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『慟哭の塔』 一層目『悲痛』のフリュー

『青い月』の光。所々で『魔力』に似たエネルギーが放出、発火して青い光が地上を照らしている。光が闇を削っているが、それでも足りていなかった。その中を長身の男と小柄な少女が歩いている。男の方が歩きながら振り返る。


「エル、もう少し進んだら休むぞ。テントを張るには良さそうな場所がある」


「はい、ラウル様」


 長身の男が再び前を向き、歩き続ける。その後ろを付いて来る小柄な少女の歩幅に合わせた速度。二人の間には信頼関係が築けていた。

 ラウルの視線が元の位置に戻る。見ていたのは巨大な『塔』。

 名は『慟哭の塔』

その中間辺りに翼を一対持っていた。ただ、その翼に下がっているのは人間と獣の骨。バラバラになることなく存在している。吹き荒れる風が塔にぶつかり、人が悲しむ声のように聞こえる。

 肉を失い、内臓を失い、骨のみが価値を持つと言いたいかの様に、ぶら下がっている。俺には、この『塔』が意識的にしている行為と思ってしまう。


 予想通りに、テントを張るのに丁度良い場所があった。足を止めると、エルが隣で止まる。

「流石、ラウル様。休息を取るには最適な場所です」笑みを浮かべながら言う。


「結構歩いたからな。疲労を残していてもロクな事にならない。ここらへんでしっかりと休んでおく」と、言っているが『魔具使い』になり、異能に目覚めると肉体面で強化は凄まじい。普通の人間が感じる疲労ぐらいでは身体に影響はない。ただ、精神的疲労は無視出来ない。これを無視すると、自分では気づかない内に破滅の道を歩むことになる。


「では、さっそく準備に取り掛かります」嬉しそうな声で言った後、エルは走っていく。


 目指している場所は、地上を照らす光が多く、月光が当たる場所だった。

 痩せた土地が広がっている。一番安全と考えられる位置で彼女は止まり、周囲を見渡し後、準備を始める。


 俺も手伝わないと―― 

 エルの元へ急いだ。



『バベルリト大陸』南西、旧ガニアス地域。

 過去、この地域は工業地帯だった。しかし、その面影は一切無く、大規模な施設は急速な崩壊と風化により、残骸がわずかに在る程度だった。


 この辺りに在る『塔』は、比較的に攻略するのが難しくない物が多いと言われている。攻略数が十基の俺としては丁度良い地域だった。


 世界のルール。前触れも無く変わり、それを強いられた人々が混乱するだけだった。時間と共に事態は酷くなるだけ。何も変わらない、変える手段が見つかったが、誰もがその力、権利を持っている訳ではなかった。


 魔具との契約。


 俺も契約する前は、地獄の様な生活を送っていた。それを変える力を得た時、最初は優越感を覚えた。周囲の人間とは違う、コイツらを守れるのは俺だ。そう強く思っていた。

それからしばらくして、かなり痛い目に合った。あの経験が無ければ、相当ヤバイ生き方をしていたに違いない。俺も二十二歳を過ぎ、少しは大人な考えが出来る様になったと思うが、実際のところは分からない。


 まあ―― 自分の出来る事をするしかない。俺に出来る事を。

 エルに近づき、声を掛ける。


 微笑み、手伝ってもらいたい事を言われる。決めセリフの様に「了解」と言った。



 二人で使うには少し大きなテントが張られ、入口から少し離れた場所に鉄の網と台。その下で薪が燃やされ、料理の準備が出来ていた。エルが塩を塗り込んだ肉を鉄串に刺し、網の上に置いていく。その近くで、俺は石を積み上げた簡易的な竈で煮込み料理を作っている。小麦粉、バター、牛乳、旨味粉、塩で作ったソースを使って作る料理はエルの好物だった。色鮮やかな野菜と肉が煮込まれ、とても美味そうに見える。良い頃合いだ。


「おーい、皿を出してくれ」テントの入り口に向かって言う。俺の声に反応したのは、エルが常に背負っている黒塗りの長方形の箱。彼女の背丈よりも少し大きい。それが少し動き、扉が観音開きする。見通す事が出来ない闇があり、そこから伸びて来るドレスを着た女性の腕。左右の手にはいつも使っている深皿があり、木のスプーンもある。ふっくらとしたパンが一つずつあり、完璧だった。


「パンまで用意してくれるなんて流石だな」言い終わると同時に伸びて来た腕から皿を受け取る。腕は素早く箱へ戻り、次は二人で使うのに丁度良い木の丸形テーブルを出し、椅子を二脚、最後にテーブルに可愛らしいレースが装飾された布が敷かれる。


 この便利な魔具はエルが契約している『魔具 束縛の箱』。限定された空間内に様々な物を保管出来る。非常に便利だがルールも存在しており、これに抵触する物は保管出来ない。


 料理を入れる皿を受け取っていたエルが良い感じ焼けた肉から串を外し、皿に入れ、テーブルの上に置く。俺は追加の皿の上にパンを置き、深皿に煮込み料理を盛り付ける。

 夕飯の準備が整い、『束縛の箱』から再度腕が伸びてきて、白磁のカップには冷たいお茶が入っていた。食欲を刺激する香に互いの視線が合う。


 俺とエルは椅子に座り、「いただきます」言い終わると同時に料理に手をつけていく。煮込み料理の暖かさ、それを沁み込ませて食べるパン。肉汁が溢れる肉は塩加減が丁度良かった。

 俺達の夕飯は常にこんな感じだった。二人で料理をして、一緒に食べる。そして、しばらくすると会話が始まる。


「ラウル様、次に攻略する『塔』の情報収集は前回の『塔』と同じ様に大変になるのでしょうか……」小さく千切ったパンを咀嚼し終えたエルが、『塔』を見つめながら言う。


「どうだろうな。此処に来る途中で得た情報だと、入口付近には『持タザル者』がどうにか

して『塔』に入ろうと隠れていると聞いたからな。となると、『持テル者』は一切外に出て来ていないという事になる。『魔具使い』なら『塔』を自由に出入り出来る事は誰もが知っている。それを利用して、『持タザル者』が侵入を企てる」


「その危険を考えて『魔具使い』を警戒する。極力情報を流さないという流れになってしまう」とエルが言葉を続ける。


「今の安定している世界を壊される訳にはいかない。これは特別な権利なのだから、誰にも渡さない。この契約は選ばれたからこそ成立したものだ。お前達とは違う。この二つの優越感は強烈だ。この世界がひっくり返らない限り絶対に無くならない。」フォークで肉を刺し、口に運ぶ。


「私もそう思います。情報収集は任せて下さい。荒事のサポートは出来ますが、私にはラウル様のように強くありませんので」背を正し、一礼する。


「いやいや、いい加減その丁寧過ぎる対応は止めろよ。一緒に旅を始めてから結構月日が経っているんだ、もう少し楽にしろよ」少し呆れながら次の肉にフォークを向けようとする。次の瞬間、肉が消えた。


「分かりました。それでしたら、私が愛と塩を塗り込んだ肉を食べて下さい。あーんして下さい、ラウル様」

恐ろしい速度で、自分のフォークで肉を刺したエルの手が近づいて来る。あまりにも自然過ぎて気づかなかった。妙に今晩は念入りに味付けをしていた。経験上、エルが時間を掛けている時は、俺に食べさせたくて仕方無い時であり、これを断ると泣いてしまう。というのも重要だが、もう一つある。


 おいおい―― 荒事のサポート程度とか言ってたけど、お前、俺と一緒に行動する前に何て呼ばれていたか覚えてるのかよ。このまま喰わないと終わらない。ありとあらゆる手を使って

俺に喰わせようとする。アレは二度と経験したくない。


「分かった。今日はこれ一回だけだぞ」諦めの表情は禁物。笑みを浮かべて言わないと綺麗に終わらない。


「はい……」紫色の目を惚けさせ、ゆっくりと肉を近づけて来る。


 口を開き、肉を受け取る。ゆっくりと噛んでいると何故だか、先度喰った肉よりも旨味があるように感じてくる。

 ん? 隠し味? ――分からねぇ。まあ、美味いからいいか。


「どうですか? ラウル様」呼吸を荒くしながら顔を見るエル。上気した頬にシルバーピンクの毛先が張り付く。ピンク色の小さな唇から熱い吐息が漏れている。


「美味いな……」としか言えない。余計な事を言うとエル刺激するからだ。味に対して素直に答える。


 望んでいた言葉だったのか、エルが笑みを浮かべる。本当に嬉しい時にする表情だった。

 その顔を見てしまうと色々と考えてしまうのを止めたくなった。何だかんだで、エルの事を嫌いにはなれない。

俺の為にしてくれた事をイチイチ疑うのを馬鹿らしい。ただ、一つだけ気になる事があった。彼女の笑みを見た時、視界の端で、ドレスを着た腕の先のグットポーズ。考えるのは止めよう。




 夜明けを失った世界で目を覚ますには時計は重要だ。ドレスを着た腕が、手に収まる程度の時計を俺に近づける。寝過ごした訳ではないが、既に起きているエルが朝食の準備を終えていた。悪ぃ、と言おうとした時、「これは私の役目です。ラウル様は何も気にしなくていいのです」


 手渡されたカップの中身は、豆を焙煎し、粉末にした後に湯で溶かした飲み物。暖かく、寝ぼけた頭を覚ますには丁度良い苦さのコーヒーだった。

 スッと差し出された白磁の皿の上にはパンを半分に切り、その間に野菜とベーコンが挟まったサンドイッチ。


 カップ片手にサンドイッチを掴み、噛み付く。


「美味しいですか?」エルの言葉に、俺は頷く。


 微笑み、俺のパンよりも小さい物は両手で持ち、ゆっくりと食べ始めた。



 朝食を終え、テント類を片づけ終わった俺達は『慟哭の塔』へ向かって歩き出す。

 俺、エルの順番で歩いて行く。

 禁忌の魔獣の皮を使った限りなく黒に近いコート。その生地の中では黒い何か動いている。時折、獣の様な形を作るが、数秒後には崩れてしまう。その下にはフードが付いた深紅の服。コート同じ素材のパンツの裾が、ベルトを何本も使った武骨なブーツに入れられている。左肩にはウグヌスという魔獣の皮を使ったバックを掛けている。両手の指には大きな指輪が二つずつ。白い肌と鈍い銀色の髪。前髪が少し長く、その隙間からは青い瞳。身長は180cm。筋肉質の身体。

肩に担いでいる大型剣。ラウルが契約した魔具『闘争の刃』両刃の中央には魔獣と女剣士が戦っているレリーフ。柄の部分は『闘争の刃』の中心機関、魔力を流し込む事で回転速度を上げ、刃に様々な変化を起こす。柄は百合が絡みあった物で出来ている。周囲の変化を見逃さない様に視線を動かす俺の逆を見るエル。


 白い肌と薄いピンク色の長い銀髪。眉毛の上でわずかに揃えられた前髪の下には丸型の眼鏡。その奥には紫色の瞳。そして巨乳。

 純白のジャンパーミニスカートはウエストが絞られており、中心には二組の金色のボタンが等間隔に三段。下の着た純白のシャツの袖には大きなフリル。襟元は全体のバランスが取れる様なフリル。上まで止めてられたボタンの上には黒のリボン。黒と白のリボンが付いた光沢ある黒のオーバーニーソックス。そして、黒の厚底パンプス。

 背中には魔具『束縛の箱』黒塗りの長方形の箱は見た目通りに重量がありそうだが、エルは全く気になる様子が無い。


 いつも通りの動き、俺は視線を上げ、塔を見る。素早く左右に視線を動かした後、前を見る。剣を握る手の指輪同士が当たる。続くようにして左手の指輪同士が二回ぶつかる。

 次の瞬間、複数の影が青い光の中に現れる。

 合図通りに、エルは俺から瞬時に離れていた。担いでいた大型剣が空に向かって大きく振られる。空気が斬り裂かれ、遅れて液体が巻き散る音、固い何かが切断する音が響く。その音が一拍置かずに戻ってくる。ぶつかり合う複数の音がラウルの頭上近くで集まり、数秒後、地面に落ちる肉塊。


 両断された存在を見て嫌な予想が当たったと思った。「走れ、エル!」


 走るエルを守りながら俺も走る。『慟哭の塔』入口に近づくにつれて、『塔』に入れずに外の世界で生活している『持タザル者』からの攻撃が激しくなる。


 ボロボロになった服を繋ぎ合わせて作った物を着て、欠損してしまった四肢は適当な物を義手、義足にして走ってくる。身体のバランスが崩れたせいで、筋肉の付き方おかしかった。汚れ、絶望の日々の中で出会えた僅かな希望を絶対に逃さない。鬼気迫る眼光が青い光に照らされ、狂気が伝播していく。誰もが信用ならない。今まで力を合わせて生き抜いてきた仲間を足場にしても、『塔』の中へ入る。『魔具使い』と一緒なら世界のルールだって変更出来る。

 それぐらいの可能性があってもいいじゃないか、俺達が何をしたんだ! それぐらいの権利ぐらい寄越せ! 言葉は発していないが、彼らの気持ちが激痛のように伝わってくる。


 最初に数人殺したが、あれで諦めてくれると思った。思惑と逆になってしまった以上、早く『塔』に入るしかない。


 周囲の岩など、様々な物を使って多角的に襲ってくる『持タザル者』を殴り、『闘争の刃』の横にして叩き落す。俺達の身体に絡みつき、そのまま『塔』に入る。その方法がシンプルで確実。俺を諦めたのか、今度はエルに向かっていく。『束縛の箱』からドレスを着た腕が伸び、殴り飛ばす。更にエルに向かう奴等に攻撃をしようとした時、相手が急激に目標を変える。


 迫って来る男と女を見て、最初から俺を狙っていたか――


「チッ!」右腕に力を込め、剣を振ろうとした瞬間、男女が投げ飛ばされる。

 投げた腕を見て、「感謝の言葉は後だ、一気に『塔』に入るぞ!!」


 前を走っていたエルの身体を左腕で抱えると同時に一気に加速する。

 俺の走りについて行けない者達が脱落し、それでも数名は食い付いて来る。


 あと数メートル。

『慟哭の塔』と俺達の魔具が反応し始める。壁面に魔力文字が現れ、溶解する様に壁が無くなる。長方形の入り口はシンプルだった。その奥から見える光。この世界が失った一つ、生命力に満ちた光が闇を斬り裂いた。


 後方から聞こえた獣の様な叫び声。純粋な歓喜が俺の背中を殴る。

 唇を噛み、わずかな痛みで意識の方向がブレないようにする。更に走る速度を上げ、転がり込むように『塔』の中へ入る。追手は間に合わないと判断し、跳躍で中へ入ろうしたが、ほんの少しの差が無慈悲に身体を斬り裂いた。


 魔力文字により身体を細々にされ、肉塊が地面に落ちる。数秒後、肉はありえない速度腐敗し、切断された骨だけが残った。それも信じられない速度で風化し、風に舞って消えた。

 再び絶望の日々が続く現実を受け入れなられない『持タザル者』が叫び、狂ったように暴れ回っている。


 外から中は見えないが、中からは外が見える。この光景は経験しても慣れない。俺は背を向け、エルをゆっくりと下す。そして、背中を優しく押す。

 少女は歩き出し、俺も歩き出す。




 外と真逆な明るさに目を細める。エルをゆっくりと下し、しばらくするとエルも同じ様に目を細める。見上げると真っ青な空。雲も少なく、今日一日いい天気になりそうな感じだ。潮の香が鼻腔を刺激する。同時に脳内に響く音。第一層の名前は『灯の島』だった。


 俺の前に立っていたエルが振り返る。『塔』に入る時の事を思い出して、何か言いたそうだった。何を考えているのか分かる。俺だって同じだ。

 ただ、今の俺達には出来ない事だ。だから――

 

「俺達が出来ることをする。それが全て終わったら次を考える。そう決めただろ?」確認するよう聞く。

 儀式。前に進む為に必要な行為。それが終われば、俺達は前を向ける。


「はい、ラウル様」微笑む少女。その肩に優しく手を置く。静かに頷き、俺達は並んで『灯りの島』へ向かって歩き出した。



 周囲を青い海に囲まれ、陽光に照らされる物は等しく清らかで美しかった。暖色系のレンガで統一された建物の横には、大きな葉を持つ背が高い植物が育てられていた。海風で揺れる姿を見ていると、過去に攻略した『塔』の中にもこれに近い層があったことを思い出させる。リゾートというやつで、住んでいた人達は親切な人ばかりだったな――


 数人とすれ違ったが、俺達の事を警戒する様子はなかった。『魔具使い』が『塔』にとってどれだけ危険な存在なのか理解していない証拠。事実を知ったら確実に俺達を排除しようとするだろうに。


 島の入り口に繋がる橋を渡り、終点には炎をモチーフにした時計塔が在る。建物の下部、大きな扉がある。これは何かの搬入出用なのだろう。その横には人の出入り口用の扉がある。門兵は日焼けした男二人だった。鍛え上げた身体が武器なのだろう、武器などを携帯していない。


 両腕に炎のタトゥー。両足には炎の形を逆さにしたタトゥーが入っている。薄着で革のサンダルを履いている。左側の長い黒髪を一つにまとめ、右側の男は短髪だった。二人とも歓迎の笑みを浮かべ、「『魔具使いがこの『塔』に来るのは初めてだよ。この『灯の島』はとても素敵な所だ。十分に楽しんでいってくれ』左側の男の歓迎の言葉に合わせて、右の男がドアを開けた。


 俺は「ありがとう、楽しませてもらうよ。貴方達は外の世界に興味は?」


 男二人は互いの顔を見合わせ、苦笑し、「無いと言うと失礼なるのかな? もし、そんな事が無いというなら言うけど、全く思わないね」


 俺は「分かったよ」と言い終わると同時、笑みを浮かべ扉を通り抜ける。エルも付いて来る。

 抜けた先からでもよく分かるこの島の繁栄。人々が行き交い、遠く離れた此処まで熱気が風に乗って来ていた。活力が満ち溢れた場所に、俺達と同じ様に『魔具使い』がいる。そいつ殺す、もしくは魔具を破壊する事で次の層へ移動出来るゲートが作れる。


 多くの人が住むこの島の何処に潜んでいるのか―― 夜が来てから情報収集するか。これだけ栄えているんだ、飲み屋だって多いはず。酒で口が大分緩くなる奴も多くなるはず。


「ラウル様、まずはこの島の地形確認と要所の確認をしませんか? 全てを確認したぐらいには丁度良く陽も落ちています。その後、私が情報収集行きます」


「よし、丁度良い宿泊施設を見つけてまず予約だ。情報収集は俺と一緒だ。分かったなエル」


「ちょっと待って下さい、それでは疲れが取れないのでは……」


「俺を心配するのなら、俺がエルを心配するのは当たり前だろ。変更無し、分かったな」言い終えるとゆっくり歩き出す。

 後方から微かに聞こえた感謝の言葉は、エルからの信頼を感じて嬉しかった。

 

 

 俺達はとにかくこの『灯の島』を隅々まで歩く。大通りから小道に入っても通行人が居て歩きづらい。何処でも店が開いており、似た商売は多くあったが、少しの違いを売りにすることで差別化を図っていた。その為、消費者のニーズに応えていた。そして、とにかく明るい性格の人が多い。少しでも立ち止まれば、囲まれて質問攻めと商品を薦められる。これから一層の『魔具使い』に繋がる情報収集をする以上、邪見にしてしまうとロクな事にならない。


 この陽気もあって基本明るい性格なのかもしれない、しかし、それとは別な意思も肌に感じる。多くの好奇な視線の中に鋭く感じる警戒心。俺達が敵までいかなくとも、害ある存在と認定されてしまえば、層の攻略に時間が掛かる。下手すれば攻略を諦めなければならなくなる。

 隣のエルは大人の男、同じ年代ぐらいの少女から連続で質問されている。柔和な笑みを浮かべながら質問に対して丁寧に答えている。

 俺の視線に気づいたのかこちらに微笑む。


 歳が同じぐらいの女性から質問受ける。『塔』の外の話を不快にならない程度に調整して話す。此処とは真逆な世界、先程以上興味を抱いたのか喰いつくように新しい質問を投げかけて来る。それに連なって違う女性も質問する。まだ私の番よ、と文句を言う。その顔があまりにも真剣だったのか、一瞬その場が沈黙する。それも大きな笑いによって消し去られ、順番を守った質問攻めが再び始まった。



 際限なく続くと思われた質問攻めも時間の経過で終わった。その後、再び島の探索を続ける。

 島はそれほど大きくなかった。『魔具使い』の俺達が少し急いで島内を一周出来る程度だった。入口部の橋から奥に向かって広がる地形で、その終端には『魔力結晶』と『水力発電』のハイブリット施設によって電力を作っていた。それでも補えない部分は海中から純度が低い『魔力結晶』採掘し、加工して販売し、それを動力源にした機器を利用している。探索している最中に市役所を見つけた。身なりを整えた職員が庁舎を出入りしていた。


 幾つかある港。その周辺には大きな繁華街もあり、小さな繁華街もいくつかあった。あとは所狭しに建物があり、あらゆるとこに人がいた。

 一通りに探索を終え、俺とエルは大きな繁華街に隣接するホテルへ向かう。前払いだったため、純度の高い『魔力結晶』で支払いを行うと、受付が驚愕し、スタッフルームに戻ってしまった。

「エル、あの『魔力結晶』はそこそこ純度が高いよな」


「はい、ラウル様。保有している物の中では低い方ですが、島内の基準から考えれば十分過ぎる純度です」


「なら、何が問題なんだ?」


「このホテルは止めにしますか? 私はラウル様が気に入らなければ次を探しましょう」


「あの受付が帰って来た時の対応で決めるか」


「はい、ラウル様」


 帰ってきた受付は息を荒らしながら俺達をスィートルームに通した。何か必要な物がありましたら何なりと申し付けて下さいと言った後、「このホテルを選んで頂き大変ありがとうございます」深々と頭を下げて慇懃な態度で部屋を出て行った。


「ちょっと払い過ぎた感があるな……」


「すみません、私のミスです。もう少し思慮深く行動するべきでした……」悲しそうな声で話すエルの背から、ドレスを着た腕が出てきて、少女に向かってメッというポーズを指で作る。瞬時にエルに殴られ、変な角度で曲がった状態で箱に戻る。


「気にするなよ。これだけ良い部屋なんだ、好きな様に使おうぜ」


「そういってもらえると気持ちは落ち着きますが……」少し俯く少女。


「顔上げろってエル。俺は何も怒ってないから」


 ゆっくりと顔色を伺う様に顔を上げ、俺の表情を見て、安心したようだ。

「ありがとうございますラウル様」


 エルは、何事も完璧にしないと納得出来ないタイプだ。特に俺が絡むとその傾向がとても強くなる。以前に、もう少し物事を軽く考えないと大変じゃないか? と聞いた事があるが、そんな私はラウル様の隣に立つ権利はありませんと言い切られた。以来、その事に触れていないが、会話の切り口を変えて話すべきだ。


 各自が部屋に荷物を置き、予定通りに情報集に向かう。今から二時間後、島の南東、此処に隣接する大きな繁華街で落ち合う。探索中に決めていた良さそうだった海鮮料理屋の前で。


 部屋から出ようとする俺に、「ラウル様、やはり情報収集は私に任せて、身体を休めた方が良いと思います」

 振り返り、不安な表情をするエルの肩に手を置く。


「それなら俺もエルに休んでもらいたいさ」


「でも!」


 今夜はやけに喰いつくな―― アレか『塔』に入る時の事を――

「互いを思いやる。最高じゃないか」


「え?」


「俺はそう思っているし、考えを変える気はない」


「そこまで言われてしまうと……」


「二人なら越えられる。もし越えられないのなら一旦逃げよう。そして、また挑戦する。新たな力を手に入れ、二人で越える」


「……覚えています、あの日の誓い。私が生まれ変わった日」俯いていた顔が上がる。


「ラウル様、二人でさっさと次の層に行きましょう」


「おう!」

 二人で勢い良く部屋を出た。

 


 二手に分かれて情報収集を始める。俺の魔具『闘争の刃』大型剣なので、持ち歩きながら移動していると奇妙な視線を向けられる。夜のなったことで、昼間に出会った人達と違う層が多くなった事だと思う。それはしばらくすると感じられなくなり、むしろ声を掛けられるようになる。昼間の対応の効果が出ている。このまま警戒心を薄れた状態が続けば、逆にこの一層に居る『魔具使い』が警戒をする。


 俺は見た目と顔つき、年齢、性別で分類し、情報収集していく。その内容はこの島で何か奇妙な事件は起きてないか? 突然性格が変わった人がいないか? それらに関係する内容の形を変えて質問していった。

 時間も経ち、待ち合わせをしていた店の前着くと、数秒後、人込みの中からエルが現れた。そのまま店に入った。



 個室のテーブルの上に並べられた海鮮料理を食べながら情報交換を行う。二人の話を総合した結果、この一層には『悲痛』という名の魔具と契約した男がいるようだ。名前まで探ろうとしたが、複数を使い分けているのかはっきりしなかった。併せて俺とエルはある情報を流した。食事を終え、ホテルに一旦戻る。


 流した情報通りの時間に、港近くのコンテナ置き場に立っている。

 人の気配は少しするが、それと明らかに違う雰囲気を持つ存在がいた。目的の『魔具使い』が近くにいる。その気配が近づいて来る。そして――


「こんな所で何をしているのですか?」か細く、疲れ切った男性の声で話し掛けられた。

 ゆっくりと振り返り、声の主の姿を見る。


 昼に市役所付近で見た人達と似た服装しているが、その服は大分傷んでいた。黒の上下とその下の白シャツ。皺と血の汚れが日々荒んだ生活をしていると感じさせる。

 痩せ型。顔色は悪く、酷いクマ。滅茶苦茶に切った髪が異様な雰囲気の中、丁寧な言葉使いは不気味さを増す。


「日中とは違う雰囲気を味わいたくてね」と、俺は言う。

 視線を逸らさない。俺は、相手が目的の存在と確信した。


 隣に立つエルの魔具『束縛の箱』から『闘争の刃』を取り出す。

「俺の目的は分かっているだろ?」大型剣の切先を男に向ける。


「分かりますよ、『魔具使い』同士なのですから」

 言い終わると同時に両腕を水平に上げ、「私は『悲痛』のフリュー」


「俺はラウル。さあ、踊ろうぜ」



 フリューの魔具は、名前の印象通りに不気味な能力だった。水平に上げた腕の先、両手の指には全て指輪があった。全てが老若男女の顔が彫られており、目隠しをされ、苦痛の表情をしている。顔を囲む物は刃物類で、その先端は全て刺さっていた。銀と黒の二色から黒一色になり、黒い液体が地面に落ちる。フリューだけなら飲み込める小さな池が出来る。腕と池の間に存在する粘着質の液体はワイヤーの様。その隣に立つ悲痛な表情を浮かべる少女。身体を構成しているのは黒い液体と同じ。右手には巨大な料理包丁を握っていた。

 小さい光が両目にあって、それが縦に伸びると同時に俺との距離を潰してきた。


 振り下ろされる刃物を避け、『闘争の刃』を振り下ろす。

 大型剣が身体斬り裂き、衝撃で体勢を崩したところに蹴りを放つ。素早く剣を戻し、背で攻撃を防ぐ。フリューが放ったワイヤーが弾かれ、宙に浮く、高速で振り抜いた『闘争の刃』によって切断。地面に落ちると液体に戻り、再び攻撃を仕掛けようとするとこに、死角から襲ってきた少女を脳天から真っ二つにする。切先で地面を斬り裂きながら軌道を変え、横一文字に身体を斬る。

 四分割になった身体を拳と蹴りで吹き飛ばす。舞い上がっていた地面の破片を大型剣の背で打ち、フリューに当てる。

 破片はそのまま積み上げてあるコンテナに激突。衝撃と音が響く中、俺は移動。その先にはフリューが立っていた。驚愕する敵の顔を見ながら両足を剣で突き刺す。


「ぐぁああああああ」

 絶叫を上げながら痛みで体勢を崩す彼に向けて『闘争の刃』を振る。


 斬り上げと同時に夜空に打ち上げ、俺はフリューを追って跳躍。追いつくと同時に縦横無尽の斬撃を放ち、最後に斬り落とす。

『魔具』の力で多少の再生が始まっている奴の身体に向けて、落下加速を合わせた突きを放つ。

 衝撃と絶叫が混じる中、『闘争の刃』が『悲痛』を完全に破壊。続く様にフリューの身体も崩壊し始め、夜風共に飛ばされていった。


 地面に突き刺さった剣を引き抜き、軽く息を吐く。

 周囲を見渡し、攻撃を仕掛けてきていた少女も消えたことを確認する。


「ラウル様、お疲れ様です」近くに来ていたエルに言われる。


「おう。面倒が無くて良かったぜ」


「あれほど分かり易い『魔具使い』だけなら助かりますが」


「一層目だ、実力はあの程度だろうな。奴がもう少し努力でもすれば戦う時間は伸びたかもしれないが、まあ、見た目からしてプライドが高そうだったから無理だろうな」

 だから―― 『悲痛』が契約したのだろう。


「ラウル様、ゲートを作れる準備が出来たみたいです」島の入り口に繋がる橋が在る方を見ている。


「それじゃあ次に向かうか」

 俺達は歩き出した。



 ピンク色の光を放つ魔法陣の前、エルは目を閉じ、小さな声で詠唱している。

 音が止まり、しばらくの沈黙。

「存在し、存在することが許されない道よ。正しき流れから拒絶の流れに。その力はこの世界に唯一存在し、権利無き者の通過は許さない。形よ、形よ、初めからある形の変化を。世界を貫く形に」


 詠唱が終わると第二層に行けるゲートが出来た。魔法陣が光を放ちながら逆転をしている。

 俺とエルは抱き合いながら中へ入る。粘着質がある場所を抜けると重力に引かれる様にゆっくりと落下していく。

 以前、二人離れた状態で層を移動していたが、そのせいで一時的に分かれる事になり、苦労した。その後はこの体勢で移動することになった。未だ慣れないが、エルの体温を感じられるのは良かった――


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