第38話 合意事項
「日向さん、アンタなかなか鋭いな」
島は一つ唸りながら言った。
「まあ、名誉職ほど人間の欲が出るって言いますものね。その立花って方も相当の野心家みたいですね」
「も、って、オレを野心家みたいに言うなよ(笑)。まあ、ずっとこの地位に恋々とするつもりはないんだがよ。でも『老害』とまで陰口叩かれたら、はいそうですか、とはいかねぇわな」
島は吐き捨てるように言い、苦い表情で手元の湯呑みを弄んだ。
父親の代から美浜区の発展を信じ、私財を投じてまでガビアータを支えてきた自負がある。
それを新興勢力に「古い価値観」として切り捨てられ、効率や話題性だけでバスケットボールチームへの鞍替えを迫られる屈辱は、単なる地位への執着よりも深い傷を島に残していた。
「島さん、その『老害』という言葉、彼らに後悔させてやりましょうよ。変化を恐れているのは、むしろ対話を拒んで既成事実だけを作ろうとしている彼らの方かもしれません」
日向が不敵な笑みを浮かべて放った言葉に、島は一瞬目を見開いた。
「……後悔させる? どうやってよ。若手の立花はもうライナーズのホームページに商工会の名前を載せる手筈まで整えてやがるんだぞ」
「名前を載せるのは勝手ですが、肝心の『心』が動かなければ、それはただの広告枠です。僕たちは、もっと泥臭く、もっと生々しいやり方で、幕張の人間を熱狂させます」
日向は傍らに控えていた町島に視線を送った。
「マッチー、君がさっき言った『ラジオ』の件、島さんたちの商工会でも聴けるようにできるよね?」
「えっ、ええ、もちろんです。インターネット環境さえあれば、スマートフォンでもパソコンでも」
町島は突然の振りに戸惑いながらも、島の目を真っ直ぐに見返して答えた。
「島さん、今のガビアータに必要なのは、立派な公式声明じゃありません。僕たちが何を悩み、何を信じて戦っているのかを、包み隠さず晒すことです。島さんのような方が、なぜ自腹を切ってまで僕たちを支えてくれているのか。その『犠牲』の裏にある本当の想いを、若い連中にも直接ぶつけてやりましょうよ」
「俺の想いを……直接だと?」
「そうです。彼らが『古い』と切り捨てるその熱さこそが、実は今のこの街に一番足りないものかもしれない。それを証明するのが、僕と町島が計画しているこの対話の場です」
沈黙が流れた。
横内は機能不全に陥った右目を細めながら、日向の言葉を吟味するように聞き入っていた。
木下はベッドの上で感じたあの時の衝撃が、より具体的な形を帯びて目の前に提示されていることに興奮を隠せない様子だった。
「日向さん……アンタ、本当に食えない男だ。だが、その『ラジオごっこ』、もし本当に俺の腹の虫が収まるような場になるんなら、小林副会頭たちも説得してやるよ」
島はそう言うと、ようやく表情を崩して豪快に笑った。
「決まりですね。ではマッチー、大至急サポーターの皆さんが唸るような番組構成を練ってくれ」
「……善処します。日向さん」
町島は、島や横内たちの目に宿った微かな希望の光を見逃さなかった。
親会社の呪縛や、地域の世代交代という冷徹な数字の裏側にある、泥臭い人間ドラマ。
それこそが、新生ガビアータが逆襲するための最大の武器になるのだと、町島は確信した。




