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戦場に舞い降りる稲神の脅威

 沙羅たちが到着すると、街中はパニックを起こしていた。


 これまでに見た事も無い生物が人を喰らう様を見た市民は、我先にと女子供構わずに押し倒して逃げていく――足を止めた者から獲物としての最期を迎える。


「子供まで押し退けて助かりたいと思う奴に、人生を楽しく過ごす義務があると思う?」


 瑠依は車内で『義務』と言った。『権利』ではなく義務だと。


 この時代は多くの苦しみに囚われている。


 毎日を生きるのが精一杯の人生。だからこそ、辛い想いをした人たちは、これからは楽しく生きなくてはいけないという考えに至ったのだろう。


「それは、でも」


 言葉が続かない。


 押し倒されて喰われた子供からしたら、どうして自分を犠牲にした大人が、楽しい日常を過ごしていいのか。あの世で憤懣の情に駆られているに違いない。


「瑠依は優しいからね。別に私は、瑠依の意見を否定しているわけじゃないの。ただ、こういった世の在り方に倣う人たちが、はたして人間性を取り戻せるのか疑問に思っただけよ」


 人間性の欠落――津ケ原永理が嘆いた、現代の人間の在り方。


 到着した『大日本武装警邏達』や『魔術師』達の胸倉を掴み、あの異形をどうにかしろと捲し立てる奴等に嫌気がさす。


「それでも、救わなきゃアイツの努力が無為になるのよね」


 沙羅は正面から波のように押し寄せる『魔』の軍勢を見据える。


 あれこそ解体してやるべき、自分の在り方を阻む者。


「魔術師部隊は魔術式による迎撃用意! 警邏隊は時間を稼いで発砲!」

「で、ですが、まだ市民が」

「斬り捨てなさい! 彼等の犠牲を――後続に伝播させない為にも」


 彼等をここで食い止めなければ、人類に先はない。


 彼等を無理やり『意味』のある犠牲だと思い込んで、数万の戦士に令を出す。


 扇状に広がる警官隊は、第三次世界大戦時に使用された化学弾頭を用いた銃器を並べ、市民もろとも異形を薙ぎ払っていく。


 中には沙羅たちに向かって恨みがましい悲痛な叫びをあげる者や、人間性を否定する罵声を上げたが、銃器の掃射に全てが掻き消されていた。


 肉を削り、骨を砕き、臓腑をまき散らす。誰彼とも知れぬ血潮と肉に染め上げられていく惨状。


「魔術部隊は前衛に!」


 警官隊の間を魔術師五十名が縫って前に出る――魔術式という殺戮神秘がその威力を発揮する。


 業火が生まれた――世界の境界線を張るように魔を覆い囲んでいく――酸素を燃料に火力が増していき、灼熱の檻に収監された罪人は、焼却という罰を以て炭化していった。


「まだ一割にも満たないか」


 黒い波はビルの隙間から止めどなく溢れ出してくる。


「このままだと、確実に圧し負けるわね。瑠依、行くわよ!」

「はい!」

「悪いけど、ここからは指示を出せないから、各自の判断に任せるわ」


 背後に控える舞台に一瞥をして、瑠依と共に駆け出す――背後から聞こえた雄たけび――彼等も先陣を切る瑠依と沙羅に続いていた。


「――はぁ!? どうして、あんたたちまで」

「我々の統括者が先陣を切るのです! 我らが続かぬして、探求の道もありません」


 魔術師がさも当然であると笑いながら答えた。


「警察が本来の警務に全うできるのだ。市民の為に立ち上がるのが、カッコいい警察官というものだ」


 警察も声を張り上げながら、人々の生活を守る戦士として異形を薙ぎ払っていく。


 鈴を鳴らし、剣撃が舞う。


 間も空かない銃声と、炎や水が戦場を彩っていく。


 周囲の建築物は瞬く間に廃墟然となる。


 拮抗していた戦力も今は――消耗していく人。湧き出し続ける異形。その数は次第に広がっていく。優劣逆転の一手もなく、泥沼の負け戦に転じつつあった。


「鈴は後三回が限度、か」


 沙羅は腰に差した拳銃を引き抜き、一番自分と距離が近い異形を定めて撃つ――頭部を狙ったつもりだが、肩口に弾痕を作る――一瞬怯んだだけで、何事も無かったかのように捕食を続ける。


「沙羅ちゃん、ここは一度撤退したほうが」

「どうやって、逃げるってのよ」


 装甲車や軍用バイクは黒煙を昇らせていて、使い物にならない。足で逃げようにも追随する異形から距離を取る事も出来ない。望みも薄いが、このまま戦い続けるしか静観の道はない。


「クク、何やら楽しそうな祭りだなぁ。私も混ぜてもらおうか」


 人と魔の乱戦の中に聞こえた、面白がる声に聞き覚えがあった。


 戦場を緊張が走った――異形の身体が細切れにされていく――次から次へと血潮を吹き上げ絶命する肉片。


「な、なにが起こっているんですか!?」


 異形の群れを裂いて現れた一人の女性は不敵に笑っていた――頭からすっぽりと全身を覆う外套。その手にはよく磨かれたナイフ。


「案外、私達の勝ちかもね。この戦争」

「えっ、それって」


 女は外套を脱ぎ去った――沙羅と同じ赤茶色の髪と瞳をした――挑発的な笑みを貼り付かせた女性――稲神聖羅。


「稲神家最強の魔術師、稲神聖羅」


 聖羅が面倒そうにナイフを振るえば、数百の異形が切り刻まれる。


「お前は指揮者には不向きだな。まぁ、私も言えた義理ではないがね。クク、さぁ楽しもう――殺戮の執刀劇を」


 かつて旧時代にその名を知らしめた狂人が、戦場に悦楽を求め参じた。

こんばんは、上月です(*'▽')



次回の投稿は7日の0時を予定しています!

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