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カモメが飛ぶ日  作者: Tohna
役員会
18/46

18. 噂

「なあ、今朝から人事の中村さん来てるだろう?」


 ガビアータ幕張の営業部の野間口は、社長の山際と人事の中村がずっと会議をしているのに気を取られて仕事が手に付かなかった。




「ああ、オレも気になっている。多分あの噂の件、本当なんだろうな」


 同じ営業部の勝又は「噂」の事を中村の来訪の根拠と断じた。




 二人の仕事である営業は主に広告収入を得る事だ。


 とりわけスポンサーフィーはサッカー事業で必要な販売管理費を賄うために重要な収入科目であり、そのスポンサーを取るために野間口は東奔西走していた。




 残念ながら川島スチールアリーナに掲示されている看板の収入は、所有者であり運営会社である川島製鉄に入り、ガビアータには何ら利益をもたらさない。




 また、現時点でのガビアータ幕張のメインスポンサーは親会社である川島製鉄である。


「KAWASHIMA STEEL」とガビアータのゲームシャツの胸の部分に大書きされているのがその証拠だ。




 ガビアータに限ったことではないが、JSL-Aに所属しているチームの半分は親会社に収入面でも頼らざるを得ないところに問題は凝縮している。




 ガビアータの場合、このチームが脚光を浴びるのは降格争いから何とか抜け出すことくらいで、リーグやカップ戦で優勝争いをする・アジアクラブカップに出場するなどポジティブな話題に著しく欠けるため、広告として露出が足りないのが事実である。




 ユニフォームスポンサーは定価が高い順に、


-胸スポンサー 


-背中上部スポンサー 


-左右鎖骨スポンサー


-左右袖スポンサー


-背中裾部分スポンサー


 の合計7か所であるが、胸スポンサーがスポンサー収入の1/3を占める。




 仮に川島製鉄がガビアータが設定している胸スポンサーフィー1億5千万円を拠出してくれなくなれば、その代わりを探さねばならず、その場合には定価ではほとんど販売できないであろう。


 


 しかも、現在、背中上部スポンサーは空いていて、右の鎖骨スポンサーもない。




 千葉県内の企業でめぼしい上場企業をしらみつぶしに当たってみたが、新型コロナウィルスの影響による売り上げの減少でどこも数千万円の広告費用はを拠出するには、「費用対効果」が必要だと口にする。




 ガビアータは投資に値しない、そう言われているに等しかった。




 余談だが営業を掛けた会社のほとんどが、会社案内で「地元千葉への郷土愛」や「地元への貢献」を謳っていた。


 


 貧すれば鈍する。郷土愛などお題目だ、と非難することは出来ない。




 野間口も勝又もこの会社がどうなるのか気が気ではなかった。


 自分たちの営業力でチームを救いたい。そのような気概はいつの間にかどこかへ行ってしまっていたのだ。




「噂って、もう売却が決まってるっていうアレだろう? オレはお前と違って川島製鉄からの出向組じゃないから戻るところはないし転職活動し始めないとな」


 野間口は2年前に建設会社の営業からガビアータに転職してきた26歳だ。




 千葉で生まれ育ち、サッカーが好きで、応援してきたガビアータのユニフォームの広告を売る仕事なんて夢のようだった。




 一方、勝又は川島製鉄からガビアータへ出向してきた若手営業だ。もともとは国産自動車会社への超高張力鋼板の直需営業を行っていたが、成績が上がらずやはり2年前に配置転換でここに来た。




「野間口は知らないと思うけど、オレの場合、片道切符なんだ。戻るところなんてないさ」


 二人はたまたま同い年ということもあり、この2年間切磋琢磨して来た。




 しかし、商品であるチームがポンコツだと、(スポンサー枠が)なかなか売れないのはサッカービジネスでも同じことだ。


 


 ガビアータ幕張を「売る」ことの難しさを知る二年間でもあったのだ。




 噂話をしているうちに自然と二人からため息が漏れる。




 午後になると、営業の二人だけでなく広告とイベントと広報を仕切るマーケティング部、経理部の社員全員に「噂」は広まった。




 社員の異変を先に感じたのは中村だ。




 山際との打ち合わせの合間にトイレに行こうとした時、すれ違った経理の八乙女沙織が視線を合わせず会釈だけした。




 いつもはにこやかに挨拶してくれたのに。


 よく観察してみると、社員から投げかけられる視線に厳しさを感じた。




 人事のキャリアマネージャーは特にそうした社員の変化には敏感なのだ。




 トイレから戻ると、




「山際さん、何か良からぬ噂が社内に充満しているようですね。内容は分かりませんが恐らくチームの売却が既定路線だと誤解されているんじゃないかと」




「えっ、そうか? まあ、オレと中村さんが二人で険しい顔して個室に詰めてりゃ疑心暗鬼にもなるわな」




「山際さん、人事異動の事はもちろん役員会の承認後ですから今は何も言えませんが、これから何が起こるのかくらいは、みんなに話した方がいいかと思います」




「ちょっと待ってくれよ。今このタイミングで何を話すんだ? 来年ダメなら売却って、そこまで踏み込むのか?」




「そうです。山際さん、ここは腹を括りましょう。腹を括るのは自分だけでいいとかカッコつけてませんか? さっき山際さんはいみじくも『チームで』って言いました。いいチームの条件は良いことも悪いことも情報を共有しているものです」




「しかし」




「しかしもへったくれもないです。時間が経てば社員の疑心暗鬼は取り返しのつかない行動に変わる可能性が高いです。忘れましたか? リーマンショック時のリストラの時の事を」


 中村はポーカーフェイスを脱ぎ捨て、この会社のために一丸となろうとしている。




「もちろん、忘れちゃいないさ。中村さんの言うとおりだ」


 山際はそう言って心を決めた。




 川島製鉄では壮絶なリストラを敢行して社員の間には分断ができ、解雇された社員からリークされマスコミにも相当叩かれたが会社が情報を出さずいきなり指名解雇まがいの事をやったからだ。




 個室のドアを開いて、


「なあ、みんな。ちょっと聞いてもらいたいことがあるんだ」


 と大声を出した。

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