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『慟哭の塔』 二層目 エル編『黒爪』のヴァガリウム・『右手』のガラン

 俺とエルは抱き合いながら第一層と第二層の境界に到達した事を感じる。

 身体をゆっくりと反転させ、俺の両足でそれを貫く。

 破壊と同時にゲートが形成され、エルの魔法陣の形で固定された。これで、俺達が自由に行き来き出来る道が完成した。


「エル見てみろ」


 俺の身体に顔を埋めていたエルが見下ろす「え……?」


 第一層の『灯の島』と同じ形をしているが、空は暗く、夜に近い空だった。

 遠くから見ているので全てが分かる訳ではない。

 しかし、繁華街から漏れている極彩色の電飾から良いイメージを受けない。その他の場所は灯りが少なく、生活感が低く見える。

 その中でも、繁華街の中心に存在する数棟は高さもあり、複数ある窓から光が漏れている。

 足元から放たれる光と違い、クリーンなイメージを感じる。まるで、この島での権力者のみが住める、そんな雰囲気が強烈に伝わってくる。


 魔具の『闘争の刃』を上に構え、魔力を注いでいく。

 魔力で刃を作り、それが剣を覆っていく。出来上がった『魔力刃』への魔力を調整し、形を変えながら広げていく。

 徐々に空気抵抗が生まれ、落下速度が落ちていく。更に調整を加え、繁華街近くに着地出来るようにする。


「ラウル様、着地した後の行動はどうしますか?」

下品な光で装飾された街を見つめながらエルが言う。


 距離が相当にあるのにバカ騒ぎをしている声が聞こえて来る。

 怒声、悲鳴、大笑い、様々な感情が渦を作り、その中心から空を突き破るように、一つとなった思いが吹き上がっていた。


「中心に降りるのは得策ではないな。あの程度を片づけるのは余裕だが、それをした後、この層の『魔具使い』を探すのが簡単じゃなくなる」内臓を揺さぶる様な揺れに苛立ちながら言う。


 腕の中で頷くエル。

「確かに。となると、着地後は適当に敵を片づけて移動。繁華街から離れた場所で一旦体勢を整えてから情報収集するという事ですか?」


「ああ、それが一番良い。ただやりすぎには注意だな」


 溜息をした後、「そうですね。過剰に刺激するとあの手は面倒でしかないですからね」

 言い終わると同時に、もう一回溜息をつく。


「あれだけの馬鹿騒ぎが出来るほど、何か楽しい事があるのでしょうか? 私には理解出来ません」


「島の雰囲気だけで判断しても問題無いな。アイツらは第一層の人達と真逆な存在だ」


「一層の人達も自分達が特別だと思っていたが、此処で生活している連中はそんな事はどうでもいい、ただ自分達の欲望さえ叶えばいい、他者は利用する程度にしか考えていない」


 不意に昔を思い出す。

 ――あの塔の連中よりか話が通じそうだからマシか。

 狂気染みた笑顔と泣顔を同時にする連中。

 命の価値が崩壊し、解放という名に行動し続ける狂人――

 その時だった、俺達に向かって何かが飛んできた。


 視線の先、繁華街の中でも高い建物の屋上から、円錐型の爆弾に魔力を付加した飛翔物が発射された後だった。


「チッ!」

『闘争の刃』の向きを変え、飛翔物を斬り落とす。


「ラウル様ッ!!」


 エルの声に反応した瞬間、嫌な予感がした。

 攻撃は陽動。俺達の横腹辺りで先程よりも速度を上げた物が爆発。

 不意打ちと予想以上の衝撃で、エルの身体に巻き付けていた腕が外れてしまう。


「エル!!」

 

「ラウル様!!」


 離れて落下していくエル追いつく為に体勢を整える。それを許さない三発目が背中に当たる。


「クソがぁ!!」


 視線を戻し、エルの状況を確認。

 相棒も三発目の攻撃を受け『束縛の箱』からドレスを着た女性の腕が現れ、更なる攻撃に備えていた。

 予想通りに四発目が来て、俺達の距離は更に離れていく。


 攻撃予想位置の方向へ顔を向ける。

 繁華街の奴等なのか、あの建物に住んでいる奴等なのかは分からないが、頭が切れる奴がいる。

 この層に訪れた『魔具使い』に対して余裕を見せていない。

 俺達が知らないだけで、この層に他の『魔具使い』が来たのかもしれない。あくまでも想像の範囲だが、二人を同時に相手にするのは危険と判断し、それを手際良く別れさせた。

 だが、それに対して俺は苛立ちを覚える。

「なるほどね。一人なら何とか出来ると思っている訳か……。いいぜ、乗ってやるよ。死ぬ覚悟が出来ているんだろうからな」

 二人はそのまま落下し、別々に着地した。




 エルが着地した場所は繁華街の中心から少し離れた路地だった。

 両脇の建物の壁に『束縛の箱』から伸びた腕によって削れた跡がある。落下速度を減らした痕跡だった。

 私は、その壁を見て鼻を鳴らす。


「おい、早く出て来い。雌豚の匂いは隠せねぇーんだよ。これ以上イラつかせるな」

 冷気を纏う怒りの声。


 少女の声に続く様に現れたのは露出の高い服を着た女性達。

 奇抜に染めた髪。タトゥーは卑猥なデザイン。余裕の笑みを浮かべながらエルを囲んでくる。

 

「お前らさ、自分達如きで私をどうにか出来ると思っているのか?」



「男に股を開き過ぎて知性まで無くしたか? それともお前みたいなブスを抱いてくれる奴がいないから、ブス同士で慰めあって更に低能になったか? ん、どっちだ? ブス」


「テメェ!!」

 周囲から怒声が吹き上がる。


 うるせぇなぁ――

 右足を軽く上げて地面に落とす。

 凄まじい衝撃と短い破壊音が響く。

 予想していなかった出来事に怒声は瞬時に止まる。

 静寂の中で思う。普段は隠している、いや、封印している過去の自分が出ている。少しラウル様と離れただけで。

 早くラウル様に逢いたい――

 私、ラウル様の傍にいないとイライラが止まらない。昔の自分が出て来る。過去の私を見ると、ラウル様は悲しそうな顔をする。

 駄目、絶対にダメ――

 ああ、こいつ等は全員殺そう。

 私達の時間を邪魔したんだ、殺されても文句は無い。汚く殺したいけど、それだと時間が掛かる。短縮して、更に短縮して、ゴミでも捨てる感覚で命を奪おう。

 ――空で分かれた場所から推測すると、ラウル様が着地した位置は攻撃を仕掛けてきた建物近く。此処から北東方面。

 ――それじゃあ殺そう――


 背負っている『束縛の箱』からドレスを着た腕が出て来る。

 握られた物がエルの手に渡される。

 その時、集団の後方、路地の奥から足音が聞こえて来る。

 現れたのは黒のボブヘアーで細身の女性。恰好は黒のファーを付けた金色のショート丈ブルゾン。

 その下には、紐の代わりに銀色のアクセサリーで作られた下着の様な服とコルセット。

 光沢のあるショートパンツから伸びる両足には網タイツ。それを包む極細のピンヒールロングブーツ。

 同じ素材同士が擦れ合うと、独特な音が小さく響く。

 

 卑猥な女――

 その程度にしか見えない。

 左手が握っているナイフは、この女が使うには少し大きすぎる様に見える。刀身が酸化した血で汚れているが――

 このブスと契約している『魔具』の力で、酸化した血液がナイフの鋭さを変化させている。

 雰囲気からして、一層の『魔具使い』に比べて能力が高く見えるが、それでもその程度。


「綺麗な顔が眼鏡で台無し。外せば?」ハスキーボイスで言われる。


「気安く話し掛けるな。お前みたいな女に、容姿の事で何かを言われる筋合いはない」

切り捨てる様に言う。


「ははっ、キツイ言葉。でも間違ってない。あっちのクソ男がこっちに来なかったから本当に良かった。私は――」


 私の怒りが一気に頂点に。

 全身から湧き上がる殺意が両足を動かし、クソ女との距離を潰す。そのまま腕を振り抜く。寸前のところで反応していたクソ女のナイフで防がれる。

 激突音に続き、ピンク色の魔力光と青色の魔力光が弾け合う。

 そのまま体術に変化させようとする私から距離を取られる。

 後方へ跳躍することで、囲っていた女どもが悲鳴と共に倒され輪が崩れる。


 あの一撃で殺れなかった事に苛立ちながら聞く。 

「お前、名前は?」


 驚愕の表情を浮かべながら私の顔を凝視している。

 明らかに異質な者を見た時の行為。そんな態度にも苛立つ。次の一撃に終わらせると、飛び出そうとした時。


「私の名前は『右手』のガラン。拷問が趣味な同性愛者。今の攻撃を感じて、お前が欲しくなったよ。とっておきの拷問で、お前を血で染めたくなった」


 なんだ? 精神が安定したのか。以前と同じように低い声だ。

 チッ――、自信を取り戻した態度が気に入らない。

 ――後々、私の名前を聞かれるのは鬱陶しいな。


「私はエル。……お前は、私の大切な人を馬鹿にした。殺す」


 言い終わると同時に地面を蹴る。

 路地の闇と夜に近い空が作る闇。二つが混ざり合う中、白い肌と薄いピンク色の長い銀髪が舞う。

 眉毛の上でわずかに揃えられた前髪の下、丸型の眼鏡の奥、紫色の瞳を持つ目が更に鋭くなる。

 純白のジャンパーミニスカートを着たエルの身体が残像を作る。

 左右に移動しながらフェイントを入れ、一気にガランの懐に入る。

その体勢で右手の掌底を放つ。攻撃がガランの顎を捕らえるが、当たると同時に顎を上げ、衝撃を逃す。

 突き上げられたエルの腕が停止。そのまま相手の鼻へ落ちる。

 

「がはぁっ!!」声と共に鈍い音がする。


 骨が砕ける感触に笑みを浮かべてしまう。

 素早く低い体勢になり、下段蹴りを放つ。

 刈り取られたガランは両足を高く上げ、背中から地面に落ちる。そこへ追撃の踏み落とし放つ。

 黒の厚底パンプスが相手の身体に何度も落ちる。

 苦悶の声を上げる相手に対し、執拗に足を踏み落とす。

 避ける先を予測し、それがガランの狙いだったとしても、直前まで気づかないふりをして、狙いすまして落とす。不意打ちにも近い攻撃に相手はなんとか逃げようとする。


 そんな事を許すわけがない。

 この雌豚は、私に踏み潰されて死ぬだけ。

 下げた視線の先、微弱な光が見えると同時に後ろへ跳躍。

 先程までいた場所で、ガランのナイフが空を斬っていた。


 顔面の骨を砕かれ、身体を蹴られたガランは体勢を戻し、荒い呼吸を繰り返しながら自身の魔具で回復を始める。

 全身が青い光で薄く包まれていく。『魔具』から発生する魔力によって身体の傷が治っていく。

 だが、瞬時に傷を全て癒せる程の魔力を出せないようで、私の動きを警戒する視線を向けている。


 骨を何本も折ってやったが――

 怒りに任せて攻撃するのではなく、一撃で首の骨を折っておけばよかった。

 チッ、イライラする。早くラウル様に逢わないといけないのに――

 決めた、次の一撃で殺す。

 

「エルって言ったかな、お前かなりヤバいな……」


「絶対に私のモノにして拷問してやる。とっておきの拷問を与えてやる!」

 顔を引き攣らせながら目を見開いて飛び出して来る。


 構えたナイフ、刃に付着して酸化した血液に魔力が走る。

 青い光によって鈍い赤が輝く。切れ味が増したナイフが私に向かって振られる。



 私の左手が握っている『魔具 無名1』透明のナイフの存在は気づかれていない――

 まあ、当たり前だ。

 あんな雌豚が気づくはずもない。

 ガランの『魔具』の正体は右手の骨。

 どういう仕組みで『魔具』化したのかは分からない。義手の延長かもしれない。

 あえて『右手』のガランと名乗ることで、左手に握るナイフへ意識を集中させるつもりだろうが、魔力の流れに工夫をしなければ簡単に見抜かれる。

 まあ、この雌豚は此処で死ぬのだからどうでもいい。

 早くラウル様に逢わないと。

 私は、ラウル様の為に存在しているのだから――



 ナイフを振り下ろすガランの身体とすれ違う。

 次の瞬間、空気が斬り裂かれる音が生まれる。

 縦横無尽に発生した音。

 ガランの身体が静止する。

 二秒後、重心を崩す様にして四肢、首が切断。落下して転がる頭部に引きずられるようにして腹が十字に裂け、内臓と大量の血液をブチ撒き、倒れた。

 ガランが殺されたことに叫び声を上げた以外にも絶叫が起きる。

『魔具 無名1』が放った斬撃によって首を切断され、絶命していた者が一斉に倒れたからだった。

 不可視の高速斬撃から運良く逃れられた者達が逃げていく。

 路地の出口、大通りから見ていた野次馬も、エルの存在に危険を感じ逃げ始める。


 さてと、これでラウル様の所に行ける――

 背の『束縛の箱』からドレスを着た腕が伸びて来る。

 左手を向けると、『魔具 無名1』掴み、腕が戻っていく。


 路地から大通りに出て、私を警戒する連中を一瞥した後、北東方面に向けて跳躍。

 エルの背から伸びた腕が周囲の建物の壁を掴み、一旦停止、そこを新たな足場にして斜めに跳躍。

 ピンク色の魔力光が空を斬り裂いていく。


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