『双子の塔』 一層目 『二つの右腕』前編
『バベルリト大陸』旧ガニアス地域。
北に向かって移動するラウルとエル。
目的地はザバから指定された場所。
しかし、その内容は非常に曖昧で正確な位置が分からなかった。
情報の追加と怒りをぶつけようと何度も連絡をしたが、あの野郎は一切出ることがなかった。
ゴミ以下の通信装置をこれ以上持ち続ける意味は無いと即座に判断し、盛大に斬り刻んで破壊。
『青い月』の光が静かに世界を照らし、その光に隠れた残酷なルールが存在している。
この世界の仕組みを変えるために俺とエルは旅を続けている。
世界に存在する全ての『塔』を攻略することで、世界が以前の姿に戻ることを信じて。
『塔』内の一層目から二層目は、変化する前の世界の様相をしている。
『青い月』ではなく、太陽に照らされた世界。
再び世界が太陽に照らされる世界に戻れば、今よりも世界は平和になるはず。
そして―― 俺達の新しい生き方が始まる。
少し振り返り、後ろを歩くエルに微笑む。
驚いた表情をしたが、すぐに微笑み返してくれた。
再び歩き出し、時間が過ぎる。
地面を踏み締める音が止まり、此処から少し離れた場所に二つの『塔』の形が見えた。
普通なら『塔』の形をしっかりと確認出来る距離だが、周囲に細かい何か浮遊していて、それを阻んでいた。
おそらくあれが目的の『双子の塔』に違いない――
『塔』を隠す様に舞っているのは何だ?
二つの『塔』を行き来きしているのに、決してその姿を見せない。
「エル、あの馬鹿で死んだ方がいい奴が言ってた『双子の塔』はあれに間違いなさそうだ。ただ、あの『塔』の周りを舞っているモノに警戒する必要があるな……」
「そうですね……」
「私の攻撃で吹き飛ばせる類のモノでしたら良いのですが、近づいてみないと分からないこともありますし。接近することで事態が最悪になる場合もありますから、判断が難しいですね」
もう一つ問題があった。
『塔』が二つということは、俺とエルが分かれて行動する可能性がある。
決して実力を疑っている訳ではない。
ただ、『塔』の最下層にある『魔法陣』を逆回転させる力があるのはエルだけ。
同時に『塔』を攻略しなければならないルールが存在していれば、俺達に『双子の塔』は攻略出来ない。
俺の考えが伝わったのか、エルが口を開く。
「私ともう一人同じ能力が持つ存在が必要……」
此処で考えていても埒が明かない。
とにかく『塔』まで近づき、『双子の塔』にどんなルールがあるかを探るしかない。
「エル、とりあえず『塔』まで近づこう。そこで俺達には難しいようなら次の『塔』へ向かおう。ザバから何か言われても無理な事は無理だと言う」
「でも……ラウル様があの男に無理と言うところを見たくないというか……。あ、すみません! 冷静の状況を判断しなくちゃいけないのに、勝手なことを言ってすみません」
「そんなに謝らなくていい。俺のことを考えて言ってくれのが分かるから」
――珍しいな、エルがあんな事を言うなんて。
似た様な事は今までも何度かあった。
その時は冷静に状況を判断し、最適な対応を考える。
無駄が無い思考をしているように感じた。
所々では今の様な発言もしていたが、今回は雰囲気が違うように思う。
『愛の塔』で、俺が知らないだけで何かあったのか――?
顔を見合わせ、しばらくすると軽く笑ってしまう。
エルの可愛らしい笑みに先程の疑問が薄れ始めた時だった、俺の後方、『双子の塔』の方から強い『魔具使い』の存在を感じる。
それは俺達の方へ向かって来ている。
気配に対し戦闘態勢に入る。
禁忌の魔獣の皮を使ったコートが大きく揺れる。
生地の中で動く黒い存在が凶悪な表情を浮かべ、獣の形を崩す。上着を追い掛けるように深紅のフードが揺れた。
大きな指輪が二つ。
力強い手と腕がささえる魔具『闘争の刃』。両刃の大型剣の切先が向けられる。
純白のジャンパースカートの下、袖と襟にフリルが付いた純白のシャツ。
ラウルに合わせた動きで首元のリボンが揺れ、月光で金色のボタンが輝く。
黒と白のリボンが付いた光沢ある黒のオーバーニーソックスと黒の厚底パンプスが地面を踏み締める。
背負っている『束縛の箱』から魔具『無垢な祈り』を受け取る。
逆十字の銃器。黄金色に輝く本体に存在する顔が無いシスター達が、トリガーに向かって祈りを捧げている。
ラウルとエルが魔力を放出する。
紫光とピンク色の光が吹き上がる。絡み合う二つの魔力光が空を貫く。
その状況に、こちらに向かって来る集団が一度足を止めたのが分かった。
しばらく動きを止めていたが、再び進んで来るのが分かった。
やる気か――
顔を後ろに少し向け、エルに攻撃の合図を送る。
頷いたと同時に俺はその場から飛び出す。『魔具使い』に一撃を与える為に。
相手との距離を一気に詰め、先頭に立つ存在に大型剣を振り下ろそうとした瞬間、後方から飛び出して来た存在に受け止められてしまう。
筋骨隆々の腕に装着された手甲との衝撃音が響く。
顔を隠す様な姿勢から、「オイオイ、お前達の殺気と魔力光に懐かしさを感じていたところを、いきなり攻撃はないだろう? 俺達の存在を忘れたなんて寂しいじゃないか」
この状況を本当に悲しんでいるのか、逆に楽しんでいるのか分からない口調だった。
「バルトロ、いい加減にしろ。俺を舐めてるのか?」
大きな怒りを無理矢理押し殺したような、低い声で答える。
「止めなさい、バルトロ」
「貴方の今の行為にどんな意味があるのですか?」
「友と再び出会えた喜びを隠せないことは分かります。しかし、軽率な行動は禁物です。全てに救いを―― 私達と共に苦しみが無い世界へ」
慇懃な言葉と後光。魔力光から伸びる光の両翼。『聖天翼教』教主エメルリンダ。
後に続くのは信者のフェリカとイアーリ。
移動してきたエルが横に立つ。
バルトロが居るって事は、『聖天翼教』連中も近くで行動しているのは容易に想像出来たが、先程の斬撃は個に対する攻撃だった。
残りの連中が完全とも云える程に気配を消していたことになる、その事実に苛立ちを覚える。
チッーー あの頃よりも更に厄介な存在になりやがって。
本気で奴らと戦うことになった場合、今と同じ条件を作られたら、それを打破するには俺達側に相当なリスクが発生する。
これ以上、『聖天翼教』を刺激すると面倒になる。穏便に済ませて、この場を去った方がいい――
「お久しぶりです、エメルリンダさん。ラウル様と私は先を急ぐので、失礼させて頂きます。勧誘の話もいつか何処かで会えたら聞きますので」
エルが早口で言う。
「そういうことだ、悪かったなバルトロ。またな」
言い終わると同時に、俺とエルは歩き出す。
よし! これなら問題無くこの場を去れる。
エルの機転に感謝しながら歩き始めた時、声を掛けられる。
「お前達、もしかして『双子の塔』に向かうのか?」
馬鹿みたい能天気な声でバルトロが聞いてきた。
俺達は行かないと答えた。
その後、此処から先は当分攻略出来そうな『塔』が見当たらず、しかも、『双子の塔』の影響で周囲に魔獣が大量発生している。
併せて周囲の環境状況が著しく悪化していて、北へ向かうには『双子の塔』を攻略してからの方が良いと言われた。
『塔』を攻略するのに、『聖天翼教』も俺達と同じ問題を抱えていた。
『塔』を攻略する、最下層の『魔法陣』を逆回転出来る能力を持っているのが、エメルリンダだけなので。
「私達とご一緒して頂けないでしょうか?」
エメルリンダに丁寧に頭を下げられた。
俺とエルは苦い物を嚙み潰した時の様な顔をしてしまう。
最悪だ――
こいつらと行動するとロクな事にならないのはよく知っている。
いや、知ったが正しい。
その出来事の後、エルと一緒に誓った。二度と『聖天翼教』とは関わらないと。
だが、周囲の現状を知り、尚且つ、それを打開するには必要な存在となってしまうと、妥協が必要になる。
何も知らない状態で共に行動するのではないだけ、以前よりもマシかもしれない。
となると、この場はとりあえず協力関係を結び、後に俺達内で付き合う基準を決めるしかない――
振り返ることなく「おい、『塔』の攻略に行くんだろ。早く付いて来いよ」と言う。
「ありがとうございます。さあ、皆さん一緒に行きましょう」
エメルリンダの感謝の言葉。
その後、イアーリが俺達に対して呪いの言葉を口にしていたのは聞こえたが、この程度で反応していたら、この集団と付き合っていけない。無視が一番良い。
俺達はまるで仲が良い集団の様に歩いていた。
ただでさえ関わりたく無い連中なのに、これ以上距離を接近されると苛立ちが急速に積み上がっていく。
暇さえあれば俺に話し掛けて来るバルトロ。
『聖天翼教』は素晴らしいから、お前もどうだ? と、勧誘し、次は俺の『闘争の刃』のことなど、最近どんな『魔具使い』と戦ったと聞いて来る。
質問するなら、俺も質問を返す。
有益な情報を手に入れるためにだ。
しかし、話の途中で宗教の話を挟んでくるので、乱高下する精神は色々と限界だった。
俺達の少し後ろを歩くエメルリンダ。
スリットが大きく入ったシスター服。その素材は魔獣の皮で仕立てられており、使用している糸は魔力を帯びていた。
その力で魔獣は制御され、使用者を忠実に守る鎧となっている。
緩く巻かれたセミロングの薄い青色の髪。
黄金色の瞳の周りには両翼をモチーフとした紋章のタトゥー。
これと同じデザインのネックレスをしている。高身長で肌は白く、巨乳だった。
一度視界に入れてしまうと、絶対に忘れることが出来ない存在感がある。
俺との会話の最中、時折振り返りエメルリンダの表情を確認する、バルトロ。
コイツの『塵芥戦闘』という主義は、戦う相手を塵芥するまで戦う考えで、利用しやすい反面、一度その流れに乗せられてしまうと非常に厄介だった。
背が高く、筋骨隆々の身体から放たれる打撃は破壊力と速度兼ね備えている。
ダボついたパンツは、エメルリンダのシスター服と同じ素材だが、漆黒の中で二匹の大蛇が動いている。
上半身は素肌に白い毛皮を羽織っており、褐色の肌に似合っていた。
両腕と両足の終点には手甲と足甲が装備されている。
その形は蛇腹剣が変化した物で、紺色の本体、蛇腹部分が金色で装飾されている。
不規則に蛇の目が存在。そして、両腕にはエメリンダと同じタトゥーが入っている。
編み込みした髪を後ろで一つに纏めた黒髪が揺れる。
「お~い、フェリカ。ちゃんと着いて来てるか?」
バルトロの野太い声が後方で、周囲を警戒しながら歩いている二人に届く。
エルは露骨に不機嫌な表情をしたのが見えた。
「大丈夫だよ~」
甘えるような声を出す。
フェリカはバルトロと同じ主義を掲げている。
『塵芥戦闘』で敵を塵に変える、それに拘っている。
更に同じ毛皮を着ている。
細身で筋肉が少なく、小柄で年相応の身体付き。
エルに比べると発育が遅く、その事を非常に気にしている。
常に眠そうな目をしているが、決して眠いわけではないらしい。
感情を読みづらい少女はエルに対して真剣に話をしている。
その行為に対し、エルは嫌がっている様子も無く、真面目に返答している様子だった。その内容に感情が高ぶっているようで、フェリカの身体では到底支えられるはずがない巨大な腕。大小様々な黒のブロックを魔力文字で繋ぎ合わせたモノが、魔力光を明滅させながら両手を開いたり閉じたりを繰り返している。
二人の少女を巨大な手が襲おうとしている危険でありながら奇妙な光景は、微笑ましく、この場で唯一美しいものに思えた。
「エメルリンダ様、少し先に魔獣の気配がありますが排除した方が宜しいでしょうか? それでしたら私が行ってきます」
「イアーリ、気持ちはとても嬉しいです。しかし、魔獣がこちらに敵意を向けてこない限り攻撃は無用です。全てに救いを――私達と共に苦しみが無い世界へ、ですよ」
教主の言葉と微笑みは、イアーリの至上の喜び。
その場に立ち止まり深々と頭を下げ、姿勢を崩さずに言う。
「エメルリンダ様の言葉、愚かな私の心に染みわたり、浄化されていくのが分かります。私は未熟です、間違いがありましたら如何なる時でも罰を受けます」
「大丈夫ですよ、私はあなたを信じています」
先程とは違い、言葉に信頼を乗せた強い言葉だった。
俺はそのやり取りを見て思う。
この男も変わらずか――
青黒い甲冑を着て、兜の一部が空間に染み出す様に変化しており、その部分から長く美しい金髪が風で舞い上がっている。
兜の奥からこちらを見る瞳、濁った白が笑みを浮かべることで歪む。
イアーリが持つ『聖天翼教』の旗。その中心では両翼をモチーフとした紋章があり、どういう仕組みなのか分からないが、旗の中で両翼が動き、金色の光が舞い上がらせている。
俺とエルは、イアーリが戦っているところを見たことが無い。
常にエメルリンダを守る様に立っているだけだった。
――この集団に普通の連中が居るわけがなく、警戒をしなければならない。
『双子の塔』の入り口が見える位置まで移動して来た俺達、視線の先には異様なモノが静かに存在していた。
巨大な門は白と黒の二色で作られていた。
二人分の腕と二人分の脚が絡み合って出来ている。
此処に着いた時点で周囲から感じていた魔獣の視線は一切無くなり、『塔』を隠す様に舞っていたモノも消えていた。招かれている状況に全員が顔を見合わせる。
――この門を簡単に通ってもいいのか? という考えが顔に出ていた。
俺が一歩踏み出す。続くエル。
しばらくすると後ろから足音が聞こえて来た。
更に進むと、巨大な二体の像が立っていた。
先程の門と同じ配色で、一方は片足が無く、反対側は片足がある。腕も同じで、顔も半分に分かれていた。互いが欠損を埋め合う様に。
異様な像の後方、『双子の塔』が在る。
その周囲を四足歩行の小動物が歩いている。
『塔』内で存在する様な動物がいる事に驚いた。しかし、それが普通ではないことがすぐに分かった。
動物はゆっくりと身体が衰え、倒れる。腐敗が始まる。
身体が土に返り、その部分から新たな小動物が生まれ、つがいとなり、子が生まれ、死を迎えている。
気味の悪い光景に言葉が出ない。
視線を上げ、『塔』の外観を見る。無駄な装飾が無い円柱だった。
光沢ある黒色。
左右対称の塔。古い魔力文字が右に現れると左に移動する。
上下が逆さまになり、崩れる様にして文字が消える。
今度は左右反対で同じ現象が起きる。
次の瞬間、『塔』に縦の切れ込みが入る。無音で開き、強烈な吸引により俺達は飲み込まれた。




