『慟哭の塔』 二層目 ラウル編『黒爪』のヴァガリウム・『右手』のガラン前編
エルと別れた時間まで戻る。
エルが、俺から離れて落下していくのを再度見る。
周囲を素早く確認、エルに対するこれ以上の追撃は無いようだ。
意識を建物へ戻す。視線の先、俺を見て再度攻撃を仕掛けようとしている。
『闘争の刃』を振り上げ、『魔力刃』を飛ばす。
屋上に激突する前、新たな『魔力刃』作り、放つ。
連続で放たれた攻撃で吹き飛ばされる人。その中心、紫色の『魔力光』が空を貫く様に噴き上がる。
屋上の手摺を破壊して落下する者。
衝撃波によって吹き飛ばれ、落下する者。その中心に着地、右腕を振るう。
両刃、中央で魔獣と女剣士が戦っているレリーフ。
柄の部分、『闘争の刃』の中心機関に魔力が流れ込み、紫の光が吹き上がる。
『魔力光』の残光と共に敵が真一文字に斬り裂かれ、吹き飛ばされる。そのまま百合が絡み合って出来た柄を強く握り締め、縦の軌道で振り落とす。
上下から挟み込む様に攻撃を仕掛けていた敵が、脳漿と血、内臓を撒き散らしながら身体の勢いを殺せず加速したまま転がっていく。
先に斬り殺した奴等の内臓と血に交じり、屋上は濃厚な血の匂い。
夜風が吹いても纏わり着く粘着質の空気。
それを斬り裂く様に新たな敵が現れる。
上下黒で統一した身なりの良い恰好をした連中。
先程のチンピラとは違い、組織に属している雰囲気がある。俺に撃って来た武器をコンパクトにした物を持ち、一定の距離を取って撃つ。
それらを撃ち落とす俺に対し、追撃する敵の手には大型剣。
だが、魔具でない以上、脅威になることは無い。全ての攻撃を回避、もしくはカウンターを放つ。
敵からすれば俺の動きが全く見えてない。
驚愕の表情の後、自分の身体が斬り裂かれ、重心を失い、倒れ、意識を失うまでの間、何が起きたのかと考えている顔で停止していく。
連射された飛翔物を全て搔い潜り、順に頭部へ蹴りを放つ。
ベルトを何本も使った武骨なブーツに収まっている筋肉質の足によって破砕。
脳漿をブチ撒きながら倒れていく敵。数人が脳と血の溜まりに倒れた状態。それでも攻撃を続ける男達に対し、『闘争の刃』を構え、その場から飛び出す。
『魔力刃』を纏わせ、男達の中心を通り抜ける。
地上に居た男達は方向転換しようと足に力を入れた途端、身体が四分割になり、血と内臓を撒き散らしながら転がっていく。
周囲には同じ様な死体が転がり、宙では、『魔力刃』で斬り裂かれた複数の敵が、紫色の光を放ちながら爆裂。そのまま落下していく。
周囲を見渡す。
この屋上に居た敵は全て片付けたな――
これ以上の邪魔が入らない内に移動だ。
早くエルの所に行かないと――
俺から離れると、アイツは自分の中で封印している過去の性格が出て来る。
それを嫌がっているのが分かる。極力離れず、俺がメインの戦闘をしないと――
建物から移動しようとした時、人の気配を感じた。
またか――
と思った時、屋上の出入り口から人が現れた。その三人は明らかに先程殺した敵とは雰囲気が違う。
新しい死体と同じ様に身なりは似ているが、質の違いが遠くからでも分かる。
黒の上下の中には血の様な色のシャツ。長い黒髪をオールバックにした細身の男。
その横には屈強な男が二人。
組織のボスと思われる男の横に立っていても無礼にならい清潔感のある服装。
ただ、異様なモノが二つあった。
男の手には鎖が握られていた。その先には拘束具を付けた少年が四つん這いになり、口を塞がれ、両目を黒い布で覆われた状態でいた。
真ん中の男が少し高い声で言う。
「『魔具使い』は流石だな。あの程度の戦闘員では僅かな傷すらつけられないか」
オールバックにした髪を一度撫でる。
「この二層に『魔具使い』が来たのは久しぶりだ。さて、遠回しの会話は面倒だ、お前が使う魔具を奪わせてもらう」
二層に来た――?
一層を無視して二層に直接――?
「おい、お前の話は興味深いがこっちにも予定があるから手短に質問に答えろ」
「以前に此処に来た『魔具使い』はどうした? その『魔具使い』がどうして一層を無視して二層に来ることが出来たのか、その方法を聞いたか?」
細身の男は髪を再度撫で、肩を竦める。
「そんな会話は必要か? 俺の考えからは全くもって意味の無い行為だ」
「俺は魔具が欲しい。そして魔具を知りたい。その為だけに時間を使うのは当たり前だ。この層に魔具が現れれば、それを奪う。シンプルで一切の無駄が無い」
俺を見る目には強い信念が籠っていた。
それと同じく存在する狂気。会話の中で交差する二つの感情の高ぶりに隣に立つ男達の表情が引き攣る。
「物事はシンプルがいい。俺もそう思うぜ。だから簡単に殺されたからって文句を言うなよ、クソ野郎」
「ははっ、まだ餓鬼の分際でよく言う。お前がこの塔以外でどれだけの修羅場を潜り抜けてきたかは分からないが、死ぬ可能性を考慮出来ていない分、お前は未熟だ」
「言うね」
「この層でしか権力を持たないお前言われたくないな。俺の見立てだと、此処から出たお前はあっという間に殺される。塔内で良い生活をしていたという恨みも併せて、惨たらしく殺されるな」
「助けを求めても誰も救いの手は貸さない。生きたまま四肢を千切られ、内臓を引きずり出され、喰われる激痛にどれだけ耐えられるか」
俺の殺意と男の殺意がぶつかり合う。
横の男が話し掛ける。
「ボス、此処は私達が……」
予想通り、会話していた男はこの組織のボスのようだ。
さあ、どう動く――
ボスは話し掛けた男を制する様に手を上げた後、俺の方を再び見る。
「俺は、自分がこの組織の頂点に居る間に、二度と『魔具使い』が現れないと思っていた。だが、運良くお前達が現れた」
その声は全てに確信を持ち、自信に満ち溢れている。
「この二層で魔具との契約があっても非常に力が弱い物ばかり……」
「何故そんな事が起きているのを知るのと同時に、強い『魔具』をこの層に出現させられる条件を知る為にも、色々と準備が必要。という事で、お前の力を試させてもらう。もし、我々が不利になった場合は、お前と一緒に来た『魔具使い』を利用させてもらう」
言い終わると同時にボスはその場で跳躍。無音で上空に待機していた小型飛行機の機体に掴まる。そのまま去っていく。
ボスの靴に仕込まれている魔力の残光を見ながら、俺は舌打ちをする。
「で、だ。お前達は俺と殺り合うつもりなのか? その辺で肉塊になっている連中よりも、そこそこ出来る方には見えるが」
一気にカタを付けてエルを迎えに行かないと――
逃げたクソ野郎は、次に会ったら一拍入れずに斬り殺す。
ボスがこの場から離れた事で、屈強な男が近づいてくる。
二人とも肌が黒く、右は短い金髪を立たせて、左は編み込んだ髪を後ろに一つで纏めていた。
互いが両目を囲む様にタトゥーが入っている。
持っている鎖を軽く振ると、拘束具を付けた少年が、二人に遅れないように動き出す。
「ボスの為に早く死ね」「お前如きがボスの時間を使うな」
無駄な感情を全て捨てた低音の声。
「言うね、飼い犬の分際で。お前等の感想なんて聞きたくねーんだよ。さっさと掛かって来い」
『闘争の刃』の切先を一つ揺らす。これが合図になり、俺はその場から飛び出す。
二人の男も、俺が動くのと同時に距離を潰す。
握っている鎖を俺に向かって振り下ろす。
同時に長さが変わり、その先端が俺を襲う。
意外性、速度、どれを取っても普通以下の攻撃。
『闘争の刃』を使って攻撃を防ぐ必要が無い。わずかに身体を倒し、そのまま攻撃を放つ―― つもりだった。
視界情報の減少に脳内で警報が鳴る。
露出している部分の肌から感じる空気の流れ、死角に意識を向ける。
次の瞬間、右から左と頭を素早く動かす。視線が捉えたのは拘束具を付けた少年。口、両目を塞がれているのにその奥の歪んだ笑みが分かるぐらい表情筋が吊り上がっている。
「チッ!!」大きな舌打ちが出る。
俺の反応に二人の男がニヤリと笑う。
少年二人は抱き着く様に迫って来る。
その姿を見て、俺は体重移動。素早く殴り飛ばし、隙を狙った男二人の攻撃を回避すると見せかけ、一人を狙った攻撃を放つシミュレーションをする。
この手の戦い方をする奴等は、一度体勢を崩されると立て直しに時間が掛かる。
単体で戦うことに慣れている奴が、突然組まされて戦うと、どうにも普段と同じ力が出せないと同じで、抜けた穴を埋めるには時間が掛かる。
その時間を使えば簡単に敵を殺すことが出来る――
考え終わった時だった。二人の少年が、俺に抱き着く近距離で爆発した。
何!?
視界に広がる光と衝撃。血と肉片が身体を打つ。
驚愕の中、俺は目を開く。
顔に付いた血を手で乱暴に拭い取り、鎖を持つ二人の男を睨む。
相手は、俺の方を見て表情が固まっている。
また勝手に出て来たか――
上着の背中から突然生える様に現れたのは、黒い獣の両腕。太く、鋭い爪を両手で何かを確かめる様に開閉する。
俺は、その獣に向かって命令する。
――『グギア』! 戻れ。
誰が出て来いと言った。勝手なことをするな!
その命令に封じ込められている魔獣は無言で腕を戻す。
背中から魔獣の腕が消えたことで一瞬安心した表情をする敵に言う。
「お前ら、何を安心しているんだ? さっさと掛かって来い。今度は、不意打ちは通用しねぇぞ」
「それは我々も同じだ」
「勘違いしないでほしい。この層は力が全て。それが無ければ権利は奪われる。失った者が行き着く先は奴隷だ。組織にとって都合が良い、欲望を捌け口には丁度良い、そんな存在は多くいる。こんな風にな」
再び男二人がチェーンを振る。
先端に薄暗い魔力光が灯り、空間が歪む。中から、生臭い匂いと共に拘束具を付けた少年二人が現れた。
四つん這いの状態で、飼い主である男の足元に近づき、静かに座る。
「力ある者が存在価値を決める」言い終わると、少年の尻を軽く蹴る。
「変態の連中に飼われ、身体中を改造された男娼。お前達にとって救いは死しかない。死ぬチャンスを生かせ」
座っていた少年らが動き出し、そのまま獣の様な動きで迫って来る。
死ぬチャンスを得られた。この世界からようやく逃げられる手段を見つけ、希望である俺に向かって叫ぶ。
「ぐうんぁあああああああ!」
少年が出すような声ではなかった。
意味ある言葉では無い。
それでも、咆哮に隠された様々な感情が鼓膜を揺らしながら脳内に染み込んでくる。反吐が出そうだ。
俺は動きを止める。
空気を裂く音が響く。
絶望からようやく解き放たれる。
日常の苦しみを忘れるために閉じ込めていた意識が浮かび上がり、年相応の表情になりながら二人の少年は、四つに斬られ、俺の後方へ飛んでいく。
そのまま爆発。
両刃の大型剣の切先がゆっくりと床に付く。
再び離れると同時に飛び出す。
そのまま、男の一人の両足を横一文字に斬る。
剣を返し、急停止からの振り上げ、そのまま叩き落す。
間一髪のところで、少し離れていたに立っていた男がチェーンを横に張り、俺の攻撃を受け止める。
しかし、圧倒的な魔力差により鎖が切断されると判断し、転がっている相棒の男を踵で蹴り、後方へ逃がす。
距離を作る前に、斬られた男はチェーンを使い、切断された両足を回収。
巻き付いた物が魔力光を放ち、切断面に近づけると再生が始まる。
先程感じた少年の感情が、俺の心を殺意で満たす。
この組織は必ず潰す。どうせ塔が消える時には全てが無くなるが、それでも俺とエルがこの塔を攻略するまでの間は普通に過ごせるようにしたい。
ただのエゴだが――
心が凍てついていく。
最速で無駄なく、そして憎む相手には激痛と絶望を与えてやる。
先程の攻撃を受け止めた男が、体勢を整え、腕を振るう。
魔力光を放つ鎖が強度を上げ迫ってくる。
どれだけ魔力で強化しようとも、攻撃速度が変わらなければ意味が無い。
それぐらい、ついさっきの出来事で分かるはず――
遅すぎる攻撃を避け、必殺の一撃を放とうとした時だった。
避けた得物の先、チェーンの先端がある空間が歪む。視界の中に現れたのは三人の少年。
愛する人が目の前にいる。
その嬉しさが隠せない、年相応の笑みを浮かべて爆発した。
「クソがぁ!!」
『闘争の刃』に魔力を注ぎ、『魔力刃』を瞬時に作り上げ盾にする。
二つの爆風は防げたが、もう一人の少年がタイミングをずらして爆発。
直撃するはずの爆発が防がれる。再び現れた『グギア』の腕だった。その事実に苛立ちが増す。
エルと出会う前に倒した禁忌の魔獣『グギア』。
特殊な皮の中に封印している。主人の危険に反応して姿を現すが、俺にとっては問題がある。
契約した『魔具 闘争の刃』の中にも魔獣がいる。
普段は俺の魔力でその力を限定して使用しているが、『グギア』の活動が魔獣を刺激する。
その影響で俺が必要以上に魔力を使用することになり、攻撃、防御に関しての魔力配分が不安定になる。
魔具の力を解放すれば、この状況など瞬時に終わらせられる。
この建物ごと消し飛ばすことだって可能だ。
しかし、それはだけは絶対に出来ない――
『グギア』の腕によって爆風を防ぎ、元に戻れと命令する。
そのまま俺は、敵に向かって疾駆する。先程とよりも伸びたチェーンにより、多方向で空間が歪み、先程以上の少年が現れる。
連続で爆発。
『魔力刃』の盾で衝撃を防ぎつつ、視界の端から爆風を抜けて二人の男が迫ってくる。
足場にしていた少年の首に鎖を巻き付け、後方に投げると同時に爆発。
爆風を加速剤に利用し加速してくる。
短い金髪の男と編み込んだ髪の男が勝ち誇った笑みを浮かべる。両目を囲むタトゥーが歪む。
左右から迫って来る二人の腕を振られ、チェーンの先端が『闘争の刃』触れる瞬間、それが突然戻される。
男の正面、少し戻された位置で再度空間が歪む。
二つの鎖の先端から必殺の一撃が放たれる。
俺の視界に広がる少年の群れ。その数から推測出来る爆発の破壊力。『闘争の刃』の切先を、少年らの後ろに居る二人へ向ける。
次の瞬間、一気に爆発。
凄まじい衝撃で破壊された建物の破片が爆風で吹き飛ばされ、全身に激突。
度重なる爆発によって屋上の床が崩落。瓦礫と、残っている少年らが爆発することで階下の天井も崩れていく。
落下を続け、地下空間に到達。埃と瓦礫が舞う中、金髪の男の胸から大剣の切先が突き出ている。
その事実に納得出来ない表情で振り返る男に対し、俺は言う。
「お前達の攻撃は単調すぎるんだよ。何か選ばれた存在の気になっているかもしれないが、俺からすればお前達は雑魚だ」
「いや、ゴミ以下だ。飼い主からおもちゃを与えられて喜んでる馬鹿だな。目障りだからさっさと死ね」
上半身を斬り裂き、引き抜いた大剣を脳天に落とす。
頭蓋骨を破壊され、脳漿を撒き散らし、絶命する。何が起きた驚愕しているもう一人の男に急接近、そのまま剣を振り抜く。
『闘争の刃』を追うように首が飛ぶ。
空いた手で叩き落し、転がる頭部に向けて足を落とす。
踏み潰された頭から眼球と脳が噴き出した。
ゆっくりと周囲を見渡す、爆発することなくその場で止まっている少年ら。命令を待つ姿に苛立ちを覚える。
適当に、此処から消えろと言おうとした時だった。
地下空間の奥から魔力の反応。その方向を見た時、照明の光が届かない暗闇から何かが伸び、少年らを吹き飛ばす。
床を転がる少年らが止まると、再び動くことはなかった。
「あの二人を簡単に倒すとは口だけでは無かったようだな。まあ、お前がさっき言った通りにゴミ以下の部下に必要な期待はしていないが。早速だが、今度はコイツと戦ってもらう」
屋上から去ったボスの声だった。
視線は魔力を感じた方向から離れていない。そこに何がいるのか分からない以上、油断は出来ない。
光が届いていなかった闇を、新たに点灯した照明によって削り取られていく。
そこに居たのは奇妙な存在だった。
身体の大きさが普通の人間の三倍はあった。
筋骨隆々で腰には獣の皮が巻き付いている。巨大なネックレスのペンダントトップは、顔が半分崩れた男が彫金されている。
顔には面が付けられ、額部分に小さな角が乱立し、その下には細く切り開かれた両目と口。
それは唐突に動き出し、壁に頭をぶつけ始める。
衝撃が部屋中に伝わる中、「その男と戦え。お前が此処から出るにはそれしかない」
高圧的なボスの声が地下空間に響く。
――コイツ、魔具の力を感じるが何かが違う。
「こいつは『黒爪』のヴァガリウム。我々が作り上げた『魔具使い』だ。お前が勝てば組織として対抗する力は無いに等しい。此処でお前が殺され、新しい魔具を手に入れられることを期待しながら見させてもらう」
音源に向けて『魔力刃』を投擲。壁が崩れ、中から機械が落下する。
その音で動きを止めたヴァガリウムがゆっくりとこちらを向く。
「デカブツ、壁に頭を打ち付けても賢くはならないぜ。それとも死にたいのか? それなら俺が殺してやる。早くかかって来い」