第33話 下総銀行カップ(3)
午後一時五分。
センターサークル付近で主審は、コイントスで攻撃を取った我孫子デルソル側を指さしながら、ホイッスルを咥えた。
まもなく待ちに待ったキックオフだ。
4-3-3の攻撃的布陣のガビアータ幕張の先発は、
GK 粟尾
CB(右) 中野
CB(左) 山口
RSB 眞崎
LSB 関口
センターハーフ 坂上
右ハーフ 鈴木
左ハーフ 村雨
センターフォワード ヘンネベリ
右ウイング 尹
左ウイング 川上
となった。
ゲームキャプテンは昨年に引き続き鈴木が務める。
須賀川は一切の聖域なく、白紙からこのチームを作り替えようとしたが、練習中の真摯な態度や、泥臭く体を張った守備、ゲーム中の適切なコーチング、チームメイトからの信頼の厚さを考えると、鈴木の他に選択肢はなかった。
眞崎もキャプテンシーにあふれる良い選手だが、流石に移籍後すぐに任せるのは本人に重い負担となるのでここは鈴木に任せることに決意したのだ。
スターティングイレブンのコール時に、やはり驚きの声が上がった。
中野が粟尾に続き場内にコールされた時の事だ。
「中野ってセンターバックできるの?」
「中野がセンターバックで、外れるのは誰?」
正解は赤羽が外れる、だ。
山口はディフェンスの不安定さから控えに甘んじていたが、195㎝を誇る体躯、時折見せる絶妙な攻撃参加と得点力が評価され、課題だったデュエルでの弱さ、ポジショニングの甘さをウィンターキャンプで克服したと判断された。
赤羽はよく言えばオールマイティーだが、その実特徴がない。
しかし須賀川は赤羽が腐らないよう細心の配慮をスターティングメンバ―の発表時に施した。
「今日のゲームはプレシーズンマッチだし、山口のディフェンスレベルが赤羽《お前》くらいになっているか実践で試そうと思っている。リーグ戦になれば、当然二人を併用していくからな」
赤羽は自分のチームでの位置づけをよく理解していた。しかしこのままレギュラーの座を山口や中野に渡すつもりはない、と須賀川に宣言した。
ヘッドコーチの桜井は、
「ヤマは、大丈夫ですかね?」
と心配顔だが須賀川は意に介さず、
「サク、ヤマは大丈夫だよ。それよりトモの方が」
「えっ、アップみてても結構調子もいいみたいだし何が心配なんですか?」
「あいつ、気持ちの熱いヤツじゃん? 下らんファールとかもらわないといいけどな」
「そこですか」
苦笑する桜井。
そして眞崎にも大きな声援が飛んだ。
思えば僅か2か月前、同じここカワアリでの最終節、カルバロス群馬の緑色に染まったスタンドは、今日は半分が我孫子の黄色、もう半分はガビアータの黄土色にきっちり分けられていた。チケットは完売であったが、実際の客の入りは八割という感じだ。
桜井は指を差しながら、
「スカさん、今日はちゃんとお客さんが期待してくれているんだよね」
と言った。
須賀川は、
「ああ、それは感じるよ」
と、応えた。
尹はセンターサークルの中心から叫んだ。
「楽しんでイコー!」
鈴木と村雨がサムアップして応えた。
「やってやる、やってやんよ!」
中野は一人昂っていた。
それを見た眞崎がクールに言い放つ。
「トモ、心はどんなに熱くなっても、頭は冷静にな」
「分かってますよ」
「本当にわかってんだろうな、頼むぜ、トモ!」
後ろから粟尾が茶化すように言った。
「うるさいって。俺は去年までの俺じゃねえんだよ。今日はシュートを撃たせないからお前は楽できるぜ。粟尾」
「そりゃ楽しみだ」
そう言って粟尾は笑った。
昨年までは溝のあった二人だが、中野はしたり顔で少し笑った。
そして1.5秒の少し長めの主審の笛が鳴った。
デルソルに新加入のディエゴ・モランがショートパスを同じフォワードの杉嵜 蒼汰に渡してゲームは始まった。
ガビアータの守備はかなり早く寄せてくる。
杉嵜は堪らず一旦ボランチの日本代表、松山 雄輔にバックパス。
すぐさま昨年までトップ下だった左のアタッカー、川上が松山に寄せる。
松山は尹を躱そうとフェイントを出すが、川上は騙されない。
スタンドでは、ガビアータのテクニカルスタッフである東福寺がほくそ笑む。
「ほーら。松山の悪い癖が出たね」
東福寺のスカウティングで、松山は正面からのプレスに対して九十パーセント以上はフェイントで躱そうとするというデータを既にイレブンにはインプット済みだ。
川上は松山のボールを奪うと、オートマチックに左右のアタッカーがペナルティエリア付近でラインを敷いているデルソルディフェンダーたちの辺りまで走り込む。
川上はタイミングを見計らい、ヘンネベリにスルーパスを出した。
しかし線審の旗が上がった。
オフサイドだ。
「あいつら、ライン統率上手くやってんな」
短く舌打ちをする川上。
キャプテンマークを巻くデルソルのセンターバック、賀茂川は手を叩いて味方を叱責する。
ゾーンディフェンスを敷くデルソルに対して、ガビアータは手を焼きそうな予感がしたファーストプレーであった。




