無幻草花の魔術師――アレッタ・フォルトバイン
人員の多くを割いた大田区は苦戦を強いられていた。
未だに宣戦維持を出来ているのは、ルーガンと永理が的確な指揮を出しているお陰だが、その戦線も次第に押され始めてきている。
「さて、そろそろ秘密兵器を繰り出そうかな」
「そんなものが、あるのか?」
「単発だけどね。『繁栄には美酒と口付けを』が誇る最大の脅威だよ」
高級車の窓ガラスから顔を出していたルーガンは、慣れた指使いでハンドル脇の薄ガラス盤を操作した。
あの板にどのような仕掛けが仕込まれているのかなんて、永理には分からない。ただ、彼の余裕の拠り所であるソレに期待を込めた。
「総員、発砲止め! 後遺症を残したくない者は下がるんだ」
扇状に並んで機関銃やらをまき散らす部下に、拡声器で指示を出す――『大日本武装警邏隊』は何のことだというような戸惑いを見せるが、直属の部下である黒服達は攻撃の手を止め、直ちに後退した。
攻撃の手を止めれば『魔』の侵略を許してしまう。
「魔術部隊も後方へ」
永理も最後に魔術式を一発打ち込んで、部下を後退させた。
攻撃の手が止んだ今を好機と見た『魔』は、今まで以上の食欲を動力源として、猛進撃を開始――恐怖と焦りを産み出す人類を、一台の高級車が遮った。
「SF技術は、なにも『紅龍七』だけじゃない」
最後の仕上げをガラス盤に打ち込む――ボンネットが弾け飛び、エンジン部があらわになる。
故障かとも心配の声が上がるが、運転席に座するルーガンの表情は崩れない。むしろ嬉々として子供の様に笑っていた。
エンジン部がゆっくりとせり上がり、フロントガラスを巨大な鉄塊が埋め尽くした。脇から覗き込んだ永理は、その構造に冷や汗を浮かべて口角を痙攣させた。
「エンジン駆動を動力源として生成した、小型放射能生成装置だよ」
エンジンの前面にはソーラーパネルが敷き詰められ、徐々にその色は赤く変色していく。
これは本格的に下がった方が良さそうだ、と永理も車の背後に回り込む刹那――眼が焼けるような光が生み出された。
「なんだ、これはっ!?」
音もなく、ただ眩い光が全ての色を埋め尽くした。
その時間は数秒。異形なる者達からの絶叫だけが状況を物語っている。とても苦しんでいる事だけが理解できた。
「一体、どうなっている?」
海から上陸した異形は、それこそ異形に相応しい姿へと変容していた――百や千の異形が融解して中途半端にくっ付けた塊が、そこいらに何十何百と転がっていた。
「高濃度放射能にSFの科学光線を混ぜ合わせた、とんでも殺傷兵器だよ。まさかここまでの成果を生み出してくれるとは、思いもよらなかったけどね」
数にしたらどれくらいの異形を屠ったのか。
それでもまだ、海面は異形の黒に染まっていて、次々と上陸し、狩猟を楽しむ雄叫びを上げている。これではキリがないと内心で舌打ちをすると、ルーガンが肩を竦めた。
「言ったように、これは単発の兵器でね。次回放射まで、しばらく時間が掛かるんだよ。沙羅殿たちと合流したいけど、それも苦しいだろうね。まさか、ここまでキリがないと刃思ってもいなかったから」
「向こうに人員を割かなければ、挟撃を喰らって、俺たちはお陀仏だった。向こうが速めに切り上げてくるのを期待できるほど状況は切羽詰まっている」
「そうなんだよね。じゃあ、全面戦争の続きをしようか」
ルーガンは後部座席に転がしてあった、機関銃を黒服達と引きずり出して、車上に固定した。巨大な弾丸を連ならせる禍々しい銃器――ルーガンはニヤリと笑って、ゆっくりと重心を揺らして照準を定めた。
「異形に殺される未来だけは、否定したいものだ」
「そうだね。だから、僕等は全力で戦うしかない」
『大日本武装警邏隊』『魔術師』『黒服』も指揮者に倣い、各々で戦闘配置に再び付く。誰が欠けるか分からない分の悪い消耗戦。
最善の一手さえこの状況では思い浮かばない。だからこそ、ルーガンは重機を引っ張り出し、自らも戦線維持に参加したのだ。
「下がってください。ここは、私が薙ぎ払います」
緊張に張り詰めた静寂に響く声――とても透き通り響く声だった。その声は誰の物かと背後を振り返る――軍靴を鳴らす第三帝国親衛隊を思わせる衣装を纏う女性が、手には色の無い『柊の花』を携え、戦場へと参じた。
「あなたは――っ!」
津ケ原永理はその人物を知っていた。
まだ父と母が生きていた時に、何度か言葉を交わしたことがあったからだ。彼女もまた死ぬ事が叶わぬ生を歩む、魔術師史上『最強』と称される草花を手繰る魔術師――。
「久しぶりですね、津ケ原永理さん」
「無限草花の魔術師、アレッタ・フォルトバイン統括者」
銀の長髪を揺らしていた。
物腰柔らかな口調をした女性は、その紫色に澄んだ瞳で永理を懐かしむように見つめた。どうして彼女がこの場にいるのか。
「あなたは、戦争で行方不明になったと聞きました。崩落したシェルシェール・ラ・メゾンの下敷きになったと、噂ではお聞きしていましたが」
「誰がそんなことを言ったのでしょうか。下敷きになっていようが、私は死ねませんので、地を掘ってでも這い出ますけどね」
冗談を言うように笑っている。
この危機的状況で余裕のある表情を浮かべられるだけで――この人物が姿を見せてくれただけで、永理はこの戦争に勝利を確信した。
「日本は私にとって、最愛の人が生まれた大切な場所です。異形風情に穢させるつもりはありません。彼等を向こう側へと直ちに送呈します」
そのままアレッタは、最前線へと歩を進めた。
周囲から困惑の色が浮かび上がるが、それを制したのはルーガンだった。
「どうやら、彼女は鈴木君の知人の様だね。任せて大丈夫なのかな?」
「彼女――あの方単体の戦力は、三区に終結した誰よりも脅威だ」
視線の先では、なにやら呟いたアレッタが、手に持った『柊の花』を振るうと、大地が大きく揺れ始めた。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回の投稿は14日の23時を予定しております。
『鈴鳴りの解体魔術』もそろそろ完結しますので、最後までお付き合いください!




