超越執刀の魔術師――稲神聖羅
アダムと聖羅の過去に何があったのか。
双方の事情を知らない沙羅は、のけ者に成り果てていた。
「なんなのよ、まったく」
かといって間に割って入る実力もなければ、理由も無い。
『世界の歪み』が切り裂かれたお陰で、これ以上、こちら側に異形が雪崩れ込むこともなかった。残党処理は瑠依とその他大勢に任せる。沙羅の魔術も、魔力的に無理をしないで、一回が限度だった。
「おい、待てよ。そもそも、死者蘇生とは、魔法でも成せぬ神秘ではなかったか?」
「世界に選定された防衛本能である魔法使いでは、成せない。彼等はあくまで、世界に干渉する者を阻むための装置」
「お前も良く知る荻春樹もその一人。彼の人生もまた、下らない絶望に屈する程度の価値。存分に使いやすい駒だった」
「私からしたら、お前たちの人生の方が下らなく、詰まらないモノだと思うがな。そうだろう、世界に溶けて、時間の流れに任せるだけの人生が――いや、お前たちは既に人ではなかったな。クク」
人でないのであれば、歩むのは人生ではない――そもそも世界と溶けている時点で生きているのかさえ分からない。
目の前のアダム・ノスト・イヴリゲンは、二人で一人であり、世界であり、魔法使いであり、魔術師でもあった。とんだ役者だと思った。
「以前の私と一緒に見てくれるなよ?」
「『世界真理』に至る魔術師の最奥の神秘――秘術を会得して、何を見た? 何を感じた? 何をすべきだと思った?」
「真理とは、知ってしまえば、存外に価値など無いもの。一人の人間の物語に劣る」
「そうでもないだろう。私は世界を識った。私的な世界を捉えられた。切り裂き、取り除く悪意を見定めて、いま私は、此処に立っている。それが、私が得た世界真理から導き出した、私の在り方だ」
魔術師が辿り着くべき答えに至った聖羅は、戦意を高揚し、愉快気に口角を歪め釣り上げた。
執刀に相応しい悪性因子の切除――稲神聖羅の世界と折り合いの付け方。ただ最強に固執していたら、見る事も、辿り着くことも出来なかった現在の在り方。
無限に切り刻む神秘が広範囲に展開されていた。
『魔』を『空間』を『時間』を――稲神聖羅が不要と認識した悪性への執刀。当然だが、アダムもその悪性の最たるもので、瞬きも終わらぬうちに数万と切り刻まれていく。
反して『人類』は、負傷という悪性因子を取り除かれ、再び力強く喝を入れた――でたらめな魔術――解体という一点に特化した沙羅は、世界の在り方を変えうる神秘を前に、呆れた溜息を吐き出した。
「この魔術に、いったいどれくらいの魔力を費やしてるのよ。普通じゃありえないわ。こんな大規模な魔術は」
沙羅の独り言のような疑問に答えたのは、皮と肉が剥かれたアダムの片割れ。
「稲神聖羅の殺戮という面での実力は、魔術史を遡って比較しても、アレッタと同等の――最強に位置する。そして生身の人間として世界真理に初めて至った、本物の天才――いいや、天災と言い換えよう」
「馬鹿者。人を嵐や地震と同列に扱うんじゃない。というより、そろそろ死んだらどうだ?」
「この身体は偽りだ。本体は世界そのもの。世界を殺したければ、世界を壊すのだな」
「クク、世界を殺す? それこそ馬鹿な発想だ。全世界で核兵器を一斉に打ち込みあっても、究極の神秘を壊せはしないだろ」
抉れていく身体は、みるみると修復していく。
修復時から聖羅の神秘による損傷は受けなくなっていた。
「チィ、お前らは舞台裏で人類の盛りでも見物していろ。表舞台に出てこられると面倒なんだよ」
「時折、干渉したくなる」
「えぇ、脆いから壊したくなるの」
「潮時だ」
「そうね、盤上遊戯の駒が無いわ」
アダムは周囲に散らばる肉片の惨状に視線を向けた。異形は一匹残らず片付けられ、人類が雄叫びを上げていた――そのほとんどの功労者が、稲神聖羅という外部の救援によってもたらされたものであっても。それでも人類の勝利には変わりはなかった。
「まだ、他の区域での遊戯が残っている」
「そうね。まだ楽しめるわ」
「クク、そいつはどうかな?」
アダムの無感情な視線が聖羅を捉え、その言葉の意味を模索し――至った。
「私よりおっかない最強の魔術師も、参戦していてね。アイツは、大好きな日本に侵略行為を強行する奴をのさばらせはしないだろうなァ」
「アレッタ・フォルトバイン、か」
「無限草花の魔術師。シェルシェール・ラ・メゾンを纏め上げていた女帝ね」
「そういう事だ。都心に自然が少ない分、本領発揮とはいかないだろうが、それでも異形の数億くらいなら一瞬だ」
瞬間――大きな地響きが鳴った――次第に大きく揺れる大地に、各々は不安の表情を浮かべる――次は何が起こるのかと。
こんばんは、上月です(*'▽')
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