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売春組織からの招待状

 千代田区東京駅付近は混沌とした雰囲気が常と化していた。


 昼夜問わず人で溢れ返る、駅構内や乱立する廃ビル内部――昼と夜で扱う商品が様変わりする『拝金主義』を掲げる区域。先の大戦で死んだ兵士から奪った『拳銃や衣服』から『人体パーツ』と幅広く商いの対象として店に並び、法治国家であった日本では考えられない現状。昨日に並んでいた人間の一部が翌日には『売却済み』なんていう事も多々ある。特に若い女性であれば、最安値部位でも数十万は下らなく競争率も高い。


 夜には『売春婦や薬売人』が跋扈しており、明日の希望も見いだせない『社会的弱者』がこぞって女や薬といった一時の夢を買い漁る。これこそが『経済』だと、裕福そうな人物を殺して金品を奪うのも日常の一コマ。多種多様な民族と言語が入り乱れるが『拝金主義』という共通の法の下に日々を暮らしている。


「沙羅ちゃん、ここの人達の視線が」

「気にすることは無いわよ。別にこいつ等が束になって襲ってきても、直ぐに解体バラせるし、ね」


 ルーガンの傍の身を固める沙羅を筆頭とした黒服数十名が『繁栄には美酒と口づけを』。


 瑠依ともう一人――沙羅や瑠依より少し年上くらいの女性を筆頭に陣形を組む『無明先見党』。その中心には凛とした佇まいでゆっくりと歩を進める和服美人こそが、日本国守護組織『無明先見党』の頭領――鳴宮なるみやなぎさ


「ルーガンよ。私らが互いに仲睦まじくこの界隈を歩く必要性はあるのかえ?」

「えぇ、これは『初夜に耽る子猫の吐息』の女王クイーンからの御達しなのでね。どうやら、僕たち両組織が水面下で手を結んだことを『十八番の情報収集』で嗅ぎつけたんだろう」

「ふむ、もしやとも思わぬが、ルーガン。そなたは『売春組織クイーン』と手を組んで、我等『無明先見党』を潰そうなどとは、思っておるまいな?」

「当然そのような考えはありませんよ。少し考えれば分かる事です。『紅龍七』に対抗する手段を自ら潰す必要性が何処にあるというのですか」


 下手に出るルーガンを、渚の真っ黒な瞳にはどう映ったのか。渚は小さく頷くと、見るも無残に変わり果てた日本国首都の街並みをもの悲しそうに眺めていた。数十年前までは日本国として立派に繁栄を遂げていた誇り高き民族の収める国――それが自他国ともに認める日本の在りし日の姿。


 ルーガンの友好的な顔の奥に渦巻く侵略者としての本性。会ってまだ数十分程度だが渚も見抜いていると沙羅は勘付いた。沙羅から見た渚は――温室育ちの姫様ではなく、日本国の楯となり剣となるべく教育された姫将軍のように映る。部下の一人一人の動きにも注視し、労いの言葉を掛けたりしている。部下との連携を常に取る『無明先見党』と比べ、ルーガンは道中の警備や指示は全て部下任せ。まるで観光旅行者のような振る舞いと足取り。主人として有能なのは前者だが、どうしてかルーガンには『人徳』という『天武の才』が備わっていた。


「ジャックワード総帥、そろそろ『初夜に耽る子猫の吐息』の領地になります」


 先遣隊として使わせていた数人の黒服が膝を突き頭を垂れる。


「だそうですよ、渚殿」

「ふむ、出迎えも無しとは客に対する礼儀がなっておらぬな。それとも、呼び出し自体が罠、と」


 今回の招集を呼びかける手紙の内容――『繁栄には美酒と口づけを』ルーガン・ジャックワード、『無明先見党』鳴宮渚。明日の十五時に我が居城にておまちしております。とだけ書かれた内容にルーガンの部下は激怒していた。主人に対してわざわざ足を運ばせようと――それ以前に来ることを確定しているような手紙の内容。これは無視すべきだとルーガンに詰め寄る黒服達に、困ったように笑って制した。


「罠だと考えるのは必然だね。でも、ここには僕以外に『無明先見党』頭領殿の名も入っている。これがどういう事か分かるかな。そう、僕と渚殿の水面下での同盟が、女王様には筒抜けになっているという事なんだ。もしこの事が『紅龍七』の耳にでも入れば、拮抗していた現状が崩れるかもしれない。戦力的に見ても、同盟を結んでも僕らの方が圧倒的に劣勢だ。奴らには先の大戦で投下した例のアレもある」


 その戦力差に加えて言えば、機嫌を損ねた『初夜に耽る子猫の吐息』が持つ『情報収集能力』が、『紅龍七』を味方すれば此方の全滅という未来が確定してしまう。それだけは避けねばならない。今日の予定を全て先送りにし、本社の守りとして百五十人ほどの人員を置いて、残りをこのようにズラズラと連れてきた。考えは渚も同じようで、精鋭達を大名行列のように丸の内仲通りを一列に行進している。


 赤レンガ造りの時代を感じる東京駅とは目と鼻の先にある建物――かつては美術館として使われていたらしいが、今では売春組織『初夜に耽る子猫の吐息』の根城と化してしまった。この界隈での法たる存在――政府関係者もお忍びで足を運び、馬鹿にも『国家機密』を巧みな手管で吐かれる場所。


「この組織は僕達より資産はあるんだよね。ウチも若い子を雇ってみようかな。新しいビジネスとして」

「感心せぬな、ルーガン。もし其方がそのような商いに手を染めるのであれば――」

「はは、冗談ですよ。まだ、未成年の子を預かっている身ですからね。そんな教育に悪い仕事には手を出しませんよ」

「ならよい。それにしても、せっかく足を運んだというのに、門戸が閉じられているとは、何を考えておるのだ」


 両組織合わせて二百五十の大軍で押し寄せたのが不味かったのか、扉は一向に開く気配が無い。


「沙羅、準備を」


 その一言で沙羅は鈴を指に挟む――警戒されているかもしれない状況で、相手が何を仕掛けてくるか分からない。乱戦に持ち込まれる前に全てを解体出来るよう、黒服達の最前に立つ。少し距離を開けた隣には瑠依に容姿が似た女性が、身の丈より長い大太刀を肩に担いでいる。


「貴女ね、人の妹を友人面してたぶらかしている時代錯誤な魔術師ってのは」

「は? なによ、いきなり」

「あら、図星を突かれて怒ったのかしら? ふふ、猿ね。私は波多江芽衣(めい)。『無明先見党』の部隊長であり、瑠依の姉よ」


 顔立ちが似ているわけだと納得した。しかしその表情はまったく正反対――瑠依は常に何かに怯えたような小動物を思わせるが、この芽衣という女性は容赦のない獅子を連想させる。主人の敵を殺すことに一切の躊躇いも抱かない忠義の侍。


「無駄口叩く暇があったら、周囲に警戒でもしてれば?」

「うぐっ――売国奴に言われなくても、そうしてるわよっ!」


 どうやら沸点と知能は低いようだった。

こんばんは、上月です(*'▽')


次回の投稿は8日の0時を予定しています!

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