『慟哭の塔』 終焉 四層目 真紅の鎧ルフライ
突然空に現れた存在に、俺達は一歩も動けない。
真紅の鎧の腕。本体が完全に現れていない状態なのに、凄まじい魔力を感じる。
動きを確認する、その少しの動きでも真紅の魔力光が放射され、俺達は吹き飛ばされそうになる。
――何だ? コイツは。
この存在も第四層の支配者なのか?
ネフュラの方を見ると、俺達と同様に空を見上げた状態で動かない。
マズい、この思考状態は。
とにかく冷静になれ。目の前で起きたことの理由は後でいい――
鎧の掌の辺りで再び強い魔力が生まれ、強い光が周囲を照らし始める。
光がゆっくりと収束され、先程まで何も無かった場所に長柄の斧が握られていた。
この状態から一体どんな攻撃が行われるのか――
そして、残りの身体は何処にある――
思考することが山積みの状態。
地鳴りの様に低い声で「我ノ名ハ、ルフライ」
「力ヲ示セ」
力――?
その言葉から連想されるのは、この層の支配者。
疑問の視線をネフュラに向けると、奴も、俺の方を見ていた。
その瞬間、分かってしまった。この状況を誰も想像していなかったと。
「エル」
「はい」
俺達は、先程の戦いで負った傷を癒すために、魔力割合を回復へ割く。
全ての魔力を使えれば早いが、何が起きても、ある程度は対応出来る状態でいないと致命的な結果を招く。
並んでルフライの動きを注視している中、俺達の横を通り過ぎる影。
ネフュラの後ろ姿。
その無謀な行動に思わず腕が伸びてしまうが、ネフュラを掴めない。
更に加速し、空から生える様に存在しているルフライを回り込む様に移動。
その動きは、俺が初手に考えた動きと同じだった。
この攻撃がどんな結果を迎えることによって、作戦の立て方が変わる。
ネフュラがフェイントを混ぜ合わせ、跳躍。
腕を最大限まで後ろへ引き、渾身の一撃を放とうとした瞬間、突風が起きる。
一回と錯覚してしまうほどに重なり合った強烈な風。
それによって俺達は吹き飛ばされてしまう。
エルの腕を瞬時に掴み、抱き締めながら転がっていく。
足で勢いを止め、握っている『闘争の刃』の切先を向ける。
左腕でエルを守り、膝立ち状態の俺は、事の結末を確認する。
ルフライは先程と同じ体勢でいる。
その後方で、構えたままの姿で落下していくネフュラ。
地面に叩き付けられると同時に、細かく切断された身体が衝撃によって散らばり、細かく分解され、風に舞って消えていった。
今の光景が自分達だった可能性に背筋が寒くなった。
あれだけ苦戦した相手を一瞬にして消し去れるだけの力。
それも腕でだけで――
本体が何処に存在している分からない状態で。
相手の未知数の力が、ルラとネフュラ以上に重く圧し掛かってくる。少しでも選択を間違えば死ぬ。
もう、躊躇っている暇はない。
俺が出せる力の全てを――出す。
『闘争の刃』に存在する魔獣と『グギア』をリンクさせると同時に、二匹の魔獣が互いの存在を許さない怒りの力がぶつかり合う。
その中心に俺の魔力を置き、魔獣に挟まれることで二つの強力な力が、身体を満たしていく。
傷が一気に回復し、更に身体能力が強化される。
魔獣の力によって自我が揺さぶられる。
破壊衝動と自身が獣になる肯定を押さえつける。
「エル、俺のサポートをしてくれ!」言い残すと同時に、その場から飛び出す。
「待って! ラウル様!」
エルの悲痛な言葉を耳に残し、加速する身体に合わせて『闘争の刃』を振るう。
『魔力刃』を纏わせた連撃を放つ。
複数ある斬撃の中には、ルフライの腕の動きを誘導する攻撃も含まれており、俺は狙いを定めた鎧との繋ぎ目に斬撃を落とす。
そのまま腕を斬り落とそうとするが、真紅の魔力光が吹き上がる。
その勢いで斬撃は弾き返されそうになる。防ぐために『魔力刃』を爆発させる。
爆風と魔力光が吹き上がる力は同じだった。
打ち消されることで、一瞬無防備になる。
ルフライの腕が動き、長柄の斧が振られる。
斧の先端が、連続する短い爆発音とピンク色の魔力光に包まれる。
『魔具 無垢な祈り』からの狙撃。間髪入れずに次は光線が放たれる。
周囲が一気に明るくなる。
エルからのサポートから、今度こそ鎧を斬ってやると魔力を刃に注ぎ込み、着地と同時に再度跳躍。撃ち落としの一撃を放つ。
唐突に爆発の様なモノが起き、『闘争の刃』が何かに受け止められた。腕に伝わる衝撃。視線の先で起きた変化に舌打ちが出る。
長柄の斧が長剣に変化していた。そのまま弾き飛ばされる。
着地と同時に放たれた連続突きが、身体に突き刺さる。
巨大な腕が握って遜色無い武器。その切先が身体を簡単に斬り裂く。
急所を避けたが、上半身と下半身が分かれてしまうぐらいの傷を負い、地面を転がっていく。
激痛と共に視界が真っ赤に染まる。
混濁する意識の中で、二匹の魔獣の魔力を更に解放。
続けて、その力を全て回復に充てる。切断面から魔力の光が溢れ、光同士が融合する。
光が収まると、身体は元に戻っていた。
魔獣の解放は維持する。
『闘争の刃』を覆う『魔力刃』の厚みが増す。
併せて、注ぎこまれる魔力量は通常よりも多く、濃度が上がる。
魔獣の力により、俺の四肢に影響が出始める。
人間の形からかけ離れて姿になった。
力を解放し過ぎたのか、意識が魔獣側に引きずられる。
目の前にいるルフライを最高の敵と考え始める。
そして、どちらが優れた魔獣か証明するかの様に、怒りと飽くなき殺戮本能を噴き上げる。
自我で抑え込める限界はとうに越えている。
それでも、意識を途切れさせるわけにはいかない。運良く、ルフライを破壊出来たとして、次に俺が狙うのは、エルだ――
視界に入るモノは全て破壊する。
この二匹の魔獣で共通している感情。
殺意で三分の一が浸食された視界。
そこに映ったのは、エルに向けて攻撃をしようとしている真紅の鎧。
咆哮。
「お前の相手は俺だ!!」
『闘争の刃』が何度も振り抜かれる。
放たれた『魔力刃』がルフライに激突し、連続して爆発する。
その力によって鎧の腕が移動していく。
目標を失ったルフライが、長柄の斧を構え直す。
距離が足りない。
両足に『魔力陣』。それを足場に一気に加速。
併せて、『魔力陣』を爆発させることで更に速度を上げる。
そのまま突撃横薙ぎを放つ。
轟音と共に敵が後方へ移動。
魔獣化が進んだ両足が地面を蹴り上げる。
爆砕する島の一部が空に舞い上がり、高速の突きが真紅の鎧を吹き飛ばす。
更なる追い打ち。
――この攻撃で破壊してやる!!
大型剣の『闘争の刃』に再び『魔力刃』が纏われ、激しい紫光を放つ。
真紅の鎧の手を中心に凄まじい魔力が集中する。
長柄の斧から長剣に変わる。
予想通りの動きに顔が、獣の様に歪む。
魔獣共の飽くなき殺戮本能が俺に伝わってくる。その喜びに共感出来た。
長剣が振られる。
素早く刀身に着地、その場から縦横無尽に斬撃を放つ。
一部を執拗に狙った攻撃によって、鎧に亀裂が入る。
肺を限界まで膨らませ、呼吸を止める。
両腕の筋肉が一気に膨らみ、剣を振るう力が強まる。
振り落とされた刀身によって亀裂が深まる。同時に噴き出す真紅の魔力。
全身を叩く力ある光を斬り裂くため、何度も剣を振るう。
魔獣共から力を引き出す。
もっと強い力を――
傷の痛みで止まらない身体の維持を――
鎧が破壊され、ついに穴が空く。
視線の先。真紅の魔力光が作る大河に向けて『闘争の刃』の切先を突き刺す。
刀身に宿していた『魔力刃』を全て流し込み、全てを重ねた一つの爆発を作り出す。
紫光の魔力が火山の様に噴き上がり、真紅の魔力がマグマの様に流れ出す。
その場から跳躍で離れ、島へ着地。
同時に呼吸を再開。獣の呼吸を繰り返す。横に気配。
地面を滑る様にエルが現れ、片膝立ちで『魔具 無垢な祈り』を構えている。
逆十字の銃器が魔力光で光っている。トリガーに向かって祈っているシスターは全て顔が浮かんでいる。最大の威力で放てる状態で維持している。
「エル、怪我はしていないか? 絶対に無理はするなよ」
「何を言っているのですか! 私よりも、ラウル様の方が酷い状態じゃないですか!」
「そんなに怒らなくても良いじゃないか。あれだけ魔力が流れ出しているんだ、ルフライもただじゃ済まないはずだ」
視線の先で起き始める現象に、考えが甘かったと思い知らされる。
流れ出していた魔力が止まる。
時間が戻る様に逆流する。同時に俺が作った穴も再生していく。
最悪だ――
あの傷を作るまでにどれだけの力を使ったと思ってるんだ――
クソが! このまま見過ごせば振り出しに戻る。
ついさっき長剣を利用した攻撃も、二度と使えなくなる可能性が高い――
敵の新たな隙を見つけるまでにどれだけ時間を消費するか――
考えたくもない。
魔獣共の力をこれ以上引き出すと、俺の身体は元に戻らない可能性もある。
奥歯を噛み締める。
――俺が諦めたら、エルはどうなる?
そんな現実は認めない。絶対に許さない。
俺がどうなろうと、エルだけは守る。絶対に――
ゆっくりと立ち上がる。
「絶対に無理はするな! その範囲で俺をサポートしてくれ」
『闘争の刃』に再び魔力を注ぐ。
両刃の中央には魔獣と女剣士が戦っているレリーフ。
柄の部分は『闘争の刃』の中心機関。注ぎ込まれた魔力によって高速回転が始まる。百合が絡み合った柄を握り締め、飛び出す。
「ラウル様、待って!! 話を聞いて下さい!」
ラウル様の後ろ姿を見て、エルは絶望のあまりその場に座り込んでしまう。
大切な人が消えてしまう――
私の命よりも価値があって、多くの人を救える可能性に満ちた人が――
世界よりも、ラウル様の命が重要。
私の存在価値はそこにある。それを奪う存在は絶対に許さない。
純粋な気持ちに隠された歪な思いが、私の身体を動かす原動力になる。
「絶対にラウル様を死なせない。こんなクソッタレの『塔』に、私の大切な人を奪わせない。私がブチ壊してやる!」
だが、どうすればあの鎧野郎を破壊出来る?
私の持つ魔具では決定的な何かを与えることは出来ない。
この場にある物を利用して――
ルラとネフュラが使っていた魔具があれば、攻撃を安定させ、消すことが出来た。
そうすればラウル様が有利に戦闘を進めることが出来る。
魔具が破壊されてもいいと考えれば、最大限に力を使い、奴ごと消し去ることが出来る――
――消す?
自分の言葉に引っ掛かりを感じた。
それが何なのか、気づくまでに長い時間は必要としなかった。
それにはルラとネフュラが――
この第四層の本当の支配者だったのかが重要になる。
「存在し、存在することが許されない道よ。正しき流れから拒絶の流れに。その力はこの世界に唯一存在し、権利無き者の通過は許さない。形よ、形よ、初めからある形の変化を。世界を貫く形に」
ゲートを作る詠唱。
強く願う。
あの二人がこの層に支配者であることに――
しばらくすると、『慟哭の塔』が存在する為にこの地に刻まれた『魔法陣』までのゲートが出来た。
「よし!! あのクソ女達も最後で役に立ったな!」
これならルフライを消し去ることが出来るはず。
あの現象に耐えられる存在なら、地上に出たと同時に逃げればいい――
出来上がったゲートに入る。
次第に落下速度が上がっていく。
その最中、背負っている魔具『束縛の箱』へ言う。
「最下層の『魔法陣』を守る雑魚は、お前に任せる。『魔具 無名1』と『魔具 無垢な祈り』があれば十分でしょ?」
顔の正面まで伸びて来たドレスを着た腕の手は親指を立てていた。
「私の邪魔をする奴は容赦なく殺せ。一匹たりとも近づけるな」
最下層に到達。
地下空間は殆どが闇で支配されている。
その中で、侵入者に気づいた存在が抱いた殺意が周囲に伝播。
数多の攻撃の意思が一気に向けられる中、少し離れた場所で、無音で回り続ける『魔法陣』を見つける。
生命力に満ち溢れた白い光を放ちながら左回転をしている。
よし――
無音で走り、近づいていく。
「魔法陣」の前でしゃがみ、触れる。
膨大な魔力によって手が弾かれる。だが、これはいつもの事。
舌打ち一つ、この世で一番大切な人が口癖にしている言葉をアレンジして言う。
「私と踊れ。あと、さっさと死ね」
エルが持つ特殊能力。
『魔法陣』にアクセスし、存在から消滅の動きに書き換える。
『塔』を攻略するには、この力を持つ存在が居なければ成立しない。
唯一の能力ではなく、『魔具使い』同様に世界で多く存在している。
能力の優劣は、いかに早く『魔法陣』の動きを書き換えられるかの一点。
その技術はある程度まで経験で上げることは出来るが、資質だけはどうにもならない。
私は恵まれていて、その資質があった。
『魔法陣』へ腕を伸ばす。
文字から突き上がる魔力が身体を突き抜ける。
微かな痛みの中で、両手を広げる。
全ての指に意識を集中し、私の魔力を注ぐ。
十の点が生まれ、『魔法陣』内で荒れ狂う魔力の中で動き始める。
規則正しい動きから、不規則な動きを繰り返す。
魔力の流れ、それを変える為に必要な流れを指から読み取っていく。これが私のやり方。
しばらくすると、『魔法陣』内の魔力の流れが分かってきた。
存在する以上は必ずある部分。人間で言えば急所。それに触れられない様に守るシステムがある。
ここを突破するため、指先の魔力を腕へ伸ばしていく。
本来ならもう少し時間を掛けて『魔法陣』内を探る。しかし、今は時間が無い。
私は強引に防御システムを破壊するために、右腕を突き刺す。
既に警戒をしていた『魔法陣』側が攻撃を始める。
腕を魔力で防御しているが、巨大な針の様な形に変えた魔力に突き刺され、中で返しが出来る。簡単に抜けない様に変化する。
激痛に顔が歪んでしまう。
後ろでは、私に向かって迫って来る雑魚どもを『束縛の箱』が正確に射撃し、近づく相手は斬り裂いている。
魔力の針を破壊するため、別の流れで魔力を流す。
私の魔力が激突。衝撃による破壊に併せて分解。同時に針が消える。
素早く左腕を突き刺し、確認出来ている防御システムの五つの内、二つを破壊。
左腕を更に奥深く入れ、五指の先から『魔法陣』の動きを変えるプログラムを流し込む。
私の魔力に反発する『魔法陣』動きが激しくなる。
大量の魔力針を生み出し、私に向かって発射。
視界内で見えるその数に恐怖する。
逃げるわけにはいかない――
身体を守るように魔力を放出。半数は激突と共に消滅。
だが、残りが弱くなった部分を突き破り、身体に突き刺さる。
中から焼かれる痛みに視界が明滅する。
意識が途切れそうになるのを必死に耐え、魔力配分を変更。
回復の割合を増やしつつ、限界まで魔力を放出。
これ以上時間を掛けられない! ここで決める!
『魔法陣』の中へ突っ込む。
圧し潰して来る魔力を両腕で斬り裂きながら走る。突き刺さっている魔力の針が折れて、吹き飛ばされていく。
速く、もっと速く――
「これで終わりだぁ!!」
両腕を『魔法陣』の中心に突き刺し、一気に魔力を放出。
残っていた防御システムが破壊され、瞬時に変更プログラムを流し込む。
ピンク色の魔力光が『魔法陣』から噴き上がる。
構成されているモノ全てが、私の魔力光で輝く。
次の瞬間、暗闇になる。しばらくすると、再び白い光が放たれるが、先程と違い、濁った光だった。逆回転し始める『魔法陣』を見て、私は安堵する。
――やった。これで準備完了だ。
魔力で身体を回復させながら中から出る。
『魔法陣』の外へ置いた『束縛の箱』は二つの魔具を構えた状態で止まっている。
攻撃していただろう先には何もいない。
私に気づいたことで、魔具を仕舞うと、親指を立てた状態で戻って来る。
「ラウル様の所に戻るぞ」言い終わると同時に背負い、ゲートに戻る。
四層に戻り、そこで見た光景に私は絶望した。
ルフライと戦っている最中、エルがゲートを作って最下層の『魔法陣』がある場所に、行ったのは分かった。
今まで攻略した『塔』の中で、最下層に危険な存在が居たこともあった。
だから心配だった。エルに何かあったら――
「エル、無事だったか……」
「ラウル様……その、身体……」
エルが泣いている。
その理由は分かっている。大分身体がボロボロになっているからな――
二匹の魔獣の力を使い過ぎたせいで、四肢が完全に魔獣と同化し、その変化が身体の中心に向かって続いている。このまま力を使い続ければ戻れなくなるレベルまできていた。
それだけのリスクを背負いながらも、ルフライの傷は浅い。
このまま戦い続けても勝機は無いに近い。
『闘争の刃』を支えにして膝立ちしている状態で、空に浮かぶルフライの長柄の斧が再び構えられる姿を見る。
立ち上がろうとするが体勢を崩してしまう。
エルに支えられ、何とか転倒せず済んだ。
視線の先、あの化け物をどうにかしない限り、俺達は助からない。
そして、この場から逃げることは不可能だ。それを簡単に許す相手ではない事は先程までの戦いでよく分かった。
「ラウル様、この『塔』の層を全て繋ぐゲートは完成しています」
「あの化け物を倒すのは難しいです。もし、アイツがこの『塔』に本当に関係している存在だったとしたら、私は『魔法陣』まで辿り着けていません」
エルが、俺に何を伝えたいのかが分かった。
そして、これから何をしようとしているのかも。
地響きがする。この音は何度も聞いたことがある。
ルフライを、『塔』を攻略した事で起きる巻き戻りの力で消し去る。
俺は、エルの顔を見る。
「それしか方法が無いな」
二匹の魔獣の力を再び封印し、俺の身体は人間の形に戻る。
所々で肉が裂け、骨が見えている部分がある。
元の身体に戻ったことで感じることが少なかった痛みが襲ってくる。魔力で傷を癒しながら、握っている『闘争の刃』をゆっくりと持ち上げる。
腹の底から声を出す。
「おい! この一撃でお前を破壊する!」
『闘争の刃』の刀身に輝く『魔力刃』が纏っていく。
それは何重にもなり、凄まじい光量で周囲を照らす。
この光景がルフライにどう映っているかは分からない。
真偽は過去の行動で決まる。
咆哮と共に大型剣を振るう。
一際激しく紫光放ちながらルフライに向かって飛んでいく。
飛翔物が激突すると同時に、『束縛の箱』から伸びた腕が指輪を投げる。
その数個が時間差で爆発。
空に紫光とピンク色の光の塊を作る。
見た目ばかりで攻撃力が低く、魔力消費は少ない。
身体の傷は再生と回復が進んだ。
俺達は素早く踵を返し、全力でゲートに向かって走る。
背後を照らす光が次第に弱くなっている。
マズい―― このままだと間に合わない。
隣を走るエルを抱え、加速する。
一切振り向かない。その動きで少しでも速度を落とさない。
ゲートの中へ滑り込む。
入ると同時に上昇する。
一瞬見えたルフライの姿に肝を冷やすが、俺達が上層へ近づくことで『塔』の巻き戻りが始まる。
このまま作戦通りにいけば、あの化け物を消滅させることが出来る。
三層を通過。
二層に入った時、突然、突き上げられる衝撃で俺とエルは体勢を崩す。
急いで下を覗くと漏斗状になった『塔』の中心、ルフライが投擲した長柄の斧を受け取り、再び投擲しようとしている姿だった。
巻き戻しから逆流する形で上って来る化け物を見て、俺はゲートから出て再び『魔力刃』を放とうとする。その身体をエルによって掴まれる。
「駄目です! 今、ゲートから出てしまったらラウル様でも戻って来るのは不可能です。私が何とかします」
全身から魔力光が立ち上り、眉根が寄る。
苦痛の表情を浮かべていると、傷ついたゲートが瞬時に修復され、俺達が上昇する速度が一気に上がる。
追跡者との距離が生まれ、視線の先、小さく見えた姿が消えた。
加速したまま一層まで来た俺達は、その勢いのまま『慟哭の塔』を飛び出し、地面に転がる。
ゆっくりと速度が落ち、回転が止まる。
抱き締めていたエルを離し、二人で立ち上がる。
『塔』は地面に飲み込まれていく。
最後に『塔』の翼が折れ、噴き上がる魔力によって粉砕され、共に吸い込まれていった。
その音が、様々な生き物が発する悲痛な叫びに声に聞こえた。
ようやく『慟哭の塔』を攻略出来た。
そう思ったら身体の力が抜け、その場に座り込んでしまう。
エルも同じだった様で座っていた。
「疲れたな……」
「はい、少し休みたいですね……」
「お疲れのところすみません~」
緊張感が無く、全く空気が読めていない男の声が頭上から落ちて来た。
声の主は知っている。
「ザバ、何の用だ?」
「久しぶりの再会なのに辛辣な言葉をありがとう~」
「用件は何ですか?」
「エルちゃんも相変わらずことで~」
「僕が来るってことはいつもの情報提供ってことだよ~」
「此処から少し進んだ所にある『塔』を攻略してほしい。組織としてはね~この辺りで君達より腕が立つ『魔具使い』はいないからね~」
「二人ともお願いね」
「僕からはこれだけ、今度三人で食事をしよう。エルちゃんの料理を囲みながらさ。材料と最高の酒は、僕が準備するから~」
俺は振り返り、ザバの姿を見る。
ボサボサの癖毛。
その下に隠れている端正な顔。
左右不均等の形をした眼鏡。
群青色の制服を自分なり着崩している。ボタンを全て外し、その下に着ている白いシャツのボタンも適当に止めている程度。
胸のタトゥーは二人の少女が笑顔を浮かべているデザインだが、どんな仕組みになっているのかは分からないが、腐敗と再生を繰り返している。
身体の周囲を一定の速度で回り続ける小さな檻。
ザバが使う『魔具』だった。
常に裸足で、少し地面から浮いている状態。
こんな奴が組織の一員と言われても信用されない。
見た目の異様さが上回る。
だが、組織内でのザバの立ち位置は上の方で、独断で決め、命令出来るだけの権限を持っている。
「組織の連中はそれしか言っていないのか?」
「組織も君達だけを頼りにしている訳ではないからね~有能な人材には有益な情報と待遇を。それを提供するのは当たり前の事だよ」
手をヒラヒラと振りながら、その場から離れていく。
「ラウル様、あの男の言う通りに指定された『塔』へ向かいますか?」
「この辺りで俺達が適任なら行った方がいいだろう」
「あと、今回の『慟哭の塔』で分かったが、イレギュラーが起こる可能性が高い。それなら早めに経験値を増やした方がいい。いちいち命令されるのは苛立つけどな」
「情報収集を更に強くすると、『塔』攻略に移るまでに時間が掛かりますからね」
「独自の情報網を作っていく方が良いかもしれません」
「そうだな……」
「さてと、少し移動して何処かでキャンプをしよう。身体を癒してから次へ向かおう」
エルに手を伸ばす。
見上げていたエルの表情が柔らかい笑みを浮かべ、俺の手を掴む。
伝わってくる小さな温もりに安堵する。
本当に無事で良かった――
「分かりました、ラウル様」
浮遊する檻の中に手を突っ込み何かを操作している男。
「お疲れ様です、ザバです」
「あの『塔』から彼女と近似する力が確認されました」
「『慟哭の塔』がどの様な繋がりを持っていたかは分かりませんが、『母なる塔』を攻略した伝説の女性に関係するモノが在ったということは間違いありません」
「……そうですね」
「彼らが関わる所に彼女の形跡があります。偶然なのか、彼らが行くことでソレが生まれるのか、今の時点では分かりませんが」
「それは伝えておきました」
「彼ら以外にも有能な『魔具使い』が周辺に居ますが、彼らが関わることで、事が起きるのか……アナタが知りたい事は……、はい、口が過ぎました。すみません。最後に一つだけ」
「アナタはそれを知る権利があると思います。あの日の出来事を知っている人なのですから」
「僕も……」
「興味があります。会ってみたいです、その女性に」