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正体不明の猛威

 言葉を無くす程に美しかった。


 沙羅に対して微笑みかける女性――アレッタ・フォルトバイン。


 魔術史上『最強』を称される魔術師と聞いていたので、もっとガツガツとしていたり、勤勉な雰囲気をした容姿を想像していただけに、実際とのギャップに目を点にしていた。何を話せばいいのか、頭が真っ白になりしどろもどろとした応対になってしまった。


「は、初めまして。わ、私が稲神沙羅です。今は、えっと、『探求者の(シェルシェール・ラ・)メゾン』の統括者を任されています」


 本来のシェルシェール・ラ・メゾン統括者に対して、この名乗りは気が引けたが、しっかりと自分の現状と、魔術師の在り方を知ってもらう為には最適な名乗りだった。


 アレッタが可笑しそうに目を細めて笑った。


「ご丁寧にありがとうございます。私はアレッタ・フォルトバインといいます。かつてのシェルシェール・ラ・メゾンの統括者を任されていました。とても聖羅にそっくりですけど、彼女と違って可愛らしいお嬢さんですね」

「おい、それはどういう意味だァ? まるで私が、可愛くないみたいな言い方じゃないか。昔からお前は、私にだけは厳しいよな。何か理由があるなら言ってみろ」


 そこでアレッタは露骨に嫌悪の表情を聖羅に向けた。


「貴女は、私が師と一緒に小さい頃から愛情を注いで育てた中庭の桜の木を、そのナイフで変な文字を刻み込んだ悪事を忘れたのですかっ‼ 、稲神聖羅参上なんて刻み込んだのですよっ!」


 少女のように感情的な面を見せた意外性。


 聖羅はようやく思い出したかのようにウンウンと頷いた。


「あれは、まだ私も若かったんだ。稲神家というのは結構厳しい家庭でな。親の呪縛から解放された反動故の可愛い悪戯だ。そこまで目くじらを立ててくれるな」

「そういう反省の色を見せないところも嫌いです」


 ククと喉を鳴らして笑う聖羅に反省なんていう文字はない。想い出と愛情が詰まった形を傷付けられれば、誰だってキレて当然だ。そういった人間的感情が理解できないのか、狂人である聖羅は恨みがましく睨みつけるアレッタに面倒くささを感じ始めていた。


「二人とも、その辺にしておけ。沙羅が反応に困っている」


 見事な二人の――アレッタの一方的な恨み言を断ち切ったのは、津ケ原永理だった。


「そうですね。今は聖羅に時間を費やしているべきではありませんでした。沙羅さん、申し訳ありませんでした。恥ずかしい所を見せましたね」

「い、いえ、大丈夫です。それで、この異形はもう」

「はい。確認できる範囲の異形は全て潰しました」


 その時だった――。


「報告! 緊急です」


 軍用バイクに乗って駆け付けた『初夜に耽る子猫の吐息』の伝令役――その顔色は砂色のように温もりが無かった。


 何事だろうかという一同の疑念に、伝令役の女性は我が耳を疑う事実を告げた。


「墨田区防衛失敗! 鳴宮渚様、張紅露様、重症の怪我を負い、波多江芽衣様が殿しんがりを務めつつ、後退しております!」


 どうしてそうなった。


 誰もが胸中でそう思ったに違いない。武に秀でた才能を見せ、この日本国を巡って睨みを利かせ合っていた両組織が後退をさせられている事実。墨田区に一番の戦力を集結させていたにも関わらず、ましてや『紅龍七』には第三次世界大戦で最大の殺戮と恐怖をまき散らした『鋼鉄の殺戮師団』が数百以上を投入していたはずだ。


 その詳しい近況を聞く前に、瑠依が一台のバイクに乗り込み、あっという間に姿が見えなくなった。


 瑠依の姉――芽衣が殿を務めているとなると、一番死地に近いのもまた彼女という事になる。芽衣の実力はよく分からないが、瑠依曰く自分より強いということだが、その姉妹を凌ぐ鳴宮渚や張紅露に重傷を負わせた『魔』を相手に、勝ち目など無いに等しい。


 式神だから死なないのではなく、姉妹だからこそ失わせたくはない家族の愛情に駆られて、飛び出したのだ。


「私達も、援軍に向かうわよ!」


 沙羅の指示に魔術部隊は大きく頷いた。


 各々で移動手段は異なる――魔術師のほとんどは契約悪魔に乗り、騎乗できない悪魔やそもそも契約していない魔術師は、バイクや装甲車に乗り込んだ。


 沙羅はルーガンの、どうしてかボンネットの外れた高級車に乗り込む。


 聖羅とアレッタも装甲車に乗り込み、中央区と大田区に最低限の戦力を残し、残る総勢で墨田区に向かった。


 道中に思考を巡る疑問がどうしても拭いきれなかった。


 確かに『魔』は強大な力を有してはいるが、銃火器でも十分に倒せる範疇の相手に、あの二人が敗北したとは考えられにくい。


「ルーガン、墨田区に何が起こったとい思う?」

「分からないな。確かに物量で押し潰しに来てはいるが、彼等なら十分に押し返せる戦力を有しているはずだ。『鋼鉄の殺戮師団』なんて、最高最大の戦力だ。百機以上の投入となると、一時間もあれば訓練された人間を数百万は殺せる数だ」

「この戦争、まだ続きそうね」

「そうだね。敵も主力を繰り出してきたのかもしれない」


 街中に一般人の姿はない。


 全員が安全な場所にでも非難したのだろう。取り残された建物を見ていると、人の時代の終わりを思わせられた。


「大丈夫だよ。ファンタジーに対抗する最高のファンタジーが僕等には付いているじゃないか」


 不安が顔に出ていたのだろうか。


 ルーガンは明るく助手席に座って外を眺めていた沙羅を一瞥した。


「そうね。聖羅とアレッタさんがいるから、万が一にも負けることは無いと思うけど」

「違うよ」

「――え?」

「僕が言った最高のファンタジーはキミだよ、沙羅。長年僕の我儘に振り回されて自慢の魔術を行使してきたキミこそが、僕を信頼と安心させてくれる魔術だ」


 沙羅は頬を少しだけ膨らませて、そっぽを向いた――窓ガラスに反射する恥ずかしがっている自分の顔。


「バカ」


 ぼそりと呟く沙羅に、苦笑を浮かべたルーガンに恐怖は感じていなかった。

こんばんは、上月です(*'▽')



次回の投稿は20日の23時を予定していおります!

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