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2 評判の悪い貴族の家

 もしかしたら冗談かも。という希望的観測を抱きつつ彼の宣言から1週間が経った頃。


 ジーノ君が本気だったと知ったのは、実際に目の当たりにしたときだった。


「どこで買ったの」


 つい真っ先にそう聞いてしまうほど、目に痛い恰好。具体的に言えば、表地が赤、裏地が金色の羽織。ふりそそぐ太陽の強い光をバシバシと反射している。鮮やか過ぎて直視できない。


「仕立てた」

「へええ…」


 ジーノ君の気持ちのよいさっぱりした返事に、私はくぐもった声を上げる。サングラスは無かったかと鞄を漁ったが無かった。そういえば入れた覚えも無い。自分でも気が付かないうちに混乱している。


 それ程、彼の格好は悪目立ちしていたし、端的に言えばすごくガラが悪かった。これまでのさっぱりした白いシャツとベストという爽やかな服装からの振れ幅が凄い。


 できればいくら仲良しでも、その恰好で隣を歩くのは勘弁してもらいたいな、と思うレベルだ。


「これからはこういう感じでいく」


 そんなことを思っている間に、そのドギツイ服装のユニフォーム宣言をされた。


 ジーノ君は大真面目な顔のまま、くるりと背中を向けた。背中にはドラゴンとよく分からない超獣の大きな刺繍が施されていた。


 ストップをかける暇もなく、ジーノ君は颯爽と去っていった。道行く人が漏れなく二度見している。私は頭が痛くなった。


 何が起こっているんだ、と思いながらさらに2週間が過ぎたところで、またジーノ君と会ったが、その場には私達だけではなかった。


「アニエス。学校の帰りか」


 ジーノ君は至って普通にそう聞いてきたが、彼の両脇には見たことのない綺麗なお姉さんがいた。思わず口から「何やってんの」と呆れ声が出てしまい、慌てて口を噤んだ。


 お姉さんたちはにこにことジーノ君の両サイドを固めている。ジーノ君は変わらず例の羽織を纏っている。これまでのジーノ君ならまだしも、今のスタイルで突然モテる理屈が私には分からなかった。


 心底不審で、よくよくジーノ君を観察すると、彼が妙に固い表情をしていることに気がついた。

この状態に人為的な何かがありそうだとは思ったが、何と反応したらよいのか分からない。


「お疲れ様です」


 とりあえず一礼し、私は彼らに背を向けた。


 後ろからは何やらキャッキャと声が聞こえたが、振り返る気にもなれなかった。このときのジーノ君がどういう顔をしていたのか、私は知らない。



 それからまたしばらくして。


「婚約を白紙にしてやろうか」


 ジーノ君は私を人のごった返す市場に呼び出した。周りの人の目を見て、私は理解した。皆、ジーノ君を疎ましそうに見ている。


 ああ、そういうことか。


 ジーノ君は自分が悪者になって、私との婚約を流そうとしているのだ。世間的に、「私が」ジーノ君との婚約解消をしたのは妥当という風に持っていこうということだ。


 私の中で、スーッと何かが冷えていく。自分が怒っているのか、悲しんでいるのか分からなかった。ひとつ言えるのは、ジーノ君のやり方には納得がいかない、ということだ。


 彼の思惑通りに私との婚約が解消されて、そのまま彼のお家が潰れたら? ジーノ君はどうなってしまうの?


「どうして」

「俺の気が乗らないからだ」


 低く平坦に尋ねた。


「何で」

「平民のお前と俺では釣り合わない」


 返ってくる言葉も同じくらい冷たい。なのに。


 私は口を閉じ、ジーノ君から目をそらした。彼の目が訴えていた。


『酷いことを言ってごめん』


 

 あんな顔をするなら、しなければいいのに。


 この階段をこの気持ちで降りるのは初めてではない。呼び出されれば行く私も私だが、こちらのスタンスとしては「承服しかねる」と伝えるためなのだからやむを得ない。


 以前は気楽に会いに来たジーノ君が近頃めっきり来ないから、会える頻度もガクッと減った。ちなみにあちらの家には来るなと幼い頃からジーノ君にきつく言われている。


「はあーあ。ジェラートでも食べに行こうかなあ」


 もやもやしながら歩いていると、向かいから知った顔の少年が走ってくる。


「アニエス! もう終わっちゃった!?」


 男の子は花の詰まった籠を持って息を切らしていた。その名はカルロ。まだ10歳なのに、この辺りで花売りとして名を馳せている紳士だ。


 彼が楽しみにしていたのは私とジーノ君の茶番。昨日、「あるよ」と教えたから見に来たのだろう。カルロは私ともジーノ君とも友達で、先日見に来た時は爆笑していた。我々にとっては真剣な茶番でも、彼にとっては面白いショーなのだろう。


 私は彼に「遅かったね」と笑う。カルロはがっくりと肩を落とした。


「学校出た後、友達とちょっと遊んでただけなのに」

「残念」


 カルロは持っていた花籠を持ち直す。


「もういーや。アニエス、花買ってくれる?」

「いいよ」


 ごそっと花籠の中身を殆どを貰えば、カルロの顔がパッと笑顔になる。


「ありがと!最近ジーノには売りづらいんだよなー」


 口を尖らせる彼に代金を渡しながら、カルロに「どうして?」と尋ねる。カルロはジーノ君が大好きだったはずだ。巣から落ちた小鳥を助けたジーノ君を見て、「将来ジーノみたいになる」とまで言っていたのに。


「だって。ジーノ変だもん。アニエスと結婚するのに、変な女連れてさ。俺、ジーノん家は大嫌いだけど、ジーノは好きだったのに」


 私は目を瞬いた。


「心配するじゃん。アニエス可哀想じゃんよ…」

「カ、カルロ…」


 小さな彼が照れを隠しつつ、それでも心から心配をしてくれている。

 感激が過ぎて、私はカルロを抱きしめようと腕を伸ばしたが、カルロは私の手を静かに拒否し、何事も無かったかのように悔しそうな顔をした。


私は些か傷ついたが、平静を装って「カルロ…」ともう一度名前を呼ぶ。


「今日はジーノに石でも投げてやろうかと思ったのに…」


 それはやめてあげてほしい。普通に危険である。けれど。


 ぶすっとしているカルロを見て、私は心の内で「成程」とある納得をした。


 ジーノ君のアレがポーズだと知らないと、今の彼を見た街の人―かつてジーノ君を慕っていた人々は、こんな気持ちなのだ。

元々評判の悪いウィルヴィニー家の嫡男であるにも関わらず、皆から好かれていたジーノ君。

 現在の状況は自業自得とは言えども、私はちょっぴり寂しい気持ちになった。


「ジーノ、元に戻ると良いな。でも、ジーノん家は本当に最低だからお前もちゃんと生きていく方法を考えた方がいいぞ」

「おっと?」


 しんみりしていたところに、6つも離れた男の子から将来を考えろという厳しめのお言葉を頂く。いや、この歳で商いをしっかりやっている彼には、私のことなど近所の呑気なお姉ちゃんにしか見えていないのだろう。


 カルロは以前馬車で引かれそうになった際に乗っていたジーノ君のお父さんに「邪魔だ子犬」と言われてからウィルヴィニー家を毛嫌いしている。あのとき、ジーノ君がどれほど怒ったか分からない。家のガラスが何枚も割れたと聞いた。


「お前平民だから絶対虐められるぞ」

「………」


 カルロの言うことは非常に的を射ている。私は何も言えずにカルロの厳しい目を甘んじて受け入れた。

 

 ジーノ君との結婚を当たり前に受け入れていた考えなしの私は、結婚したらしたで何とかなるだろうくらいの認識しかなかった。


 それが最近は段々と「結婚した後どうなるかよく考えた方がいいのかも」と思うくらいには現実を見始めた。


 ただし、どうすべきか。私には未だ進むべき道が見えていない。


「ありがとう、カルロ」


 私は誤魔化すように笑うと、カルロの頭をくしゃりと撫でて立ち上がる。


「礼ならジェラートでいいぜ」


 ちゃっかりした小さな紳士は、得意げに笑った。何だか気を遣われたようでしょっぱい。


「いつものとこでいいですか」

「あ、待って。ニーナも誘って来る」


 カルロは軽く駆けていく。ニーナはカルロと仲良しの女の子。カルロは仲良しの彼女を差し置いて、自分だけジェラートを食べることを良しとしない男前だ。払うのは私だけど。


「私達もそうだったのに…」


 カルロの背中は直ぐに見えなくなった。私はそう時間を置かずにやってくるであろう彼らを羨みながら待つ。


 私達も人目を憚らず手を繋ぎ、ジェラートを頬張った時代があったのだよ。


お読みいただきありがとうございます!

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