沙羅の見た世界真理の姿
内面の奥底に違和感を感じていた。
ちょっとした引っ掛かり程度の違和感だが、その正体が分からない事が不愉快極まりない。
旧時代の魔術師が使っていた、魔力を貯蔵する水筒型のアイテム。そこに自身の魔力を干渉させ、水筒内の魔力の元を取り込み、自身の魔力へと変換する事が出来る。
鈴を鳴らす度に、己の内側から『何か』が膨れ上がる気配がした。
「なんなのよ、一体。今は、こっちに集中しなきゃいけないってのに」
沙羅の様子――外見的違和感を感じ取った永理は、愛用の拳銃で応戦し、魂を聖櫃に収めながらも気になっていた。
いつもの沙羅の魔術とは違う。
普段は豪快に解体する気持ちの良い魔術も、今は躊躇いや遠慮といった、沙羅とは無縁の感情が見え隠れしていた。沙羅の違和感に気が付いているのは永理だけらしく、妙な胸騒ぎが胸中に広がった。
このまま沙羅がどこか遠くへ――自分の手の届かない場所へと行ってしまう気がしてならない。
「沙羅」
「ちょ――ば、馬鹿っ! 何考えてるのよ。不老不死のアンタでも、私の魔術を受けて平気でいられる訳ないでしょ!!」
「あぁ、そこは問題ない。それより、どうした?」
何が問題ないのか、沙羅には理解が出来ないが、彼の言わんとしている事は察しがついた。彼は一流の魔術師だ。自分の魔力の揺らぎを見抜いたのだろう。
「別に、なんでもないわよ。ちょっと、不調なだけ」
「嘘は、良くない」
「どうして、そう突っかかるのよ。普段は、そうかって終わらせるじゃない」
「今は駄目だ。沙羅の身に何かあると困るのは、残される者達だ」
「ちょっと違和感を覚えているだけよ。私の魔術って、こんな風だっけ、みたいなね」
魔術行使の違和感で考えられる理由は多くはない。
魔術の基盤となる魔術理論の『揺らぎ』。絶対の信条を掲げていたが、何かの拍子に他理論に移り変わる時に見られる。だが、魔術師が魔術理論を書き換えるという事例はめったにない。
沙羅のような意固地な者ほど、自分理論を異常なまでに執着する節があり、魔術師として揺るぎない強さを持つ。揺るがず、惑わされず、己の敷いた魔道を歩み続けられるのも、魔術師として最高の才能の一つ。
こういった意固地な者が万が一にも『揺らぎ』を抱けば、魔術の基礎から瓦解してしまうが、沙羅は魔術を使えているので、揺らぎを抱いているわけではない。
沙羅の違和感を怪訝に思考するが、沙羅の特徴から導き出せる答えに辿り着けない永理は、一度、魔術の使用を控えるように促す。
「別に、そこまで問題視するほどでもないわ。こんなの、すぐに霧散する」
自分の口からでた言葉に、自分で首を傾げる。
本当に、すぐに霧散してしまうような問題なのだろうか、と。魔術を使うたびに沸き起こる違和感は、行使し続ければ答えに至れるのではないか。終点の可能性を定めた沙羅は、永理から距離を取り、鈴を鳴らす。
『シャリン』――耳心地良いはずの鈴の音も、空虚に鳴り渡る音としか感覚できない。己の感性が丸々削ぎ落されてしまったかのよう。
「私は、何をやってるのかしらね。私の在り方ってこんな風だったっけ。こんな満足に浸れる日常に自分を置いているなんて、数カ月前の私は考えもしなかったし、馬鹿臭いと鼻で嗤っていたかもね」
『利己主義』に生きていた自分。
他人の命も、自分にとって『意味がある』か『意味がない』か。天秤に掛けて、簡単に切り捨て、殺すこともあれば、助ける事もあった。
利己主義性に罪悪なんて感じた事も無いが、今は簡単に他人を斬り捨てられそうにないなと、戦場でぼんやりと真我からの自問自答に付き合っていた。
ハッと我に返る――。
「チッ、油断した!」
目の前に鋭利な爪を振り上げた異形が、沙羅を見下ろして嗤っていた。嬉々とした金切り声を、口角を引き延ばして笑っている。
体感時間が緩慢に引き延ばされ、過去の出来事が脳裏をよぎり、再び見る走馬燈に辟易する。記憶の欠片が一枚の――稲神沙羅の歴史という作品を組み合わせていく。
出生から現在に至る、数々の自分が成長の一枚絵となり広がっていく。
『死』を迎え入れる準備が刻一刻と完成しつつある。
「何度も」
奥歯を噛みしめて、歯が少し欠けた。
「何度も」
現実の視界とは別の視界が見せる風景を。
「何度だって、私にとって『無意味』なものは解体してやるわよっ!」
腕に巻き、指に引っ掛けた赤紐を通した鈴を、乱雑に薙いだ。
『シャリンシャリンシャリン』――まるで悲鳴を上げているような、悲しく寂しい音色。
腕を振り切った所で、赤紐は引き千切れ、鈴――『母の形見』は宙を転がり地に跳ねた。
今までに感じたことの無い、魔力が音を立てて、魔力路を押し広げて流れていく――身体中を引き千切るような激痛が奔る。瞼を閉じていても閃光が何度も眼球を焼き照らす。
走馬燈の中――完成しつつあった沙羅の人生という作品は、パズルの継ぎ目に沿って解体されていった。
邪魔なモノは解体し、『外道』なる視点から世界真理を見定める。
稲神が歩むべき魔道の探求法。
沙羅にとっての世界――理論というパズルの欠片を繋ぎ合わせて造られた、広大な一つの作品。この全てを解体しきるまでに、何度、鈴を鳴らせばよいのか。漠然とした理論を知る為の、漠然とした対象像。
鈴が跳ねた時に発した解体振動は、これまでの振動より、細かく波状に幾重にも広がっていく。
「あぁ、これが――」
沙羅はふっと笑った。
こんばんは、上月です(*'▽')
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