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『愛の塔』 一層目『狂愛』のネシス前編

『バベルリト大陸』南西、旧ガニアス地域。



『青い月』の光。

 点在する魔力放出口。

 それらが発火することで青い光が生まれていた。

 夜空と地上を挟む様に照らしているが、以前の世界の様な明るさには全く足りていない。

 青い光の中を歩く長身の男ラウルと小柄な少女エル。

『塔』の攻略による疲労で歩く速度は遅い。


 ラウルは歩きながら考える。

 ――世界は大きく変わっていない。

 魔具との契約。世界を変えた『塔』の存在。

 塔内で生活出来る者と出来ない者。

 この世界で幾つも存在する『塔』の一つが、先程、俺とエルで攻略されただけ。

 旅は続く。

 そして、今の俺達に必要なのは、安全に休息が取れる場所を探し、確保すること。

 俯き加減だった顔を上げ、遠くを見る。

 視線の先、丁度良さそうな場所を見つけた。

 振り向き、エルの顔を見る。

 視線が合い、俺は手で合図を送る。その意味が分かった少女が頷く。

 少し歩く速度が上がった。



『慟哭の塔』が在った場所から移動した俺達は、ようやくキャンプをするのに丁度良さそうな場所を見つけた。

 土地は相変わらず痩せているが、月光と地上からの光が当たっている。

 周囲を見渡し、『塔』に入れず、外の世界で生活している『持タザル者』からの襲撃を受け難いかを確認する。

 追いついたエルが隣に立ち、同じ様に確認している。

 

「ラウル様、此処なら周囲を見渡すことも出来ますし、もし襲撃されたとしても、少し離れた場所に遮蔽として利用出来そうな岩場もあります。この場所に決めますか?」


 適切な答えに反論は全く無かった。


「エルの言う通りだな、此処に決めよう」


 少女が可愛らしい笑みを浮かべ、いそいそとキャンプの準備を始めようとする。


「ちょっと待て、エル。いつも通りに全部準備しなくていい。一緒にしよう、な?」


 俺の言葉に、返す言葉を考えているエルの表情が珍しくコロコロと変わっている。

 あまり見ることが無い状況に、思わず凝視してしまう。

 エルが、俺の視線に気づく前に視線を逸らす。

 俺は、棒読みの様な声で「さてと、準備を始めるかな」と言う。

 逃げる様に歩き出した俺の手に、小さな力が加わる。

 視線を下げると、エルが微笑んでいた。

 伝わってくる小さな温もりに心が満たされていく。確認する様に握り返すと、エルの頬が赤く染まっていく。

 互いの気持ちを感じながら、俺達は再び歩き出した。




 二人でテントの準備を終え、エルは『束縛の箱』から料理必要な道具など出させている。

 エルの話では、次の『塔』内で補充出来るのならする、そのリスト表を作っている。

 俺の方は、少し広めな場所に立ち、握っている指輪を四つ投げた。

 地面に転がると同時に、特殊な魔具であるそれらは、淡い青い光を放ちながら分解されていく。

 銀色で、装飾など一切無い、ただ磨き上げられた指輪の中から現れたのは、水で出来た小さな球体。

 他にも同じモノが三つ。

 それらがゆっくりと割れ、地面を走る。

 四方向から中心に向かって集まり、衝突。その中心から魔力が波紋の様に広がり、しばらくして出来上がったのは温泉。

 立ち上る湯気を見ながら、近づき、手を入れると適温だった。

 

「エル、温泉の準備が出来た。食事の前に入ろう」


「分かりました。服も大分汚れてしまったので、洗濯出来る様に準備しておきました」


 テントの方を見ると、『束縛の箱』に似て、少しサイズの小さい物が立ててあった。上部の蓋が開けられており、側面にはエルの魔力光であるピンク色が明滅していた。

 テントの中で脱いだ俺の服が、『束縛の箱』から伸びたドレスを着た腕によって運ばれる。

 先に温泉へ向かった俺は、身体を入念に洗った後、中に入る。

 心地良い温度に思わず声が出そうになる。

 薬能があるお湯は独特な香りがあった。

 鼻腔を刺激する匂いと湯気の先、エルが身体を洗っている音がする。

 何度か一緒に入っているが、まだ慣れない。

 湯の中に入っているとはいえ、普段とは違う姿に色々と反応してしまう。

 無駄に深呼吸した後、空を見上げる。青い月が見える。

 遠くでエルが温泉に入る音がした。

 すぐにエルが近づいて来て、俺の横に並ぶ。そのまま頭を俺の肩に乗せる。


「温泉、気持ちいいですねラウル様……」


 言い終わると同時に聞こえた吐息に、俺の鼓動は高鳴る。

 行き場を無くして、水中で動いている手がエルに握られ、そのまま身体を預けて来る。

 大きな双丘の柔らかさに俺の理性は簡単に崩壊し、身体を入れ替え、抱き締める。

 口づけを交わし、名残惜しく繋がる唾液の糸が切れる前に、俺達は再び唇を重ねた。




 身体も心を癒された俺の口から満足した声が漏れる。

 先に温泉から出たエルが、白のフード付きの半袖上着とひざ丈のパンツを穿き、料理の準備をしていた。

 俺もそろそろ上がろうとすると、『束縛の箱』から伸びた腕が持っていたタオルと下着、エルと色違いの軽装を渡してきた。


「ありがとな。なあ、料理の準備はどうなっている? まだ俺が手伝うところはあるか?」

 一応聞いてみる。多分、何も残っていないと思うが――


 ドレスを着た腕が、何も無い、エルに全て任せればいい、ラウルは料理を沢山食べればいい、というジェスチャーとハンドサインを出す。


「エルの料理は俺の好みだし、自然と喰っちまう」


 以前の俺は大食いではなかったが、エルと旅を始めて、しばらくして明らかに量が増えた。

 更に、攻略する『塔』内で摂る食事と、エルの料理を比較してしまう。

 エルの料理の勝率は十割だった。


「ラウル様、料理の準備が出来ました」

 

「分かった、すぐに行く」


 身体を拭き、素早く下着を身に着け、軽装に身体を通す。

 エルが居る場所に着くと、愛用品の木の丸テーブル。

 その上には湯気が立ち、鼻腔を刺激するスパイスの香り。胃袋も同時に刺激され、食欲が先程以上に増していく。


「材料がもう少しあれば色々と工夫が出来たのですが……」

 悲しそうに言うエル。


「いやいや、十分過ぎる」


「時間も無かったし、『慟哭の塔』では補給は殆ど出来なかったんだ、気にすることはない」


 返答が本当に嬉しかったのか、満面の笑みで感謝の言葉を口にするエルが可愛く、抱きしめたくなった。


「ラウル様、料理が冷めないうちに食べましょう」


 エルの言葉を待っていたドレスを着た腕が、深皿の盛り付けを始める。

 皿を満たす赤味がかった煮込み料理だった。

 一口で食べるには丁度良いサイズにカットされた鶏肉と玉葱。赤味の元はトマトを大量に使われているからだった。

 味にコクを出すために使われたスパイスや乳製品、滋養強壮効果が野菜がすりおろさて入れてある。

 その隣には穀物を炊いた物が盛り付けられている。白く、噛むと甘い味がする、米という食べ物。

 以前に攻略した『塔』内で食べたトマトチキンカレーだった。

 その後エルが、俺の好みに改良し、美味さは倍増している。


「これ、好きなんだよ。滅茶苦茶腹が減ってきた!」


 椅子に座り、俺の前には全てが山盛りの皿。

 エルの前にはバランスが取れて盛られた皿。

 

「「いただきます」」


 俺のスプーンは暴力的に動き、山を切り崩す。

 全てを無くするまでには時間が掛からなかった。

 口内を中心に感じていた旨味と満足は、そこを中心にして全身へ広がり、満足の溜息が出た。

 それを見ていたエルが嬉しそうに微笑む。


「おかわりは沢山あります。ラウル様が満足するまで食べて下さい」


『束縛の箱』から出されたのは、大きな鍋を満たすトマトチキンカレーと大釜で炊かれて米。


「ははっ、まだ足りて無かったから嬉しいぜ」


 空になっていた皿が、時間が戻ったように盛り付けられている。

 再びスプーンが暴れる。二杯目もあっという間だった。



 俺の食事量に満足したエルが鼻歌を奏でながら片づけをしている。

 寝る準備をしている俺は、一つ気になることがあった。此処から少し離れた場所に在る、月の光と地上の光から見放された場所。

 どれだけの時間、あの闇に包まれているのかは分からないが、『魔具使い』の勘が働く。

 此処から離れる時、一度確認にしてもいいかもしれないな――

 片づけを終え、テントに近づいて来たエルが言う。


「ラウル様、あの場所が気になりますか?」


「エルもそう思っていたか」


「微弱なんだが、『塔』の気配がする。過去に攻略された『塔』の残骸があって、そう感じるだけかもしれないが、確認してもいいと思っている」


「そうですね、無視する必要は無いと思います」


「ラウル様が気になるということは、何かがあるに違いないです」


「気のせいかもしれないから、あんまり期待しないでくれ」


「過去に俺の勘が働いて回避出来た事があったが、エルも鋭いからな。二人とも何かを感じるということは、確実に何かあるだろうな。それが、良いモノか悪いモノかは分からないが……」

 

 明日、気になる所を見てから先へ進む約束をし、早めに就寝した。




 次の日、夜と変わらない明るさの中、俺達は簡単な朝食を済ませた後、テントを片づける。いつも通りの装備を始める。

 禁忌の魔獣の皮を使った限りなく黒に近いコート。

 その生地の中では黒い何かが動いていて、時折、獣の様な形を作る。

 数秒後にはその形は崩れてしまい、再び動きが落ち着く。その下にはフードが付いた深紅の服。

 コートと同じ素材のパンツの裾が、ベルトを何本も使った武骨なブーツに入れられ、その作業をする両手の指には、大きな指輪が二つずつ。

 白い肌と鈍い銀色の髪。

 少し長い前髪の隙間から除く青い瞳。

 高身長で筋肉質の身体。

 肩に担いだ大型剣。両刃の中央には魔獣と女剣士が戦っているレリーフ。

 柄の部分には、魔具『闘争の刃』の中心機関が存在している。魔力を流し込むことで回転速度が上がり、刃に様々な変化を起こす。


 白い肌と薄いピンク色の長い銀髪。

 眉毛の上でわずか揃えられた前髪の下には丸型の眼鏡。

 その奥には紫色の瞳。そして巨乳。

 純白のジャンパーミニスカートはウエストが絞られており、中心には二組の金色のボタンが等間隔に三段。

 下に着た純白のシャツの袖には大きなフリル。襟元は全体のバランスが取れる様フリル。全て止められたボタンの上には黒のリボン。

 黒と白のリボンが付いた光沢ある黒のオーバーニーソックスと黒の厚底パンプス。

 背中には魔具『束縛の箱』。黒塗りの長方形の箱は、見た目通りに重量がありそうだが、エルは全く気にしている様子は無い。この状態が自然といった感じだ。

 

 少し先で立つ俺が振り返ると、エルと視線が合う。

 それを合図に、「それじゃあ行くか」


「はい、ラウル様」


 言い終わると同時に、『束縛の箱』からドレスを着た女性の腕が出て来て、親指を立てる。

 いつも変わらない一日が始まった感が、俺には幸せだった。

 思わず口から出そうになる愛の言葉を飲み込み、歩き出す。

 しばらくすると、先程までいた場所で気づけなか物があった。

 それは破壊された魔具、防具、人骨らしき白い欠片。全てが古く、どれだけ経過したのか推測出来ない。点在する物に視線を合わせつつ、俺達は進んでいく。

 立ち止まり、目的地の周囲を見渡す。

 月の光と地上の光から見放された場所。

 そこに存在する物を見て、俺の勘が当たったと分かった。

『慟哭の塔』よりも低く、三層ぐらいの高さの『塔』。

 この高さが、本当の『塔』内部を確実に示していることは少ない。

 前方から見る限り、特別な装飾も無くシンプルな円柱の『塔』。または、本来は有ったが風化によって消失してしまった――

 どちらにしても、過去に見たことがないタイプだった。

 警戒心が強まる。

 少し後ろで立っているエルも同様で、周囲を警戒するエルの魔力を感じる。


「なあ、エル。俺達の予想が当たった時、その事を無視して行くとロクなことにならない確率は結構高いよな……」


「……その後、面倒事に必ず巻き込まれてしまいます」


「となると、無視せずにあの塔を調べた方がいいな」


「私もそう思います」


「『塔』が機能しているのか分からないが、素早く調べて先を急ごう」


「はい」


 俺達は気を引き締め直し、不気味な『塔』に向かって早足で歩き出す。



『塔』に近づくと闇の濃度が上がり、視界の悪い状態が続く。

 危険すぎる状態を改善する為に、俺は特殊な力を持つ指輪を前方に向けて投げる。

 着地と同時に俺の魔力と接続し、紫色の魔力光が立ち上る。

 闇を削りながら進んでいくと、この辺りの地面を覆っているモノの形状が変わってきた。

 何が細かくなって出来たのか分からないが、砂よりも粒が大きく、一歩進むと踝まで沈む。

 そのまま進み続けると、前方で新たに作られた魔力光で見えた『塔』の入り口。そして、この足場は入口まで続いていた。

 入口付近まで来ると堆積量が一気に増え、脛の辺りまで埋まる。

 足を上げ、歩を進めると、終着点の入り口手前に人骨が立っていた。

 その姿を見た瞬間、地面に覆っていたのは全て人骨の欠片と想像してしまう。

『闘争の魔具』の柄を握りしめ、人骨へゆっくりと近づいていく。

 もし、何かしらの攻撃を放たれても対応出来る距離で観察する。


 ――此処に来るまでに見たモノの中で一番劣化していないが、なんだ、この違和感――

 この人骨、白すぎないか――?

 この場に存在する以上、『塔』に全く関係していない訳ではないが、魔力を一切感じない。

 無視するか―― それとも納得するまで調べるか――


 迷いながらも近づいた瞬間だった。時間が戻る様に骨が肉を纏っていく。

 その光景に足が止まると同時に、攻撃を仕掛けようとする。

 だが、予想以上の速度で肉体が再生され、現れたのは美しい全裸の女性。

 その異様さに一瞬動きが止まってしまう。

 女性の胸を食い破る様に現れた魔力文字が刻まれた触手。

 地を這い、堆積物を巻き上げる。

 視界を奪われ、不意を突かれた俺達は触手に拘束され、小さな『塔』に向けて投げられた。

 浮遊する中で聞こえた言葉。


「私を、愛の呪縛から解き放って…… 此処は『愛の塔』」

 



 目を開き、周囲を見渡す。

 投げられたことで、着地を上手く取れるかどうか分からなかったが、地面を転がりながらも傷を負うことなく着地出来たようだ。

 エルの手を握っていることに気づき、近くに居てくれた事に安堵する。

 俺の動きに反応し、エルが目を覚ます。ズレた眼鏡を直し、低い姿勢のままで辺りを見渡す。

 

 二人で立ち上がり、「ラウル様……あの人骨だった者が言った『愛の塔』。此処を攻略しなくても出られるか試してみます」


 おそらく俺達が入って来た所まで行き、エルは周囲を見渡す。

ゆっくりと全身からピンク色の魔力を放出し、出口を探している。

 

 しばらくその姿を見ていると、様々な方向で繰り返していた魔力放出を止め、戻って来た。

 聞かなくても分かった。この『塔』を攻略しないと出られないという事が――


「ラウル様、すみません……。私の力では……」


「エル、気にしなくていい。まずこの層を攻略しよう」


「あと、分かればいいんだが、この『塔』が何層在るか分かるか?」


「それは調べました。この『塔』は三層です。少し他とタイプが違うようで、上層に『魔法陣』があります」


「珍しいタイプだな……。でも、層の数が三つなら『慟哭の塔』よりも早く攻略出来るな」


 エルが少し不安な表情をする。

「この『塔』は在り方が他と違いすぎます。他とは違うと考えて、作戦を練るべきだと思います。それから攻略を始めても良いと思います……」


 エルの意見はもっともだった。

しかし、後ろから圧倒的な魔力と暴風を生み続けながら、浮遊ではなく、空間を消しながら近づいて来る存在。

 信じることが嫌になる方法で距離を潰す敵に、作戦を考えているだけの余裕は無くなった。

 振り返る。視界に入った建物は全てが白色だった。

 縦横無尽に乱立する階段の柱。無意味ようで意味があるような奇妙な造形。

 それらの奥で存在する人物。

 俺とエルは無言で見続ける。

 巨大な長方形。神話に登場する神殿を歪めたようモノだった。


「エル……こうなってしまった以上はやるしかない。これから相手をする存在は全て二人掛かりで攻撃する、いいな」


「必ず約束を守ります」


 白く、歪な神殿に向かって歩いていく。

 奥に続く大きな階段の下に辿り着き、見上げる。

 先程までの暴風に含まれていた匂いはとは違い、爽やかな風が吹いて来る。

 清浄な森を感じる中、階段の中段付近、白い階段の染み様に存在している人物。

 

 眼帯を付け、ウェーブがかかった黒銀の長髪と褐色の肌。細められた目に存在する金色の瞳。ノースリーブの黒のロングドレスは至る所がほつれていて、美しさを失いつつあった。


 俺とエルは魔具を構える。

 相手も、更に鋭い視線を向けた。

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