアが追いついてきた。
サビエが自分の推理を説明すると、彼女は
「あぁ!やっぱり、あの子はすごい子なんですね!」
と感慨深げに何度も頷き、
「あのっ、私もレイクス君を探す旅に同行させていただけませんかっ!」
勢い込むように頼んできた。
「えぇ、もちろん!彼を知っている方に行っていただければ、私どもも助かります」
とサビエは承諾した。
「では、精霊様と探索師殿宛てに手紙を書きます。すみませんが、ギルド事務所をお借りできますかな?」
30分後。
サビエはルクシアと一緒に、エリスの所にやってきた。
「こちらがアウローラ様とレイクス殿に宛てた手紙です」
とサビエはエリスに手紙を差し出した。
「内容としましては、ナマクラン侯爵家はレイクス殿を勇者として迎え入れる用意があること、薔薇の鷹は確実に処罰して契約は結ばないこと。この2点を約束するものになっています」
エリスはそれを受取ろうとして手を引っ込めると、思い詰めたような表情で
「本当に、精霊アウローラは説得に応じてくれるだろうか?侯爵様といえど、精霊からすれば一人の人間。そんな人間のちっぽけなプライドのために精霊が動くだろうか?」
サビエはじっとエリスの瞳をみつめる。
「それは判りません。しかし、そうしていただかなければ、侯爵家の名に大きく傷がつくことになります」
するとエリスは一瞬ためらった後、口を開いた。
「・・・・・・サビエ殿、一緒に逃げないか?」
「はい?」
「精霊を侯爵家に連れて行くことができなければ、最終的には貴方が責任を取らなければならないのだぞ?」
「エリス殿・・・・・・」
「確かに精霊にそっぽを向かれて周囲から笑われるのは侯爵だ。だが、侯爵はその批判や嘲笑を、独りで甘んじて受けるような殊勝な男ではない。貴方も判っているだろう、あの男の身勝手さを!」
自分の主君を批難する女騎士を、サビエは咎めることもなく静かに見つめている。
勝手に自分の母と交わり、勝手に自分を産ませて見捨てていた父・ナマクラン侯爵に対して、エリスが不満を抱えていることをよく知っているからだ。
「あの男は貴方の不手際を責め、謀反人として貴方を訴えるだろう。そうなれば、良くて幽閉、悪ければ・・・・・・」
言葉を詰まらせるエリスに、サビエは首を振る。
「我が家は代々侯爵家に仕えているのです。その恩を仇で返すような真似はできません」
「忠義がなんだっ、そんなものよりも私は貴方に生きていてほしいんだ!・・・・・・お願い“じじ様”っ、私と一緒に・・・・・・」
「っ・・・・・・」
じじ様と呼ばれたサビエは一瞬目を見開き、すぐに優しい表情になるとエリスに近づいた。
涙ぐむエリスの手を取って手紙を持たせると、老執事は
「ご心配痛み入ります。しかし大丈夫ですぞ。この老いぼれ、そう簡単にはくたばりはしませぬゆえ」
と力強く手を握った。
エリスはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。
「了解した。私も全力を尽くしてアウローラ様を説得しよう!」
「うむ、頼みましたぞ!・・・・・・ルクシア殿も」
とサビエが目配せすると、ルクシアは「はい、お任せください!」と力強く頷いた。
――なんとしても、レイクス殿と精霊アウローラ様には侯爵家に来てもらわなければ!私の命に代えても・・・・・・!
思わず剣の柄を握りしめるエリスを、ルクシアは心配そうに見つめていた。
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騎乗して駆けていくエリスとルクシアを見送りながら、サビエはルクシアとの会話を思い出していた。
ギルド事務所で手紙を書いているとき、ルクシアはサビエのために紅茶を淹れながら、こう言った。
「あの・・・・・・アウローラ様を連れ戻す、なんて出来るのでしょうか?」
老執事は、ペンを走らせる手を止めることなく、
「まぁ、難しいでしょうな。例え、私がエリス殿の代わりに説得に行ったとしても、そう変わりますまい。侯爵様ご自身が出向きでもしない限りは・・・・・・」
と言った。
「っ!」
「この手紙の中では、なるべくアウローラ様のご希望に添うよう力を尽くす、と書きはしますが、まず鵜呑みにはしてもらえんでしょう」
「では、どうしてエリスさんを行かせるんですか?」
すると、サビエは小さく息をついた。
「エリス殿のことは、あの子のことは、小さい頃から見守ってきたのです。出来ることなら災いが及ばぬ場所に居て欲しい、そう思うのです」
そう話す老執事の脳裏には、エリスが侯爵家に来たばかりの頃の記憶がよみがえっていた。
剣のスキルを買われて侯爵家に引き取られたエリス。
だが、すぐにはその才能は開花せず、エリスは毎日泣いてばかりだった。
厳しい稽古に耐えかね、屋敷から逃げ出しかけていた少女を見つけたのはサビエだった。
サビエは咎めることなく、血豆が潰れた小さな手を取って自分の部屋に招いて治療すると、主人に対して「自分が一人前に育てる」と進言したのだった・・・・・・
「そんな!では、最初から逃がすおつもりで・・・・・・!」
驚きに目を見張るルクシアを、サビエは見つめた。
「ルクシア殿。どうかエリス殿を、いえエリスを助けてやってくれませぬか?あの子は少々真っ直ぐすぎるところがある。言葉で精霊を動かせぬとなれば、剣にものいわせようとするでしょう。しかし、それでは命を落とすばかりだ。だから、もし決闘をしようなどと言い出したら、私の名前を出して止めていただきたいのです」
ルクシアは力強く頷いた。
「判りました!レイクス君のことでお世話になりましたし、私もお二人のために頑張ります!」
「ありがとうございます」
情が深いギルド長で良かった、と思いながらサビエは頭を下げた。
遠ざかっていくエリスの髪が風に靡くのを見つめながら、サビエは再び昔日に思いを馳せていた。
「じじ様、じじ様!」
と幼い彼女が、自分の後にくっついていたのが昨日のことのように思い出される。
そんな感傷に浸る自分を振り切るように首を振ると、
「さて、バカどもの相手を始めるとするか・・・・・・」
老執事はゴーマンたちの所へと踵を返した。




