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ヒルトブルクの狂人  作者: 愛飢男
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オルビニスの報復と大尉の悪戯

「君の所の小隊長が突き止めてくれた賊の拠点情報を元に、ペルメール子爵領を重点的に探らせた。子爵は黒だな。銃もスカーレット商会がペルメール子爵の陪臣に納入したもので間違いないようだ。相手が子爵となると、恐らくはオルビニスの報復か。」


イエナ領主ルーク=フランソン男爵は、近年増大する魔獣被害を逆手に取って、魔獣を一つの資源と見なした。迅雷部隊と協力して魔獣の皮を活用した皮革産業を短期間で急速に育成し、高品質な皮革製品の大量安定供給に成功した。イエナの皮革原料の安定的な調達は、リベルシュタイン王国内で抜群の魔獣討伐数を誇る迅雷部隊の寄与するところが大きい。


フランソン男爵と迅雷部隊の協力関係は、単なる原料調達に留まらない。原料売却益の中隊予算化、軍用装備調達時の価格優遇、開発研究設備の共同利用、皮革加工技術の共同開発など、様々な形で相互協力体制を構築してきた。身分差にも関わらず男爵とシュローダー中尉の関係が近しいのは、二人の性格的なところもあるが、大部分はこの協力関係の賜物と言って良い。


売却益の部隊予算化は迅雷部隊を起源とし、導入当初は魔獣対策局中央で物議を醸した。しかし、政治的勢力拡大を狙う新設省庁にとって、中央に費用負担を掛けずに部隊を強化出来ること、現地産業の発展に寄与し、領主との関係強化が望めるという点は非常に魅力的であった。


部隊独自の予算が生まれて中央でコントロールしづらくなるという問題はあったものの、少ない予算で勢力拡大を図る手法として黙認された。結果としてこれがモデルケースとなり、後に積極的に全国展開されることになる。


かくしてイエナの皮革産業は飛躍的な成長を遂げる一方、皮革産業の既得権益者にとってはこれが利益の侵害のように映った。


イエナの皮革産業が発展するまでは、「皮革と言えばオルビニス」と言われるほどの独占産業だった。オルビニスは、ユーダス=ペルメール子爵の領都であり、フランソン男爵の領地に隣接する。オルビニスはかつて皮革産業の一大拠点だったが、もともと魔獣被害増大によって原料の家畜や獣が減少すると同時に、近郊の物流停滞で不況に拍車が掛かっていた所へ、イエナ皮革産業の発展が重なって、経済が急激に悪化した。


オルビニスは失業者が溢れ、有力な皮革職人や商会は、発展著しいイエナに移り住む者も出始めた。こうしてオルビニスは皮革産業だけではなく周辺産業も衰退し、二つの街の格差は拡大する一方だった。


ペルメール子爵は、これを成り上がり者による既得権益の侵害と見なし、その元凶であるイエナ領主ルーク=フランソン男爵を明確な競争者と認めた。筋金入りの門閥主義で貴族派の彼は、フランソン男爵が平民と協力関係を築きながら領内経済を発展させて、結果的に平民の地位を向上させている点も気に入らなかった。領地が隣接しているということもあり、両者の間では緊迫した関係が続いていた。


「自らの怠慢を棚に上げ、他人の努力を恨み嫉んで足を引っ張るとか、俺には全く理解できない人種ですね。」


俺がそう言うと、貴族らしからぬ外見のヒゲ男爵が、貴族をおとしめるような発言をした。


「貴族なんてものは大体そんなものだ。同じ国内なればこそ、他人の得点は相対的に自分の失点に直結しやすい。相対的な優位性を確保するために、国内で足を引っ張り合うのだ。」


「因果な商売ですね、貴族ってのも。で、報復は何か考えてます?」


俺はニヤニヤしながら聞いた。


「今のところ何も。無理に何かを仕掛けなくてもいずれ勝手に衰退して行くであろうから、ゆっくり締め付けて行けばいいと思ってるが・・・その邪悪な笑みは何かあるのか?」


「ちょっとしたいたずらなんですが、誰も損をせず、誰も傷つかず、経費削減もできて、我々の気分がすっきりして、かつ上手く行けばちょっとだけ我々の戦力増強ができてしまう策がありまして。」


「面白い、話を聞こう。」


ヒゲも何が飛び出て来るのか、興味深々と言った様子だ。


「我々の開発した武器に臭気煙幕ってのがありましてね。その名の通り、すんごい臭い煙を出すんですよ。本来は臭いと煙で魔獣の群れを分断したり勢いを止めるのに使います。で、その原料になる原液が半端じゃなく臭い。原液の方は、緊急時に魔獣を寄せ付けないよう、悪臭で追い払うのに使ったりするんです。それはもう、近くにいると使用者が気絶するほど臭い。」


一旦言葉を切る。ヒゲは一体何の話かと怪訝な顔をしている。期待通りの反応を確かめてから話を続ける。


「これを、ペルメール子爵の屋敷に片っ端から放り込むんです。」


俺がそう言うと、ヒゲが呆気に取られた様子で言った。


「それはまたえげつない・・・」


ヒゲの表情が引きつっている。悪臭に囲まれた屋敷を想像しているのかもしれない。


「原液は魔獣の臓物と糞尿と不思議なエキスの秘伝のブレンドで発酵させたもので、原価がほぼ掛かってません。で、投げ込む役は、例の捕らえた賊にやらせれば、我々の手間も掛かりません。賊を牢に繋いでおくのもタダじゃないですし、経費削減にもなります。賊の本拠は子爵領のようなので、彼らが逃げてもまぁ男爵領にはそんなに実害はないでしょう。上手く行かなくても大した痛手はないですし、上手く行けば閣下も多少は気分がすっきりするでしょう。この策で誰かが死んだり傷ついたりするわけでもないですし、想像を絶するほど臭いということ以外は人体に無害です。」


「万が一彼らが裏切って、誰の仕業か子爵に報告したら?」


当然の疑問だな。


「賊にやらせるのは私からの指示ということにしましょう。閣下にお手間は取らせません。もしバレたら『お前らの雇い主の館に放り込んで来いと指示を出したはずですが、子爵がイエナを襲わせたのですか?』とでも言えば良いのです。子爵がそれを否定するなら、賊が俺の指示を聞かずに勝手にやったことにします。」


ヒゲが少し考えてから答える。


「ふむ、ならばよかろう。」


「彼らには今回の結果を報告させます。律儀に戻って来て報告した者は、仕事においてある程度の信用が期待できるので、恩賞を与え、家族の面倒も見るという条件を付けた上で、ウチの部隊で工作員として雇おうと思います。中央から部隊を増強する指示が来たタイミングだったので丁度いい。」


「魔獣討伐の部隊に工作員を置くのか?」


「閣下のお陰様で、ウチは防衛であれば対人、対部隊戦も正式に任務にして頂けました。とは言え、何如せんウチは対人、対部隊戦闘は素人に過ぎません。慣れない事をすると、どうしても兵の損害が大きくなる。であれば、戦う前に有利な状況を作りたい。だから工作員を雇ってそういう状況を作らせます。それにペルメール子爵がまた同じようなことを仕掛けて来た場合、賊の考えることは賊に聞くのが一番ですし。」


「なるほどな、分かった。本件に関しては委細任せる。他に何かあるか?」


「今後部隊を拡大するにあたって今の場所が手狭になりまして。街壁のすぐ外でも良いのですが、広めの場所を確保したいのです。」


「この街も人口流入が増えて手狭になって来た。いっそのこと街そのものを拡大しようかと考えていたところだ。ちょうどいいから、今の街壁の外で好きなだけ敷地を確保しておけ。あとから壁を拡張してやる。」


ヒゲが予想外の提案を持ち出してきた。怪しげな新設部隊には破格の待遇だと思う。


「わーお太っ腹!男爵にならちょっとだけエリスちゃんの膝枕貸してもいいと思っちゃいました。太っ腹ついでに、士官と兵をイエナ防衛部隊から少し融通してもらえませんかね?これも防衛任務対応の一環で、狙いは三つあります。一つは我々の対人、対部隊戦に関する軍事教練の教導隊を担って欲しい。二つ目はイエナ防衛部隊との連絡窓口をお願いしたい。三つ目は防衛部隊と敵対しないための交流枠という事で。」


「君との会話はどこまで真面目でどこまでふざけているのかが相変わらず分かりづらい。エリスの膝枕はそもそも君に貸してもらう筋合いはないんだが・・・。ふー。」


ヒゲは半ば呆れ気味にため息をついてから、次の言葉を続けた。


「士官の融通は分かった。何だったら、相互に人材交流してみてはどうだ?君のところから人を出して。」


俺の案より更に踏み込んだ提案。このヒゲと会話しているとお互いにアイディアが広がって本当に楽しい。テンションが上がって来たぞ。


「願っても無いご提案です。是非そうさせて頂きたい。」


二つ返事でお願いすると、ヒゲは早急な手配を約束してくれた。うん、今日は提案したネタが何でもかんでも通りそうな気がして来たぞ。ならば。


「それと、これは完全に思いつきなのですが。」


「まだあるのか。まぁここまで聞いたんだ、最後まで聞いてやる。話してみろ。」


「では。街を拡張するならば、コロッセオを作りませんか。」


あまりの突拍子のなさに、ヒゲの時間が一瞬止まった。ヒゲはしばらく固まった後、ハッとして口を開く。


「その心は?」


「最近我々は非殺傷の新兵器を開発したんですがね、そのお陰で魔獣の生け捕りが増えているんです。生け捕った魔獣を何かに使えないかと考えていたんですが、コロッセオで魔獣対討伐隊の演習を興業にするのはどうかなと。いくつか目的がありますが、領主としての立場から見れば民衆への娯楽の提供と税収の増加。現場の我々からすると、訓練環境の確保のついでに活動内容の広報、部隊予算の増収。魔獣対策局としての立場からは、領主との連携強化と政治的影響力の拡大。それぞれの立場でメリットがあります。」


俺の言葉を受けて、ヒゲはまた少し考える。


「壮大な話だが、建設予算はどうする?さすがにそこまでは出せんぞ。」


ヒゲの牽制を受けて、俺はにやりと笑う。


「訓練のついでに見世物をするとは言え、国家機関にあたる部隊を目的外で使うなら、国王陛下に勅許を頂くべきだとは思いませんか?」


「まさか」


「そう、そのまさかです。閣下と魔獣対策局と我々が連名で国王陛下に企画を奏上して、国に予算を要求してみてはどうかと。完成の暁には、国内トップの討伐数を誇る私の演武をご覧に入れますと巡幸にお誘いするのです。名代に殿下でも良いのです。近年の魔獣被害に迅速に対策部隊を設立するような英邁な陛下であれば、新設部隊が現場でどのように働いているか興味は持たれているはず。巡幸にお招きできれば、ますますそんな都市にちょっかいは出しづらくなる。」


いいぞ、今日の俺は乗っている。次から次へと溢れ出る言葉が、楽しくて仕方ない。


「陛下に予算を頂けなかった場合はどうする?最近は帝国の動きがキナ臭い。予算はできる限り軍備に使いたいとお考えのはずだ。」


「予算を理由に許可が降りない場合は、予算の独自確保を条件に企画の許可だけ頂き、どこぞの商会などに運営権を売却するなり、我々が開発した独自兵器の独占製造販売権を譲渡するなりして建設予算を出資してもらうというのはどうですかね。」


「くっくっくっ。あははは。参った、面白い。予想外すぎて笑うしかないが、理屈としても筋は通ってる。いいだろう、企画をまとめてくれたら、魔獣対策局と陛下には私が話を通しておいてやる。もちろん、君と対策局と私の連名企画ということでな。」


「よっ!男前っ!じゃあ俺は企画まとめてすぐ提出しますよ。あと、資金調達もちょっと声かけてみます。ダメだったら閣下の伝手に頼るんでよろしく。」


「調達先にアテはあるのか?」


「最近スカーレット商会のお嬢さんと知り合って、まだご滞在中のようなので毎日口説きに行ってますよ。そうだ、今日も口説きに行かないと!ヒゲの相手してる場合じゃなかった!」


そう言ってレオンが嵐のように去っていくと、執務室に一人残されたフランソン男爵はおもむろに笑い出した。


「くくっ、ふふふっ。ダメだ、おかしい。」


ふざけているのか真面目なのか全くわからない。唐突にとんでもないことを言い出したかと思ったら、それが意外にも利のある話になっている。感心させたと思ったら、それまで話をしていた相手を突然放り出して、わがままな子供のように好きなことをやりにどこかに行ってしまう。


自分には到底叶わぬ事だが、あんな風に自由に生きられたらどれだけ楽しい事だろう。いや、自分には叶わぬ事だからこそ、近くで見て共に笑い、共に楽しみ、応援したくもなるというもの。きっと私は、羨ましくて仕方がないのだ。私に出来ない生き方をするあの男が。だからあの男に自分の望みを託しているのだ。なればこそ。私の手元ではあの男に好きにやらせてやりたい。


たとえそれが、一時の慰みに過ぎないのだとしても。

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