牛泥棒と作られた英雄
「こんちわー、借金取りでーす。」
正装である第一種軍装に身を包み、できる限りさわやかな笑顔でそう伝えると、領主公邸の番兵は困ったような顔で詰所に控える上役に助けを求めた。詰所にいた上役は、俺を見ると興奮気味に話しかけて来た。
「シュローダー中尉じゃないですか!昨日は大活躍だったそうですね!何でも、数で勝る賊を片っ端から蹴散らしたとか。街壁で防衛に当たっていた大勢の兵たちが目撃していたお陰で、今日は中尉とその部隊の話題でどこもかしこも持ち切りですよ!」
領主公邸の門番に知り合いなどいなかったはずだが、よく見ると前日に伝令に来たワーナー軍曹だった。
「ワーナー軍曹じゃないか。大変な状況での伝令だったけど、怪我はなかったかい?」
「ええ、お陰様で。中尉こそ、あの規模の敵を相手にお怪我はありませんでしたか?」
「部下が優秀なもんで、かすり傷ひとつできなかったよ。」
「ようございました。さすが迅雷部隊の隊長は違いますな。」
「迅雷部隊?何だそりゃ?」
「雷鳴のごとき閃光と爆音を伴って進軍し、恐ろしい速度で敵を殲滅して行った様子がまさに迅雷のようだったとか。それを見ていた者が、誰ともなく言い出したそうですよ。」
・・・轟音閃光弾を投げ込んで無力化してった事を言ってるのか?確かに光って爆音立ててるけど、ネーミングが恥ずかし過ぎる。というか、野郎からそんなキラキラした目で見つめられると非常に困るんだが。
「恥ずかしいからあまり持ち上げないでくれ。それより領主に呼び出しを受けているんだが、取り次いでもらっていいかな?」
「これは失礼しました、すぐにご案内致します!」
取次に案内されて執務室に入る。ヒゲ面のイエナ領主、ルーク=フランソン男爵と、秘書官のエリスちゃんが待っていた。
今日もかわいいなぁーと見惚れていると、ヒゲが喋った。
「レオン中尉、よく来た。まずは隊長代行おめでとうと言うべきか。ベンの件も賊の件も重ね重ねご苦労だった。ところでぼーっとしてどうした?」
ハッと我に返って返答する。
「男爵閣下の呼び出しに応じて来たつもりだったのですが、もっと大事な事を思い出したので、男爵の事はもはやどうでも良くなりました。賊を撃退したらエリスちゃんの膝枕という約束でした。よろしくお願いします。」
エリスちゃんがギョッとした顔をするが、そんな顔もかわいい。
「領主の執務室に来て、男爵を相手にどうでも良いと言い切る。大した度胸だが、他の貴族相手であれば不敬罪で処刑されてもおかしくないぞ。」
「もし処刑されるなら、柔らかい胸の谷間で圧迫死の刑に処して欲しい所ですが、希望は叶うのでしょうかね。」
エリスちゃんが明らかにドン引きした表情をしている。
「相変わらず口の減らない奴だ。お望みとあらば、君の大好きな魔獣の乳で圧迫死させてやろう。魔獣の種類は選ばせてやるから、好きな魔獣を連れてこい。」
「魔獣のお相手は飽きたんで、是非美しい女性でお願いしますよ。」
「さすが迅雷部隊の隊長は、返しの台詞も一味違うな。」
男爵がニヤニヤしながら口にした。
「謝りますから勘弁して下さいよその呼び方。何で閣下までご存知なんですか?」
「そりゃ、広めたのは私だからな。」
お前の仕業か、ヒゲ。
「何のために?」
ヒゲはヒゲだが、腐っても貴族だ。わざわざ労力を掛けて無駄な事はしない。何か目的があるはずだ。
「昨日の賊のせいで領主公邸に問い合わせや街道の治安維持の嘆願が殺到しておってな。賊の正体も目的も不明で、また来るのではないかと民が不安がっている。隊商の出入りや郊外からの物売りの出入りも滞っているのだ。」
話が読めない。続きを待つ。
「領主として打てる手は打って布告も出しているんだがな、漠然とした不安というのは拭うのが難しいのだ。とはいえ、そんな曖昧なもので人と物と金の流れが止まってしまえば、この街の税収が極端に落ち込んでしまう。」
ふむふむ。それで、何で俺が恥ずかしい名前を背負わなきゃならんのだ?
「よって、不安を払拭するために明るい話題を流したのだ。レオンの隊は疾風迅雷、あっという間に敵を蹴散らした英雄だと。民の話題をすり替えようとしてるということだ。何も手を打たなければ、民の話題は『賊が現れて街が襲われた』となるだろう。だが少し手を加えてやれば、『賊が現れたけど迅雷部隊が蹴散らした、英雄だ』となるわけだ。賊に襲われた事は大したことではない、それをあっさり蹴散らした英雄がこの街を守ってる、だから安心しろという寸法だ。噂一つで人の心理をコントロールできるなら、安いもんだろう。」
なるほど貴族ってのは面倒な事を考える。
「で、俺たちが生贄になったと。」
「まぁそう言うな、悪いようにはしない。まずは牛の費用だがな、あれは請求しないでおいてやる。街を救った英雄から金を取ったら、私がケチンボ領主にされてしまうからな。」
「あれは賊を撃退する必要経費でしょう?」
「君たち、昨日の突撃で死んだ牛を持ち帰って酒盛りしてただろ?ついでに生き残った牛も捕まえて兵舎に持ち帰ったろ?君の事だからそこまで視野に入れた策だったんだろ?他人の牛で賊を屠って、他人の金で支払って、ついでに酒盛りまでやろうと。違うか?」
げっ、全部バレてる。貴族コワイ。超能力者か何かか?
「まずはそれを不問にしてやると言ってるんだ。ついでにだな、中央に君の昇進と隊長継続を推薦、嘆願してやる。我々の要請に応じて、賊を撃退して街を守ってくれた英雄だと。まぁ領主としての立場から言うと、知らない後任が来てベンの二の舞になるよりは、気心知れていて落とし所の分かる君に隊長を継続して貰いたいという現実的な側面もあるがな。」
「意図は分かりましたが、全て掌の上みたいなのが心情的に納得できないんですよ。せめてエリスちゃんの膝枕だけでも自分の思い通りにしたい。」
エリスちゃんがますますドン引きしてるのが分かる。
「まぁそう欲張るな。そこまでエリスに拘らなくても、英雄ともなれば街中の娘が放って置かないだろう。どうだ?君にとって悪い話じゃないだろう?」
このヒゲ、俺の使い方を心得てやがる。悔しいけど乗るしかない、このビッグウェーブに。
「つまり、俺はされるがままに英雄として崇められ、その役にふさわしい立ち居振る舞いを当面続けろって事ですね?」
「まぁそういう事だな。よろしく頼む。私からは以上だ。他に何かあるか?」
ここまでずっと領主の掌の上というのも面白くない。英雄の称号、牛の代金の免除、昇進推薦、全て与えられたもの。男なら、欲しいものは自ら奪い取らねば面白くも何ともない。
「少し話がしたいのですが、人払いをお願いしても?」
残念ではあるが、エリスちゃんが一礼してすっと出て行く。扉が閉まったのを確認してから口を開く。
「昨日の件ですが、おそらく内通者がいます。」
襲撃はイエナ防衛部隊と我々が共に街の外に出て、防衛体制が薄いタイミング。という事は、内通者の存在を示す。そして襲撃が街の内外で同時発生。計画的だ。加えて、今回のイエナ防衛部隊との共同作戦を企画立案したのはベン。共同作戦なんて過去に例がない。わざわざそんな機会を作った奴は、一枚噛んでいたって事だろう。さらに野盗の類にしては装備が出来すぎている。援助していた黒幕がいる。
「わざわざ人払いしたって事は、エリスですら信用ならないって事か?」
いつの間にかお互い真面目な口調に戻っている。
「エリスちゃんに限らずですよ。正体も背景も分からない以上、警戒するに越した事はありません。」
「捕らえた賊から何か情報はないのか?」
「こちらで捕らえた賊は本当に何も知らされていない使い捨ての野盗の類いで、ろくな情報を引き出せませんでした。ウチの宿舎に牢なんてないし、面倒だからそいつらまとめて警邏隊に引き渡してるんで、詳しい情報はそちらに聞いて下さい。」
「わかった。内通者に心当たりは?」
「ベンは通じていた可能性が高いと思います。共同作戦で街を手薄にしたのは奴の発案です。ただし死亡で証拠もない以上、そこを表立って荒立てるのはあまり良い筋書きではありません。」
俺の部隊は男爵の要請によりイエナ周辺の魔獣討伐に就いている。今後また襲撃がないとも言えない以上、死んだベンを糾弾してまで、わざわざ中央の魔獣対策局との関係を悪くする必要はない。
「表立ってなければいいんだな?」
「そうですね。魔獣対策局は新設で歴史が浅く、政治的基盤が脆弱です。今は基盤確立に躍起になっています。ベンが黒だという証拠がなくとも、あらぬ疑いをかけられて勢力を削がれるぐらいなら、対策局としては妥協を選ぶでしょう。よって、裏の交渉ならば、増援を引き出した上で、街の防衛を任務の一項目に追加するぐらいはできるかもしれません。部隊規模と役割の拡大は、対策局にとっての勢力拡大に繋がり、利害も一致します。そうなれば俺も動き易い。今回のような緊急事態でない限り、俺が自ら魔獣討伐以外に首を突っ込めば職務規定違反ですし、繰り返して損害でも出たら上も部下も納得しませんからね。」
もっともらしい事を言ってるが、人が増えれば予算も増えるし、予算が増えれば俺の飲み代に使える経費も増えるんだぜ。
「わかった。そちらも大した手間ではない。手配しよう。他には?」
「昨日賊の一部を逃して、部下に拠点を追跡させています。何か分かったらまた遊びに来るんで、いい酒用意しといて下さい。頑張った部下の分と、彼らをこき使った俺の分を。」
「マズイと言ったら不敬罪で処刑だからな。何でも美味いと言えよ。さて、済まんがもう時間だ、次の予定がある。表までエリスに送らせてやる。」
ヒゲが呼び鈴を鳴らすと、すぐにエリスちゃんが来た。二人して執務室を出てから、おもむろに話を切り出す。
「エリスちゃんパンツ見せて!」
「もー、そんな話ばっかり!パンツ見せる前に普通にデートに誘うとかそう言う順序があるでしょう!」
「じゃあ今度デートしよう、ベッドの上で!」
「全然会話になってないじゃないですか!」
「えー、俺はエリスちゃんが顔赤くして照れながらツッコミ入れてくれるのすごく好きなんだけどな。かわいいから。」
「ななななっ!何を急に!」
「あれ?真面目な俺にちょっとドキッと来ちゃった?」
「してません!絶対してません!」
「そっか、それは残念。それじゃ、またパンツ見せてね、バイバーイ!」
「一度も見せてません!」
エリスはレオンを見送って、しばらくその場に立ち尽くしたままでいた。全く、普段ヘラヘラしているようで急に真剣になるものだから、思わずドキッとさせられた。ヘラヘラしてないで、いつも真面目にしていればいいのに・・・。
俺は領主公邸から官舎に戻って、中央への報告書を作成し始めた。エマに黒煎茶を淹れてもらい、太ももを眺めながら一息ついていると、ふと一番大事なものを忘れていた事に気がついた。
エリスちゃんに膝枕してもらうの忘れてたぁぁぁぁっ!




