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9 黒いカバ


 数年経って振り返ってみれば、俺と志緒里の少々ぎくしゃくしたままになった関係は、異性の小学校の同級生との関わりとしては、ごくありふれた話だったと思う。


 それでも、誕生日プレゼントの大失敗と、それを謝れなかった一件は、俺の中で尾を引いていた。もう、いくら鈍くさい俺だって、あれが、自分で気が付く前にうっかり終わってしまった苦い初恋だったのだ、とわかっていたから。


 祖父に頼まれて、週に二度もメゾン・ド・バーチの管理業務を手伝うことになった時には、今さら気にしても仕方ないと思いつつ、複雑な気分だったものだ。


 志緒里はまったく何も気にしていない様子で、すれ違えば「おはよ」とか「おつかれー」とか、気軽な挨拶を投げてよこした。だが、俺からの返事を待っているというわけでもなく、知り合いがいたから自然に挨拶をした、という風情で、拍子抜けした。


 それも、当然なのかもしれない、と思っていた。志緒里みたいに明るくて友だちの多い娘なら、いちいち、小学生時代のケンカとも言えないわずかな気まずさなど、覚えてさえいないだろうと思っていた。


 でも、それは間違いだったのだろう。俺の願望まじりの勝手な思い込みだったのだ。


 どう謝ったらいいのだろう。だが、もう先延ばしにすることはできなかった。

 俺は考えに考えた挙句、折り紙を一つ折った。消えない後悔を思い切って白状するには、なにか、背中を押してくれるきっかけが必要だった。


 ◇


「それにしてもさ、なあに、急に呼び出したりして」


 志緒里はにこっと微笑んで、たっぷり絞られたパフェの生クリームに柄の長いスプーンを差し込んだ。


「確かに、この期間限定の黒ぶどうパフェ、前を通るたびに気にはなってたんだよね。一人で食べに来るのもちょっとな、って思ってたからありがたいけど」


 駅前にニ年ほど前にできたファミレスは、ほどよくごった返していた。幸い、ざっと見渡す限り、知り合いはいない。


 俺は、ドリンクバーで注いできたブラックコーヒーを口に運びつつ、彼女の表情をうかがった。

 怒っている風でもない。緊張感も感じさせない。むしろ、ちょっと嬉しそうですらあって、こんな事情で向かい合っているんでもなければ、うっかり、これは脈ありかもしれないなんてくだらない勘違いをして浮かれてしまいかねない。名女優すぎるだろう、と思う。


 女子は怖い。


 幸か不幸か、俺はそんな悲しい勘違いをするほど能天気でもなければ、それが許される立場でもないと自覚はしていた。


「まず、そのパフェは無心に味わってほしいから、先に食べちゃって。おごるから」

「えー、ますます気になるじゃん。食べちゃって大丈夫? 後で、もう引き返せないとか言われるのは嫌だなあ。おごられるのって、理由が分かってからじゃないと怖くない?」


 軽口を叩きながらも、俺の言う通りに、志緒里はパフェを口に運んだ。ん-、おいしい! と足を小さくばたばたさせる仕草はごく自然だった。

 脈ありかもしれないなんて想像するほど図々しくはないが、妄想は自由だ。本当に志緒里が彼女で、これがデートだったら、どんなにいいだろう、と俺は現実逃避気味に考えた。


 『怖くない?』と言いながらも彼女が警戒心なくパフェをぱくついている理由が、俺に対して幼なじみとして一定の信頼を置いているからなのか、それとも、俺が呼びだしたきっかけや、パフェをおごると言った理由についてもう想像がついているからなのか、その表情からは読み取れそうになかった。


 気持ちよいスピードで食べ終わって、ドリンクバーの紅茶を前にした志緒里を前にして、俺は、腹をくくって切り出した。


「で、今日の本題なんだけど」


 志緒里が何か言う前に、先手を取らないと心が折れる。間髪入れず、テーブルに手をついて深く頭を下げた。


「ごめん、志緒里。謝っても、許されないかもしれないけど」

「え? え、ちょっと待って、アツ。ごめんって何?」


 鳩が豆鉄砲を食らったようにきょとんとした顔になった志緒里は、俺がバッグの中から出した折り紙カードの束を見て、真っ赤になった。

「ごめん、って、あの。……やっぱ、気が付いてたんだ。全然、アツ、何にも言わないから、空振りだったのかと。ごめん。私こそ急に」


 その目じりに涙が浮かぶ。

 ああ、やっぱり、志緒里はまだあの時のこと、気にしていたんだ。


「はっきり、自分で言わせてほしい」


 もう忘れてしまったのだろうと決めつけ、謝罪もしないでほったらかしにしていた自分を深く恥じつつ、俺は、自分が買った折り紙セットの黒い折り紙で折ったカバを差し出した。


「あのときの犯人は俺なんだ。樺田がクロでした」

「……は? ちょっと待って。黒って何? カバかわいいけど、え、待って。どういうこと」


 眉根を寄せて、彼女は怪訝そうな表情になった。

 次の志緒里の一言と、俺の一言は完全に同時に発せられて重なり合った。


「五年生の誕生日、プリズムを机に入れた犯人は俺ってこと」

「これって、告白に対しての、ごめんね付き合えない、の意味ってこと? なの?」



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