プロローグ
□某都市のどこかの山
そこでは二人の青年が武を交わしあっていた。
一方が拳を繰り出すともう一方が蹴りを繰り出し、掴もうとしてきた腕を振り払っては、同じ様に掴もうと動く。
何十、何百と拳と蹴りを繰り出しあう。
応戦に続く応戦。お互いにお互いの攻撃を繰り返す。
鏡合わせの舞、永遠の猿真似。
お互いの思考が手に取る様に理解できる。
だからこそ決着はつかず、本気で終わらそうと考えぬ限り続いて行く武の稽古。
しかし何時までも続ける気は無く、互いの攻撃が当たった後直ぐに後ろに飛び距離を取る。
「……」
「……フゥー」
構えを変えて見つめあう。
おそらく次の一撃で終わらせるつもりなのだろう。
一方は腰を落とし矢を引き絞る様に左腕を前に出し力を込めた右腕を後ろに引く。
一方は両腕を広げ右足を下げ左脚に体重を掛け上半身を前に出す。
「……行くぞッ!」
「来いッ」
渾身の正拳突きと飛び蹴りが叩き込まれる。
―そうして、二人の青年こと¨神月光¨とその親友¨荒田 太陽¨の勝負に決着がつく。
▼ ▼ ▼ ▼
何時もの様に長時間殴り合い、最後に渾身の一撃を繰り出す事で鍛錬を終わる。
お互いに肩で息をしながらも、自身の顔にも相手の顔にも笑みが浮かんでいる。
んー!と両腕を伸ばした後、目の前の相手は後ろに体を倒す。
「だぁ~、また負けた!」
悔しそうな声でそう言いながら地面に倒れたのが俺の親友、荒田 太陽。
茶髪の爽やかイケメンで、スタイル抜群の細マッチョ。
性格は優しく、女たらし。
重度のゲーマーで、日本で一番有名なプロゲーマー。
因みこいつが所属しているプロチームは女性の割合が高い。原因は語るまでもない、女性関係は大体こいつの所為。
太陽とは所謂幼馴染。
昔からことある事に勝負を行い、常に何かしらの事で何をするわけでも無いが順位をつけている。
「流石に、連勝はさせないよっと……」
「おう、サンキュー」
肩を竦め、流石に先に初めていた俺が連敗するのはちょっとなぁ……と思いながら、横になっている太陽に手を差し伸べ起き上がらせる。
起き上がった後スポーツ飲料を飲んでいる太陽を眺め、ふと自分に関して考える。
自分……つまりは俺、神月 光。
容姿は肩に掛かるより少し長めの長髪の黒髪で、自分で言うのは何だが顔は少しイケメン。
性格は自分では分からないが、まぁ普通だと思う。
太陽よりはましだが、割とゲーマー。
自他共に認める鍛錬馬鹿。
最初はただ約束の為に鍛えていたんだが、次第に自分を高めるのに愉悦を覚えて今にいたる。
「それより、太陽。何か俺に用があったんじゃないか?」
「はっ、そうだった!」
そう、今回の組手は太陽が俺に話したい事があってついでに勝負しようぜ!っとメールが来た事で始まったんだ。
「光、一緒に『ファスクロ』しないか?」
「『ファスクロ』って、あの『ファスクロ』か?」
「そう!今話題沸騰中ゲームの『ファスクロ』だ!」
『ファスクロ』。正式名称は、『ファースト・クロスオーバー』。
三か月前に発売されたVRMMORPGゲームで、他のVRゲームよりも数段上の技術で作られたとされる、圧倒的自由度と世界観。
そして、本物の異世界と思わせる程に作り組まれたシステム。
βテスター曰く、「これは本物だぜぇ……」「俺、あの世界で初恋に出会った」「世界が、生きてる」「βテスターに応募したら異世界転移してた件について」……等の事がネットで広まり、あっという間に予約が埋まり、発売日では即完売。
最初は、流石にそこ迄ではないだろうっと疑心暗鬼だった人たちも、一度ゲームを起動したら全員が即土下座をしたと言われている。
これらの事から、今日から行われる三か月ごとの再販も予約で埋まり、今から手に入れようとすると生産数自体が少ない事もあり、一年待ちになる程の人気ゲームだ。
ちなみに、俺も一年待ち組だ。………抽選落ちさえしなければ今頃手に入っていただろう。
「俺は抽選落ちしたから、一緒に出来ないぞ?」
ちなみに、太陽はβテスターで発売日当日からのプレイ組だ。
毎日の様にゲーム内のスクリーンショットを送り付けられた。腹立ったからこいつのチームメイトに昔悪ふざけでさせた女装写真を送ってやった。
礼としてゲームソフトのギフト券が送られてきた。
「………フハハハっ!
これから常に俺に感謝しながら日々を過ごすんだな!見よっ、このパッケージを!」
「なッ、そ、そのソフトはッ!『ファスクロ』だとぉ!」
「偶々福引が当たってな。お前と一緒に冒険をしたくて、譲ろうと渡しに来たんだ」
高笑いをしながら、『ファースト・クロスオーバー』とデカデカと書かれた四角いパッケージを目の前に着きつけられる。
しかし何て運が良い野郎なんだろうか。
『ファスクロ』を当てた事にも驚いたが、こいつが引いた福引と言うのは家の近くにある馴染みの商店街の所だろう。
あそこは昔から福引の商品は途轍もなく豪華だがそれに比例するかの如く、狙ったソシャゲの最高レア度を引くより何倍も確率が低い。
目玉商品を太陽に取られて濁流の様に涙を流す商店街の頭をやっているゲームショップのおやじの姿が目に浮かぶ。
「本当に貰っていいのか?……後から何か請求してこないよな?」
「ああ、是非貰ってくれ。俺とお前の仲……おい、人の親切を疑うなよ。」
「……高校の愛川事件」
「いや~!お前と『ファスクロ』をやりたくて仕方ないんだ!ぜひ受け取ってくれたまえ!」
こいつが女性関係で唯一失敗した事件を囁く様に口に出すと、笑顔で冷や汗を流しながら『ファスクロ』のパッケージを押し付けてくる。
「じゃあありがたく貰おう。」
「おう。因みにヤバいぞ?絶対にハマる。」
「ふむ。……帰って良い?」
早く始めたくてうずうずしているのに気が付いたのか、太陽は苦笑いしながら承諾する。
「ああ。じゃ、ある程度進んだら連絡してくれ。一緒に遊ぼうぜ!」
「直ぐに追いついてみせるさ。」
太陽と別れ、自宅への道を進む。
『ファスクロ』……まさか、こんなにも速くできるとは。
リュックの中に入っている『ファスクロ』に期待と歓喜を心を染めながら帰宅を急ぐ。
「トイレよし。栄養摂取よし。VRマシンの調子、良し!」
帰宅後、逸る気持ちを押さえながら長時間ログインに向けての準備をして、最終確認を行う。
確認を終え、VRマシンに『ファスクロ』をセットしてゲームを起動する。
「ゲームスタート!」
そうして、待ちに待った俺の『ファスクロ』生活が始まった。