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夢に抱かれる沙羅

 沙羅の解体魔術は波状に範囲を広げていく。


 ビルのコンクリ片に混じった異物からボルトの錆に至るまで、異なる物質の全てを解体バラし、有を無に変えていく。『魔』の軍勢も次々と構成物を地面にぶちまけていった。


「何故だ。何故、対象を選定して、解体している」


 沙羅の解体は、魔術領域内に存在する自分以外のモノ全て。


 波多江姉妹はその構造は継ぎ目も無い完成された一個の物質シキガミであるから、解体不可能であることは知らされていた。永理が目を見張ったのは、共鳴振動を受けた自分や張、渚の身体に異変が起こらなかった事。


 そして何より、沙羅の様子がおかしい事。


「沙羅ちゃん?」


 異形が爆ぜるように解体されていく殺戮神秘を眼にして、沙羅に注目が集まる。その視線は好奇なものかた訝しむものと多様。


 沙羅の世界に音は届かなかった。


 永理や瑠依が何かを言っているが、全ての音が解体されていて、不気味なほどに静まり返っていた。


 自分の声が自分にも聞こえていない事に気が付いた永理と瑠依は、周囲を見渡してみても、二人の意を汲み取った者達は首を振るう。


「そうね。えぇ、単純な事だったのよね。本当に」


 沙羅は薄ら笑いを浮かべて、その赤茶色の瞳で世界を見渡した。


 笑っているのは表情だけ――そこに宿るべき感情はなく、目の前にいる沙羅は、魔法使い――アダム・ノスト・イヴリゲンのように映った。


 達観した価値観に全てに飽きてしまった彼等の眼と、沙羅の眼は同じ色合いをしていたからだ。


 これは、『魔』の群れを相手するより厄介なのではないかと、この場にいる誰もが直感した。人間が持つ闘争本能より逃走本能が優位となり、今この瞬間にも背を向けて逃げ出したいと真我が警告を発する。


「沙羅、いったい」


 音無き言葉は沙羅には届かない。


「簡単な事だ」

「簡単な事よ」


 そんな時だった。


 何処からともなく現れた二人のアダムは、沙羅を背後から抱きしめるように手を回し、沙羅のお腹で指を絡め合った。もう離さない。誰にも渡さないという意思を見せつけるように。


「沙羅に、何をした!」

「世界を見せたのよ」

「そして、魅せられ、呑まれた。世界に」

「昔の聖羅と同様に」

「沙羅は聖羅とは違う。とても弱く、寂しい女だ。抗うことなく、世界に溶ける」

「寂しくはないの。私達がいる。貴方達はいらない」


 アダムの声だけがこの場に集った者達の耳に届く。余計な雑音の無い世界に彼等の声は神のお告げでもあるように、脳裏に一言一言が刻み込まれていく。


「沙羅は、充実している。理想とした世界の中で」

「辛いことの無い、優しい世界。私達が創造した幸福の夢」

「沙羅をどうする気だッ! 答えろ、アダム・ノスト・イヴリゲン‼」


 感情を爆発させた永理を嘲笑うように、沙羅は優しい微笑みを浮かべていた――彼の言葉を『否定』するように。彼の言葉を『無意味』だと受け流すように。


「お前たちは、沙羅をどうするつもりだ、答えろ」


 沙羅には自分の声や想いは届かない。


 ならば、沙羅をああしてしまった張本人たちにその目的を問いただし、打開策を講じるしかない。永理は胸中で焦る気持ちで冷静さを欠いていた。


「私達が欲しいのは、沙羅本体じゃない」

「本当に欲しいのは、沙羅の魔術理論」

「沙羅の魔術理論、だと。理論ロジックを解体して世界を識る。他人の理論を得て何を成そうとしている」

「世界の先にある、『終着点』と呼べる世界へと通じる壁の解体」

「私達の見たことの無い場所」


 世界の外側の理に干渉するために、世界の内側に生きる一人の少女を贄としようというのか。自分の益の為に、他人を食い物にする利己主義性――かつての沙羅が歩んだ道と似てはいるが、沙羅の場合は、あくまでも自分が生きる為の選択だった。


 時代の在り方が、この時代の住民や沙羅を利己主義へと変容させた。その責任は確かに永理自身にあるのかもしれない。ただ、目の前の――人の価値と引き換えに世界真理へと至った元魔術師――現魔法使いは、生道に足掻く為ではなく、自己満足こそが行動理念としている。


「認められる訳が無い。沙羅を返してもらう。お前たちも、かつては魔道を歩んだ者ならば、自分の力で至ってみろ」

「津ケ原の道――『正道』を歩め、か」

「私達に歩むべき道はない。踏破するのみ。ただ、壁は効率よく壊すだけ」


 もし仮に『壁』という障害があるのなら、構成する物質ごとに解体する沙羅の魔術理論は、相性が良いのかもしれない。


「沙羅は、自分らしい人生を模索している。そして、いつしか、前を向いて力強く歩く。その邪魔をさせはしない。この場にいる全員が、それを阻む」


 言葉は互いに聞こえてはいないが、永理同様に、全員が得物を構えていた。


 常識の内側の者達の抗う意思に、常識を敷く世界そのものはつまらげな視線を投げかけた。この場に集った者達は、確かに強者ではあるが、それは常識の内側での話。常識そのものに対峙してどれほどの戦果をあげられようか。


 過去に幾度と抗う者達を溶かしてきたアダムは、こういった人間の勝てるかもしれないや、絶対に勝とうという発想が理解できなかった。強者の前では弱者は所詮は弱者。捕食されるだけの餌でしかない。彼ら一人一人が抱く人生の価値なぞ、これまで何百年と生きた人生の放棄者からしてみれば、塵の掃きだめ程度の山だった。


「稲神沙羅、お前は、私達の糧となりなさい」

「選べ。味わっている幸福を。そして等価なるその魔術理論を、我等に渡せ」


 二人のアダムは、両側から沙羅の耳元で囁きかけた。


「幸福を? 私は今、幸福の中にいるのかしら」

「そうだ」

「そうよ」

「苦しみも無く、迫害も無い、誰もが笑って穏やかな世界」

「誰もが貴女の居場所になってくれる、優しい世界」


 呆然と立ち尽くしていた沙羅は、膝から力が抜け倒れ、寸前の所で男性のアダムが抱き抱えた。彼の腕の中で安らかな寝顔を見せる沙羅は、どのような夢をみているのか。


 眠り姫は起こさねばならない。


 童話のような王子にはなれないし、自分のガラじゃないことは承知だが、永理は茨道のような険しく難関な相手に、大きく一歩踏み出した。

こんばんは、上月です(*'▽')



次回の投稿は7日の23時を予定しております!


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