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君に恋して  作者: GOKUMA
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後編その1

 ソフィアは焦っていた。


 パン屋のシフトの代わりはなかなか見つからなかった。ちょうど最近2人辞めたばかりで、ソフィアが一時的にでも抜けるとシフトが回らなくなってしまうのだ。ソフィアの責任感の強さが仇になってしまった。


 ジョージから最後に手紙を受け取ってからすでに2週間が経っていた。きっと手紙を送れないほど忙しいのだろう。すぐにそばに行ってジョージを支えてあげたかった。もちろんジョージがパーティ三昧の日々を送っているとは知る由もなかった。


「店長!もう本当に行きます……!フィアンセの晴れ舞台なんです!」

「そうは言ってもなぁ……。ソフィアがいないと本当に困ってしまうんだよ。」


 そんなやり取りがここ1 週間ほど続いていた。パン屋にはずっと生活を支えてもらっていた義理もあり、二進も三進もいかなくなっていた。


「一か月……いやもう三週間でいいですから。お願いします……。ぐすん。」


 ある日、仕事終わりについにソフィアは泣き出してしまった。


「分かったよ。ずっと引き留めていて悪かったねソフィア。明日からソフィアが帰ってくるまで店をお休みにしよう。」

「店長……申し訳ありません……。えぐっ。」

「せっかくの王都なんだから、たくさん楽しんでおいで。これは少ないけど、ハイ。」


 店長は封筒をソフィアに手渡した。臨時ボーナスだった。ソフィアは封筒の中身を見て言った。


「そんな、受け取れません店長。」

「いいんだよ。たくさん人が辞めたばかりで、本当に助かったよソフィア。」

「ありがとうございます、本当にありがとうございます……。」


 ソフィアは急いで家に帰ると、着替えを詰めたバッグとアコースティックギターを取って王都に向かって出発した。そのギターは、ジョージが質に入れていた思い出のギターである。ソフィアは町中の質屋を回り、質流れ寸前のギターを貯めていたお金で買い戻していたのだった。ジョージへのサプライズプレゼントにしようとしていた。


(ジョージ、きっと喜ぶと思うわ。)


 ソフィアは、はやる気持ちを懸命に抑えながら、王都行きの馬車へと飛び乗った。


***


 ジョージはアイラの腕を掴んで逃げた例の男をあれ以来見かけていなかった。


 アイラはコンサートの度にジョージについてきて、パーティではずっとかたわらにいた。会話の途中で相槌を打っては場を盛り上げた。決してジョージの仕事の邪魔をするわけでもなく、常にジョージを立てる発言をした。貴族たちは皆、アイラとジョージが恋人同士だと思っていた。


 優雅な生活に慣れるのは早いもので、ジョージは徐々に王都スタイルの生活に染まってしまっていった。最高の食事、最高のお酒、最高の接待、そして隣には気の利くお姫様。アイラは痒い所に手が届くようにジョージに快適な生活を提供していて、全てがジョージの欲求を満たしてくれた。ジョージは時折以前の貧困生活を夢に見ることがあった。冬、隙間風の入る部屋で凍えている夢だった。朝起きると、冷や汗をびっしょりとかいていた。


「ジョージ様、コーヒーはいかが?」

「ああ、ありがとうございます、アイラ様。」


 アイラは徹底的にジョージに尽くした。本来召使いが担当するようなところでさえ、代わりにアイラが率先して対応した。侯爵家の当主は、それを微笑ましく見ていた。


「ジョージ君、ちょっといいかな?」

「はい、ご当主様。」


 ジョージは侯爵家当主の部屋に通され、椅子に腰かけるように促された。


「アイラが君のことを大切に想っていることは知っているね。」

「……はい、ご当主様。」

「君に婚約者がいるというのは以前聞いた通りだ。しかし、そろそろ決断するべきなのではないのかね?私のたった一人の愛する娘だ。決して傷つけるようなことはしないでもらいたい。」

「……はい。」


 次第にジョージがソフィアに手紙を書く頻度は減っていった。始めのうちは忙しい中でも毎日手紙を送っていたが、やがて1日、2日と間が空くようになり、ついにはそれも途絶えてしまった。


 しばらくしてソフィアからジョージ宛に手紙が届いた。ジョージはマネージャーから手紙を受け取って読んだ。


<ようやくパン屋の仕事の都合がついたわ!今から向かうからね。愛するジョージへ。 ソフィア>


 以前はソフィアから手紙が届く度にジョージは大喜びしたものだった。だが、その時はその手紙を読んでこう思った。


(参ったな、どうしようか……。)


 あれほどソフィアが王都に来るのが待ち遠しかったのに、その時はそうではなかった。ジョージはそっと手紙を閉じた。


 ジョージが開封するより前に手紙に開封された跡があったことについては、その時のジョージには気が付かなかった。


***


 ソフィアは王都に着いた後、花屋で花束を買うと、真っ直ぐにその日のジョージのコンサート会場へと向かった。予定よりも到着が遅くなったため、コンサートは終わりの時間に差し掛かっていた。ソフィアはチケットを持っていなかったが、婚約者であることを伝えれば入れてくれるかもしれないという一縷の望みにかけて関係者受付へと向かった。


「すみません、ジョージのフィアンセのソフィアと申します。」

「ああ、ちょっとお待ちくださいね。」


 受付の女性が何やら後ろの係員と話すと、係員は奥へと走っていった。その後、係員の代わりに中肉中背の男性が出てきた。


「ジョージから話は聞いております。ソフィア様ですね。ジョージのマネージャーをしている者です。いつもお2人の手紙のやり取りを仲介させていただいております。満席のため今から会場入りは難しいのですが、ジョージの控室へとご案内しましょう。」


 マネージャーを名乗る男はにっこりと笑ってソフィアを案内した。ソフィアはマネージャーを見て、いかにも仕事のできそうな風貌をしているな、と思った。


 ソフィアは控室の隅にある椅子を借りて座りながら、ジョージのコンサートが終わるのを待った。久々の再会に胸が躍った。控室にはほかにマネージャーを含め5名ほどの関係者がいたが、その中でも一際目立つ、華のある女性を絵に描いたような令嬢がいるのが気になった。


 部屋の壁を揺らすような、万雷の拍手が聞こえた。コンサートが終わったのだろう。もうすぐジョージが出てくる……!ソフィアはいつにもなく緊張した。


(ジョージが出てきたら最初はなんて声をかけようかしら……?「会いたかったわ」かしら?それとも「遅くなってごめんね」?いえ、やっぱり「お疲れ様、ダーリン」ね。)


「お疲れ様!ダーリン!」


 まるでソフィアの心の声が話したかのように、部屋のどこかから大きな声が聞こえた。ソフィアが声の方を見ると、先ほどの美しい令嬢が見覚えのある男性を抱きしめてキスをしていた。


「ありがとう、アイラ様。今日はとても上手くいったよ。」

「とても素敵でしたわ、サプライズに控室で出迎えようと待っておりましたの。」


 その時ジョージはばさり、と何かが落ちる音を聞いた。ジョージが達成感に満ちた満面の笑みを浮かべながらその音の方を見ると、花束が落ちているところに見覚えのある女性が立っていた。ジョージはそこで時が止まった。


(え……?)


 手紙が届いた日から考えれば、ソフィアが王都に到着するのは少なくとも4、5日は先のはずだった。ジョージは目を疑ったが、どうやらそれは現実に起きていることのようだった。ソフィアが口を開いた。


「その人……誰?」


 ソフィアは放心した表情から徐々に怒りの表情へと変わっていった。


「こ、この人……だよね?」


 ジョージはパニックになった。


「そう、その人よ。」

「こ、この女性のこと……だよね?」

「そう、その女性よ。」


 ジョージが視線を落とすと、その女性アイラがきょとんとした表情をジョージに向けていた。ジョージのパニックは加速した。


 その時、部屋にいた関係者の一人が横から口を挟んだ。


「その方はジョージさんの恋人のアイラさんですよ。名家の令嬢です。」


(頼むから空気を読んでくれ……!)


 ジョージはなんとか上手い言い訳を考えようとしてぼろぼろの思考回路を急回転させた。


「えっとその……妹だよ、妹!」


 その場は静寂に包まれた。ジョージに妹などいなかった。ジョージを刺すような視線が部屋中から向けられた。アイラが口を開いた。


「わたくしのこと妹だと思っていらしたのですか……ひどい……。」


 アイラは目にいっぱい涙を溜めてジョージを見ていた。ソフィアは言った。


「あなたに妹なんていないわよ、ジョージ。」


 ソフィアは「はぁ……」とため息をついた後、怒った表情からあきれた表情になって言った。


「もういいわ。婚約は破棄してあげます。さようなら。」


 ソフィアは花束を拾い上げるとくるりと踵を返した。後ろを向いてジョージから表情が見えない角度になった瞬間、必死に堪えて平静を保っていたソフィアの表情がくしゃくしゃに崩れ、目からは大粒の涙がこぼれ出して止まらなくなった。ソフィアはそのままジョージから離れた場所のドアを勢いよく開けて控室から出ていった。


 ソフィアは気付いていた。自分は捨てられたのだと。だって、あの女性がジョージを抱きしめた時、彼が彼女に向けていた優しい眼差しは、かつて私に向けられていた眼差しと同じだったから……。


***


 ジョージは、その場でしばらくの間放心していた。今一体何が起こったのか咀嚼するのに時間がかかった。一つ確かに言えることは、ソフィアに婚約破棄されたということだった。


 ただならぬ気配を感じ、その場にいた関係者たちは皆、ジョージを見ないように目を伏せていた。目配せしながら笑みを浮かべるアイラとマネージャーの2人を除いて……。

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