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カモメが飛ぶ日  作者: Tohna
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40/46

第40話 202x+1年シーズン開幕!

 202x+1年3月3日(土)。


 JSLリーグディビジョン1の新しいシーズンが始まる日だ。


 実際には、昨年度優勝チームであるアンギーラ浜松と9位だった横浜クルセイダースの試合がすでに行われていた。


 補強に失敗した―― 実際には、新たにGMになった園田の指示で、前任GMの舘が仕掛けた移籍話をことごとく潰したのだが ―― クルセーダースは、監督となった保阪の仕掛けた戦術も不発で、優勝候補筆頭のアンギーラに0-3で完敗していた。


 スポーツ新聞の裏一面には、Mr.クルセーダースと現役時代に呼ばれていた保阪の苦々しい顔のアップがゴールを決めたアンギーラのベンハミン・ヘススのドヤ顔と並べられていた。 


「これじゃあ保阪さんも気の毒だよなあ」

 開幕戦をアウェーで迎えたガビアータの球団社長・山際は、試合会場であるさいたまユナイテッドの本拠地、6万人を収容する「埼玉国立サッカーアリーナ」のVIPルームで、GMの日向、マーケティング部長の比良と共に次節のホーム開幕戦のイベントについて打ち合わせをしながら談笑していた。


「間違いなく園田さんですよね、これ。保阪さんの追い出しを目論んでるとかですかね? ひょっとして」

 比良が核心を突いた質問を山際にしたところ、山際はよくわからないが、と前置きをして自分の考えを話した。


「親会社のNDFも川島製鉄ウチと同じような体質らしいし、親会社に園田さんが気に入られていれば好き勝手出来るのかもな」


「まあ、ぼくはどうでもいいですよ。カミソリみたいに鋭い保阪監督が、お家騒動で自由に動けないチームの方がウチにとってはありがたいですし」

 日向は敵失に喜んでいるようであった。いかにもリアリストである日向の考え方だ。


「今日の開幕戦、デルソル戦みたいに上手く勝ってくれるといいけどな」


「山際さん、相手はさいたまユナイテッドですよ。このところACLアジアチャンピオンズリーグには出れていませんが、選手層は厚いですし、正直僕から見れば穴がない」


「日向さんらしくもないな。須賀川君はなんと言ってるんだ?」


「須賀川さんも僕よりも引き出しが圧倒的に多いですし、選手の特徴を理解して戦術を当てはめるのは得意分野でしょうね。今日の布陣見て何か思い出しませんか? 山際さん」


「3-2-5か。これ、『グアルディオラの4バック殺し』だろ? ウチの選手たち、できるのかい?」


 グアルディオラとは、マンチェスターシティ、バルセロナ、バイエルンミュンヘンなどビッグクラブを次々と絶対王者にならしめたペップ・グアルディオラ監督の事である。


 中盤が薄くなることを承知の上で、4-4-2のオーソドックスな戦法を取るさいたまユナイテッドにはディフェンス側もオフェンス側も常に数的優位を作れる奇襲ともいえる3-2-5をぶつけてきた。


 4-3-3でビルドアップ*を開始し、とにかく中盤を飛ばしてでも前線にボールを運んでインサイドハーフを一枚削り、数的優位が作れるとその5枚のアタッカーたちがゴールを仕留めてくれるという算段だ。


 下総銀行カップの布陣を研究しているであろうさいたまユナイテッドの監督、スタニスラフを混乱に陥れるために須賀川が非公開で練習を重ねてきた隠し玉だ。


「まあシティがいつまでも勝ち続けることができなかったように『5トップ』もすでに過去の戦術になりつつありますけど、対処するまでに1点か2点とってくれないかなって思っています。その後のことも須賀川さんはもう考えていますよ」


 ピッチではすでにウォームアップが始まっている。


 遠目にもわかるくらいガビアータの選手たちには笑顔もあり、あまり緊張している感じはしなかった。


 午後2時。


 ついにキックオフ。


 さいたまユナイテッドは予想通り4-4-2の布陣、ガビアータは4-3-3でコイントスでキックオフボールを選択。


 ディフェンスには、赤羽、山口をセンターバックに、関口と中野を左右のサイドバック配置、中盤に川上、坂上、眞崎を横に並べ、スリートップは尹、ヘンネベリ、湯川を並べた。


「このスタメンとフォーメーション、どういう事だ?」

 スタンドはざわついた。


「下総銀行カップで安定した守備をこなしていた中野がサイドバックに戻っただと? で、眞崎が右のハーフってなんだよそれ!」

 さいたまユナイテッドのベンチにも動揺が走った。

 

 これが攻撃時には、関口はトップまで上がってゆき、同時に川上も尹とヘンネベリの間にポジションチェンジを。

 中野は赤羽、山口と共に3枚のディフェンスとして相手のツートップに対峙する。


 この「5レーン」は前半6分に早速機能する。


 関口と川上が上がって5枚になった攻撃陣は、さいたまユナイテッドの4バックを容易に切り裂き、関口が川上に送ったショートパスがラストパスとなってそのまま流し込んでゴール。


 その後も前半36分に追加点、3バックとなった中野、赤羽、山口も安定した守備を披露してさいたまユナイテッドのシュートはミドルシュート2本に抑えた。


 後半は3-2-5のミラーシステム*に変更してきたさいたまユナイテッドだったが時すでに遅し。後半は互いに決定機を何度も迎えたものの得点ならず2-0でガビアータの快勝でタイムアップとなった。


「後半、対策してきたさいたまに対して、須賀川君は『その後』を披露してくれなかったな」

 山際は日向が試合前に予告した相手が対策してきたことに対する更なる対策を気にしていたようだが結局それを見ることはできなかった。


「すみません、何かやってくると思っていたんですけどね。おそらくポン、ポンと得点が取られてしまって、さいたまが混乱し続けてしまったので秘密兵器を隠し通すことができたってわけですかね」


「なるほどな」


「あと、須賀川さんはさいたまだけではなく、ほかのチームにも『ガビアータは3-2-5に拘っている」というミスリードを期待しているんだと思います。」

 そこまで考えているのか、と少し驚いた山際はにんまり笑って、


「今年はやってくれそうだな」

 と言って日向とガッチリと握手をした。


*ビルドアップ: ディフェンスから丁寧につないで前線に徐々にボールを運んでいく攻撃の組み立て。

*ミラーシステム:対戦する両チームが同じフォーメーションで戦うこと。試合が膠着状態に陥ることが多い。

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