居眠りのち雷が降るでしょう
天領高校は絶賛活動中!シリーズの三作目です。
今回はいろいろと書いたり消したりと難産な一編となりました。
天領高校では部室の鍵の管理は職員室で行われている。まあ、管理とは言ってもそこまで厳密なものでもなく、平日は部活が始まる前に取りに行って、部活が終わったら返しに行く、それだけだ。休日になるともう少しめんどくさくなって活動の予定表を提出する必要があるが。
鍵の管理方法は部によってそれぞれで、返しに行くのは原則として部長や副部長だというのは共通してるが、取りに行くのが誰かというのは部によって違う。基本としてはその日一番早く部室に着いた人が取りに行くのが多いが、中には当番で持ち回りにしたり、横着いところでは鍵を返さなかったり鍵を掛けなかったりする部もあるにはある。ある程度は教師たちも黙認してくれているが、それでもし何か問題が起きたりしようものならそれはもう大変に面倒くさい事態になることは分かり切っているので、その辺りは部の事情とリスクを秤にかけてどちらを取るかということだろうな。
文学部では部員数が二人しかいないということもあって特に取り決めもなくどちらか早い方が取りに来ることになっている、と言っても俺が取りに来ることの方が圧倒的に多いんだがな。前に一度、そのことについて部員一号に問い質したら、「女子はいろいろと準備に時間がかかるものなんです」なんて言われたが、部活に来るのにそんなに準備なんて要るもんなのか?
とまあ、ほぼ俺が取りに行って俺が返しに行く部室の鍵なんだが、当然ながら部員一号が取りに行く日もある。今日みたいに俺が日直だったりクラスの都合で送れる場合なんかだな。それでも俺の方が早いことがあったり、教室から部室までの通り道に職員室があることからそういう日でも一応職員室に顔を出してから行くんだが。
今日は部員一号の方が早かったみたいで、職員室のキーボックスの中に文学部の鍵は無く、管理表の持ち出し者欄にも吾川文人という俺の名前が並ぶ中、今日の日付の欄には本条佳乃と部員一号の名前が署名されていた。
部員一号は普段はいつも俺より遅いくせに俺の方が遅く行くとぶうぶうと文句を言ってくる。一応、俺の方が年上、というか部長なんだがちっとも敬ってくれている気配が無い。まあ、其の内にばあんと部長の威厳を見せつけてやる予定なので問題ない、今更あいつが鯱張った様な態度を取っても鳥肌が立つだけしな。
「おーっす、遅くな──ったな?」
声を掛けながら部室のドアを開けると部員一号はこちらに返事をするでもなく机に突っ伏したままだ。
適当なところに荷物を置いて様子を覗き込むと居眠りをしているようだ。日直で遅くなったとはいっても三十分も遅れてないはずなんだが、寝付きいいのな、こいつ。
さて、今日は何を読むかと部室に備え付けの本棚から適当に物色した本を音を立てない様に置いて向かい側に座る。
本来ならこれから部活が始まるのだし起こすべきなんだろうが、肝心な部活の内容が文学部の場合、本を読む、(適当に)何か書く、雑談をする、ゲームで遊ぶ等々なので、特に活動内容が決まっていない今の時期ならそのまま寝かしておいてやってもいいだろう。
健全な年頃の男子諸君ならこの絶好の機会に悪戯の一つや二つでも仕掛けるのが定石なんだろうが、紳士な俺はもちろんその様なことはしない。以前、似た様なシチュエーションで顔に落書きしようとしたときのことが頭を掠めたわけでは無い。あの時は未遂にも関わらず何日も口を利いてくれないどころか存在そのものを無視され続けたからな。
しばしの間、部員一号の静かな寝息を聴きながらページを捲る。
時折、様子を見るようにチラリと寝顔を窺う。疲れているのか起きる素振りも無い。
こうして部員一号の寝顔を眺めていると改めて思うのは、やっぱこいつ可愛いわ。今じゃ大分、打ち解けて気安い先輩後輩という関係を築けていると思うが、こいつの入部当初はどう接したらいいのか戸惑ったもんだ。俺的には校内でも五指に入ると思っているし、時折、男子間で行われるランキングでも常に上位に名前を連ねている。主に同学年の一年からの人気だが、二年や三年からの人気も高い。
正直な所、なんでこいつが文学部に入部したのか分からないんだよな。本も読むけど本の虫ってわけじゃないしな、雑談やゲームなんかをやっているときの方が楽しそうですらある。部活に対して熱心にやってるようには見えんが基本、活動日は毎日出席してるんだよな。
どれくらいそうしてたかわからないが気が付けば窓の外を大粒の雨が叩くようになっていた。
そういえば夕立がくるかもって予報で言ってたか、雷も気を付けろとかなんとか言ってたっけかな。
そんな思考がフラグにでもなったのか遠くの方の空から雷特有の重低音がこちらまで届いているような気がする。だんだん近づいているだろうか?
つい先ほどまでとは見違えるほどに暗くなった空を一瞬で白く染めるような特大の稲光が走ったかと思うと先ほどの雷鳴よりもはるかに早く大きな音が響いてきた。
「ひああああ!?」
「うわあ!?」
突然上がった悲鳴のような声に驚いて窓の外にやっていた視線を振り向かせると机に突っ伏したままで震える部員一号がいる。
深く寝ていたように見えたのに雷鳴一発で飛び起きるだなんてよっぽど雷が怖いのか、こいつは?
「すーっ、すう」
しかして時を置かずに静かな寝息が聞こえてくる。コイツ!今ので起きてなかったのか!?寝ながら雷を怖がるとか器用すぎるだろう、さすがに狸寝入りじゃないのか?
おおかた、悲鳴を上げたのが恥ずかしくて寝たふりしてるとかだろ、普段は生意気だがそれでも一年生の女子なのだから可愛げのあるところもあるんだろう。
「おい、おーい?起きてるんだろ、寝たふりはやめて部活やるぞぉ?」
話しかけても返事も反応も無くあるのは静かな寝息とそれをかき消す勢いの雨のノック音くらいか。
いつものこいつなら「寝てますよ」とか言いそうなものなんだが本当に寝たままなのか?
試しに顔の前で手を振っても反応しない。そこへ先ほどよりは数段小さな雷鳴が微かに届く。悲鳴こそ上げないがピクリと上がった肩は見逃していない。
本当に寝ているのか寝たふりなのかは未だに分からないが、どちらにしてもコイツの反応が面白い、というか可愛い。
今は断続的に小さな雷鳴が続いている状態で目の前の部員一号はフルフルと震えている。
なにやら右手が何かを探すようにうろうろし出した。意識しての行動ではなかったがそこへと差し出した俺の手に右手が触れるとキュッと握り込まれる。咄嗟のことで反応も出来ずにいたらそのまま胸元にまで引き込まれてしまった。
うおおお、なんだこれ、今どういう状況なんだ俺の手は?なんかちょっと柔らかい気がするぞ!?というか本当にこれどうすんだ。今、起きられたら確実にひっぱたかれそうな状態にあるのだけは理解できるわ。
こっちが狼狽えているというのに部員一号の震えが止まっているのに気付くとこちらも幾分か落ち着くことが出来た。まあ、ビンタの一発や二発は今の俺の手の幸せ具合の対価としては安いものかもしれないしな。雷が収まるまではこのままでもいいかもしれない。
今日はよくフラグが立つ日なのか、そんなことを考えた直後にかなり近い所に落ちたのか音というよりもう衝撃波といっていい爆音に窓が揺れる。
「きゃあああ!?」
「いでえええっ!?」
落雷の爆音が窓を揺らすのと同時くらいにそんな爆音をかき消さんがごとく放たれた悲鳴と俺の腕に激痛が走る。
折れ、折れる!折れたかもしれん!かなり無理の有る体勢で引き込まれていた腕が、部員一号の悲鳴とともに跳ね起きる動作の拍子に机を支点に関節可動域の限界に無理矢理挑まされた。
咄嗟に引き抜いて確認するが、どうやら折れてはいないみたいで安心する。あー痛かった、危うく逆関節腕にされるところだったわ。
「え、あれ?先輩?」
「あー、やっと起きたか」
「あ、すみません。私寝ちゃっていたみたいですね、って雨?」
「雨もそうだが、雷もだな」
本当に寝ていたようでさっきの惨事にも気づいてない様子である。まだ痛む腕を軽く振りながら答える。
雷はまだ収まっていないようで遠くで小さくゴロゴロと鳴っている。が、部員一号の様子に変わりはない。アレ?どういこと?さっきまではあんなに顕著に反応してたのに。
さすがに強い光と大きな音にはピクリと反応するが悲鳴を上げるようなことは無い。
「あれ?お前、雷とか怖くねえの?」
「何を言っているんですか、先輩は。いいですか、雷を怖がって見せる女子の九割はフリですよ」
ええ?それはさすがに暴論じゃねえか?それに、さっきまでお前あんなに悲鳴上げてたじゃん。
「そうやって、雷を怖がる私って可愛いでしょってアピールしてるんですよ、先輩はそんな女子に騙されたらいけませんよ」
うん、確かにさっきまでのお前は可愛かったな。さすがに声に出しては言わねえけど。しょっちゅう自爆していて必殺技欄か精神コマンドにでも載ってそうな俺でも見え見えの地雷までは踏まねえわ。
下校時刻の三十分前を知らせる予鈴が聞こえてきた。俺たち部活をやっている人間にしてみれば終了時間を知らせるチャイムだな。結局、今日の部活は部員一号の寝顔の観察に終始しちまったじゃねえか。まあ、こういう日があってもいいか、役得もあったし。その代償はかなり痛かったが。
「あー、すみません、今日は活動できなかったですね。先輩が来るまで軽く目を瞑ってるだけのつもりだったんですが」
「いいよいいよ、お前も何かしらの疲れがたまってたんだろ、あんまり無理したりすんなよ」
そういって労ってやると、部員一号は疑わしげな表情で胸を掻き抱く。おい、なんだその失礼な反応は。
「先輩がそんな優しいことを言うなんて不気味です。なにを企んでいるんですか?」
「ちょっと後輩を労わっただけで随分な言い草だな、おい」
「冗談です。それよりも帰りましょうか、先輩」
雷も小康状態になっているおかげかすっかりいつもの生意気な部員一号だな。
職員室に鍵を返しに行ってから昇降口に向かう。雷雲もだいぶ遠くに行ったようだな、まだ光と音は時々するが落ちるようなことはなさそうだ。
昇降口に辿り着くと部員一号が待っていた。いつもは先に帰っちまうことが多いのに珍しいな?
「どうした、珍しい。先に帰ったんじゃなかったのか」
「今日は私のせいで碌に活動も出来ませんでしたし、お詫びじゃないですが一緒に帰ってあげても良いですよ。光栄に思ってください、こんな美少女と一緒に下校できるなんて滅多にありませんよ」
自分で自分のことを美少女と宣う奴の是非は置いておいて、へえへえ光栄でございますと適当に流して並んで昇降口を出る。本当に雷が怖くないのか実は怖いのかは知らないがこんな日くらいは送ってやってもいいだろう。
校門を出たところでまた一つ稲光が瞬くのが見える。
「い、今なら手を繋いであげるのもサービスしてあげますよ。わーい、先輩やりましたね、こんな機会一生にもう二度とないかもしれませんね」
ただまあ、露骨に雷を怖がるのは可愛いアピールだなんだとか言ってたが、俺的には、雷怖いのを必死に隠す後輩ってのも可愛いもんだと思うんだよな。
およみいただき、ありがとうございます。
本文中にあります暴論についてはあくまで小説のキャラクターが言った言葉であって作者の持論ではありません。
ちなみ作者は屋根のある所なら平気ですが、外を歩いているときに雷が鳴ると怖くて仕方がありません。